2020夏・異常繁殖外来植物駆除大作戦
武州人也
増殖! 増殖! 増殖!
始まりは、2020年夏、東京都府中市、多摩川の河川敷からであった。
「ツル性の植物が異常繁殖して、川の土手を覆い尽くしている」
そのような通報が、市役所に寄せられた。この時市の職員には、その植物の正体について察しがついていた。
「アレチウリだろう」
というのは、職員の誰もが思った。
アレチウリ(ラテン名Sicyos angulatus)は、北アメリカ大陸を原産地とするウリ科一年草である。函館五稜郭を思わせる五角形の葉をつける大型のツル性植物であり、種子が河川の流れに乗ることで拡散しているようで、川沿いで見かけることが多い。
本種は六月頃に新芽を出し、夏場にかけて十メートルを越える長さのツルを伸ばす。これによって辺りを覆ってしまうことで日光を遮り、他の植物の生育を阻害してしまうのだ。生態系に与える影響が非常に大きいとされており、環境省によって「特定外来生物」に指定されている。
盛夏暑熱の中、いささかの気だるさを覚えながら現地へ赴いた職員たち。彼らはそこで、言葉を失った。
「ありえない……」
河川敷も堤防も、全て一面が緑に塗り潰されていた。
繁茂していたのは、確かに予想通りのアレチウリだ。しかし、その茂り方は明らかに異常であった。普通のアレチウリも、確かに成長力は凄まじい。あっという間に長大なツルを伸ばして辺りを覆い尽くし、高木にも巻きついて生育を妨げてしまうほどだ。それでも河川敷にはアレチウリばかりでなく、在来種外来種入り混じった様々な植物が生育しているのが常である。
だが、今目の前のアレチウリは河川敷を完全に占領してしまっており、そればかりでなく堤防を登り、その向こうの道路にはみ出すほどにそのツルを伸ばしてしまっていた。見たこともない光景であった。明らかに、異常事態というより他はない。
幸い結実までにはまだ時期が早い。これだけ繁茂したアレチウリが結実し種子を撒き散らすことを考えると、職員たちは背筋が凍る思いであった。であるからして、早急に手を打たなければならない。
とはいえこの量を人力で駆除するのは、流石に不可能であると思われた。そこで、重機を用いて駆除を行うことが決定された。
多数の重機を伴った駆除部隊が派遣される頃、事態は更に深刻になっていた。堤防を登って道路に至ったツルはさらに伸長し、その向かいの民家に侵入したり、マンションの壁を登るなどしていた。たまりかねた市民がハサミや鎌などを手にして自主的に刈り取っている有様である。
重機は堤防を降りて土手に至ると、早速駆除を開始した。ぶちぶちぶち……と緑の体が引きちぎられる音と共に、辺りには不快な青臭さが漂い始めた。アレチウリのツルは、実はそれほど強靭ではない。多年草の大型ツル性植物であるクズと違い、一年草であるアレチウリは根もツルも細く、何処か頼りなさげである。
根こそぎ掘られたアレチウリは、トラックに載せられて運ばれた。掘られたアレチウリの量は想像を絶するもので、何十台ものトラックが緑の怪物を満載して道路を走る様は全く奇妙な光景であった。
アレチウリが除けられたその下からは、クズやイタドリ、ヒメムカシヨモギなど、様々な草本が姿を現した。これだけの植物がアレチウリの下で
これだけの大規模な駆除を行ったのだ。取り敢えず、アレチウリの方は暫く大丈夫だろう。皆がそう思っていた。
だが、その予想は裏切られた。
「嘘だろ……」
職員の一人が、例の現場でそう呟いた。
駆除したはずのアレチウリは、前にも増して大繁茂していた。再び河川敷を覆い尽くし、堤防を越えて川沿いの民家を飲み込み、市街地を侵していたのである。川沿いに住む人々はツルを刈り取って何とか窓や出入り口を確保していたが、屋根などは緑に覆われたままであった。
「自衛隊に協力を要請する」
その決定はすぐになされた。
そうして、多摩川の河川敷に、自衛隊が出動した。迷彩柄の車両が河川敷に列を成している様は、まるで怪獣映画の一幕のようであった。いや、すでにもうこの植物は怪獣にも等しいのかも知れない。
外来植物の駆除に自衛隊が出動した例は過去にもある。アツミゲシの駆除作戦がその例だ。愛知県の
周囲の道路には入場規制が敷かれ、周辺住民は一時退去を強いられる等、物々しい雰囲気が漂う中でアレチウリ駆除は決行された。
自衛隊が駆除のために持ち込んだのは、火炎放射器であった。火炎放射器による除草はすぐに草を枯死させることができる上に種子まで焼却してしまうことも可能であり、そういった点で優れている。
アレチウリは種子には地面に零れ落ちると休眠し、発芽条件が整うと発芽するという性質がある。この休眠種子を土壌シードバンクというのだが、これによって発芽し生長した株を全て駆除しきっても、日当たりのよくなった地表から休眠中の種子が発芽してしまうのだ。それ故に土壌中の種子を焼却してしまうことは非常に効果的である。
自衛隊員は、まず市街地に伸びたツルを刈り取り排除した。これだけでも、骨の折れる作業であった。民家の屋根にまで登っているツルを処分することは容易ならざることである。
そうして河川敷まで追い込んだアレチウリに向かって、普通科の隊員たちが携帯放射器の噴射口を向ける。そして、号令と共に、一斉に豪炎が放たれた。
緑に塗り潰されていた河川敷が、忽ち赤い舌のように揺らめく炎に包まれる。焦げ臭い匂いが辺りに充満し、天まで届かんばかりに煙が炎と共に立ち昇った。
炎というものは恐ろしい。炎に焼かれて無事な生物は殆どない。故に生きとし生けるものは往々にして火を恐れ遠ざける。その恐ろしい炎を道具として操り、それによって文明を発展させ今日に至るまでの栄華を築き上げたのが、他ならぬ人間であった。
河川敷のアレチウリは、全て焼却された。後にはもう、草一本木一本残らない不毛の地が広がるばかりである。その荒涼とした地に夕陽の差す様に、見る者は何処か寂寞の感を覚えずにはいられなかった。
自衛隊による大規模な火炎放射作戦から、一週間が経過した。
「さて、次のニュースですが……」
全国ネットのニュース番組に映し出されたその映像は、全日本国民に衝撃を以て迎えられた。
それは、多摩川のありとあらゆる場所にアレチウリが異常繁殖して、周辺の市街地を緑で覆ってしまっている映像であった。今回は発端の府中市だけではなく、その下流の調布市、狛江市、世田谷区、大田区や、対岸の稲城市、神奈川県川崎市の多摩区、高津区、中原区、幸区、川崎区に至るあらゆる場所で、同様に異常繁殖が確認されたのだ。川の土手を乗り越えたツルが民家を飲み込み、マンションの壁を登り、道路を這って一面を緑にしている様は、まさしく終世の感を覚えさせるものであった。火炎放射作戦でさえ、アレチウリの異常な繁茂を止められなかったのである。そればかりか、その範囲は下流の至る所に拡大してしまっていた。
この異常事態を受けて、環境省はとうとう最後の切り札を切ることを決定した。
「スーパーグリホサートの使用を許可する」
スーパーグリホサート、それは使用に環境大臣の許可を要する特殊な除草剤である。グリホサートというのは元々除草剤の成分として使われるグリホサートイソプロピルアミン塩の略称であり、葉にかかれば根まで浸透して枯死させてくれるというものだ。グリホサート系除草剤はホームセンターなどで一般人も買い求めることができるので、目にしたことのある人も多いと思われる。もっともグリホサート系除草剤は地面にしみ込むと除草効果を失うため、土壌中のシードバンクに対して攻撃を加えることはできない。
だが、このスーパーグリホサートは違う。土中に浸透して休眠中の種子にも攻撃を加え、地上の植物を枯死させた後の種子の発芽も防いでしまう。その効果は非常に強力であり、散布された土地をたちまち不毛の地に変えてしまう危険性を帯びている。
とはいえ、もはや四の五の言っている場合ではない。反対意見も出たがすぐに押し切られ、使用が決定されたのである。
多摩川の上空に、ドローンが列を成して飛行している。それらの全てに、必殺の最終兵器が搭載されているのだ。河川敷から手を伸ばして市街地を占領したアレチウリは、さながらそれ自体が一つの意志を持った怪獣であるかのように思われた。
その、彼らの頭上から、猛毒のシャワーが降り注ぐ。効果は
「人間舐めんなよ!」
スーパーグリホサート散布作戦に参加した陸自隊員の一人が、繁茂した緑の怪物を眺めながら、してやったりとばかりに吠えた。人間の科学の力を前にしては、流石のアレチウリも抵抗のしようがない。彼らが本当に特撮映画の怪獣であったならば、ドローンに攻撃を加えて撃墜でもしたであろうが、悲しきかな彼らはただの植物に過ぎない。無抵抗のまま除草剤を浴びせられ、その命脈は尽き果てたのであった。
かくして、多摩川沿いに繁茂した異常アレチウリの駆除は完了した。枯死したアレチウリの下からは、新たなアレチウリは勿論、その他の植物も生えてはこなかった。多摩川の河川敷は、ただ空しく土が露出するばかりの、文字通りの不毛の地と化したのであった――
2020夏・異常繁殖外来植物駆除大作戦 武州人也 @hagachi-hm
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