スライムくんとサクランボ

奥森 蛍

第1話 スライムくんとサクランボ

 ティンガの森の朝は早い。早起きの鳥たちの鳴き声が森中に木霊して、それが活動の合図。目を覚ましたモンスターたちはツリーハウスから出て、チェスカの村へと向かう支度を始める者もいればとある・・・場所へと向かう準備を始める一部のモンスターたちも居る。


 そう、一部の彼らが目指すのはにこにこマート、半年ほど前に従業員みんなで作り上げたログハウス調の小さなよろず屋だ。もっとも働いている者たちはよろず屋とは決して言わない。『スーパーマーケット』、彼らにとってにこにこマートは生きがいであり働く喜びを教えてくれた大切な場所。かけがえのない大切なお店だ。



 スライムは貯めておいた雨水で顔を洗い、身支度を整える。朝ご飯は城下町クイーンズベリーで働く元同僚のリズが焼きあげた食パン。モグモグとかじりながらツリーハウス前に出しておいた鉢植えを眺める。今日も芽は……


「芽が、芽が、…………芽が出てる!」


スライムはパンをテーブルに置くと慌てて森の中へと駆けていった。


 時をさかのぼること8か月前――





 キュコキュコキュコ……


 キュコキュコキュコ……


 店長の沢渡が缶詰に切り込みを施した後、蓋をグッと押し上げてにっこり笑う。


「開いたよ」

「わああ」


 従業員のモンスターたちの口からこぼれる感嘆の声。缶詰の中に入った色とりどりのフルーツがキラキラと輝いて宝石箱のように美しい。従業員たちの顔まで何だかキラキラしているようでそれがくすぐったい。沢渡はガラスの器にフルーツポンチを少しずつ入れ分けていく。


「さあ、召し上がれ」


 沢渡の声を待っていた従業員たちはハグハグとフルーツポンチにかぶりつく。


「みんな大喜びっすね」


 そう言ったのはにこにこマート副店長の高橋だ。


「子供のころは私も誕生日などによく食べたんだけどしばらく食べてなかったから。懐かしいな」

「あっ、サクランボ」


 高橋は自身の器に入っていたサクランボの実を食べると種を出し、代わりに柄を口に入れた。


「えっ、ヘタも食べるんですか!」


 驚いたがいこつが高橋に問いかける。


「ああ、結ぶのか。私出来ないんだよね」


 そう言って沢渡は自身の器をスプーンで探る。残念ながらサクランボは入っていない。


「出来た」


 そう言ってすぐ高橋が口からくるりと結んだ柄を取りだした。


「へええ、器用ですねタカハシさん」


 ナイトメアは感心している様子だ。モンスターたちはマネをしようとサクランボを探している。見つけたものは口に柄を放り込み、百面相しているような表情で懸命にチャレンジしている。


 そんな中、サクランボの種を床に置きじーっと見つめているスライムの姿が目に入った。


「どうしたんだい? スライムくん」

「サワタリ店長。サクランボの種は植えるとサクランボが出来るのでしょうか?」

「えっ、ああ、どうだろう。出来る……のかな? ねえ高橋くん」

「うーん、そうですね」


 高橋は食べる手をとめると何か考えたふうな顔をして立ち上がりどこかへ行ってしまった。


 数分後に戻ってきたとき手には鉢植えを持っていた。鉢植えをスライムの前にドンッと置くと植えていた商品の花の苗をひっこ抜き、開いた穴にスライムの食べたサクランボの種と高橋が食べたサクランボの種の2つを入れてそっと周りの土を掛けた。


「サクランボは発芽率が悪いから芽が出るかどうかは分かんないけど一生懸命お世話するんだよ」

「ハツガリツって何ですか?」

「芽が出るかどうか分からないってことだよ」

「そうなんだ」


 スライムは少し肩を落としたような表情で鉢植えを見つめる。


「一生懸命育てればきっと芽が出るよ」


 沢渡の言葉にスライムはパアッと表情を明るくする。


「ボク頑張ります! 一生懸命お世話します!」

「ボクもやりたい!」

「オレも!」


 みんな植えたい植えたいと手を上げたので、結局みんなで食べ終えたサクランボの種を埋めて鉢植えは帰りに持って帰るよう店の前へと並べ、高橋が汲み置きの水を掛けた。





「やりましたね、スライムくん」


 がいこつは鉢植えにひょこっと飛び出した芽を眺めて顔をほころばせた。


「私のところはまだなのですけど、きっとスライムくんの一生懸命な気持ちが通じたのでしょうね」

「ガイさん」

「毎日お世話したらきっと立派な木になって、いずれは美味しいサクランボが食べられますよ」


「サクランボかあ、早く食べたいな」

「スライムくん、ワタクシ提案があるのですけど」

「?」



 その日、にこにこマートの前に従業員一同と見物客が集まり式典が行われた。


「これより植樹式を行います」


 ハーイ、ハーイとナイトメアが手を上げる。


「何ですか、ナイトメアさん」


 がいこつは問いかける。


「植樹式って何ですか」

「記念に木を植える式典のことです」

「ハーイハーイ」


 今度はウェアウルフだ。


「サクランボはいつ出来るのですか?」

「そうですね、今度の春には……」

「1個しか出来なかったらみんなの分がありません」

「それもそうですね」


「馬鹿だな、お前。1個出来たらスライムくんの物に決まってるだろ」


 ドラゴンの声にスライムは「えっ?」と言う顔をする。スライムはサクランボをずっと食べたかった。食べたくてお世話をしてきた。でも、いざ出来てみると1人だけ賞味するというのは何だか気が引ける。


「えっと、えっと……ボクは」

「?」

「ボクは食べなくていいです」

「えええっ!」


 スライムは一生懸命言葉を探し、みんなが納得の出来る方策を考える。頭をひねりさらにひねり、ある名案が浮かぶ。


「出来たサクランボは、ま、魔王さまにお送りするのはどうでしょう」

「おおおっ!」

「にこにこマートが無事経営出来ていることのご報告とサクランボが出来たことのご報告を兼ねて……」

「スライムくん冴えてるじゃないか!」


 みんなパチパチパチと拍手をする。


「では出来た暁には魔王さまに。構いませんねスライムくん」

「ハイ」

「みんなでサクランボの成長を見守り大切に育てましょう」


 がいこつがサクランボを鉢植えから外し、掘っていた穴にサクランボの木を入れた。がいこつが掛けた土の上をスライムはポンポンと弾んで土を押し固めると満足の表情でにっこりほほ笑んだ。


「さっ、営業に戻りましょう。これ以上サボっているとサワタリ店長に叱られてしましますからね」

「サワタリ店長は叱ったりしないよ。叱るのはガイさんじゃないか」


 ナイトメアの言葉に従業員の間に笑いが起きる。がいこつはポリポリと頭を掻いて苦笑いした。

「サワタリ店長今頃どうしてるのかな?」

 ナイトメアの不意の呟きにみんな途端に鎮まりかえり、シュンとする。突然いなくなってしまった大切な大切な店長。

「さあさあ、みなさんお仕事ですよ。サワタリ店長とタカハシさんが戻ってきた時のためにお店をしっかり回していきましょう!」

がいこつはパンパンと手を叩くとみんなを店の中へと誘った。


 にこにこマートの日々は過ぎて行く。みんな確実に成長し、それぞれの人生を歩んでいく。いつまで一緒に居られるか分からない。それでも今は一緒。一緒なのだから。


 スライムは空を眺めると店内へと入って行った。


<了>

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