第2話 涙雨の後悔

結局、あの日から1週間以上経った今でも架菜に会うことはなかった。

この小さい町の中で、祭りの日までは意図せずとも一日一回は顔を会わせていた、ということは、架菜が俺を避けているのは確実だろう。

どうしようもない、自分が招いた結果だ。一つ溜息をつく。


前町長である祖父のお別れの会は、俺の様に町の外に出ている人にも来て欲しいという意向から、お盆期間の8/19に行われることになった。今日はその前々日。会場のセッティングや、最終調整もろもろを確認するため、俺は公民館に向かった。


「おーえいちゃん、久しぶりだなぁ。格好良くなっちゃって。」

「高野のじいちゃん、俺昨日も会ったじゃんか。あんまボケんなよ。」

公民館には既に沢山の町民がいた。懐かしい顔ばかりで少し照れ臭くなる。

「あ、えいちゃん。さっき孝子さんが呼んでたぞ。頼みたいことがあるとか」

「おふくろが?…分かった。」

「ホールにいると言ってたから早めに行ってこい」

「ありがとう、おじさん」

階段を上って、ホールに向かう。扉越しでも聞こえてくる笑い声。様子見しながらそろそろと扉を開けると、年齢層高めの女子会が開催されていた。

おふくろが立ち上がって、「英一遅い!今までどこにいたの。」と怒ってくる。

「さっき着いたんだよ。で、用って何?」そういうと、おふくろは「あらそうなの」とぽけっとした顔で言って机の上にあった紙を俺に渡した。

「これ買ってきて。車の鍵渡すから。」

「自分で行けば良かっただろ。」

「てっきりこの公民館のどこかにいると思ってたのよ。それに母さん運転下手だし」

と笑いながら半ば強引に鍵を俺の手に握らせた。

仕方なく、「はいはい」と言って戻ろうとすると、「英一くん」と呼び止められた。架菜のお母さん。

「どうしたんですか?」

「悪いんだけど、そのついでに架菜を呼んできてくれないかしら。家にいるから。」

心臓の鼓動が急に早くなる。

「架菜来てないんですか?」

「ええそうなの、すぐ行くって言ってたのに…携帯を忘れてしまって、連絡もつかなくてね。」

「…分かりました。」


架菜が来ていない。体調が悪くなったんだろうか。急用ができたのだろうか。

―それとも。

架菜を迎えに行くということは、否が応でも架菜と言葉を交わすということだ。怖い。でも、話したい。見えない感情が葛藤する。心臓の鼓動はさっきから早くなったままだ。隣町のスーパーに着き、買い物を終えて再び車に乗り込む。ここから架菜の家までは20分といったところだ。気分転換になるかとラジオをつけ、チャンネルを合わせる。

「-…それでは、次のお便り。ラジオネーム、ピント合わせさん

『私は人を傷つけてしまうことが怖く、それを恐れるあまり他人の目を気にするようになってしまいました。とても悩んでいるので、アドバイス等あれば教えて欲しいです。』…なるほど。大変だね。まあ自分も芸能人だから…」

胸がきゅっとなる。傷つける。傷。

「…でもまあ、やっぱり自分を信じることなんだと思いますよ、大切なのは。結局そこです。自分を見つめて、しっかり信じる。さあこんなものかな。それでは次のコーナー…」

自分を見つめる。信じる。傷。信じる。傷つける。見つめる。

その言葉たちがぐるぐると頭の中をめぐる。その全てを振り切るかのように俺はアクセルを踏んだ。


架菜の家は高台にあり、地元でも田舎に似つかないお洒落な建物だと話題だ。子供の頃は何回も遊びに行っていたし、町を出るときも最後に見たのは架菜の家だった。

架菜の家の私道になるところで車を停め、庭をぬけてドアの前に立つ。冷や汗の出そうなくらい緊張したが、あくまでも平気そうにインターホンを押した。ピーンポーン。その無機質な音が、庭に、そして家の中に響き渡る。少しして、「はい」という架菜の声がインターホンから聞こえてきた。それが少しくぐもって聞こえるのは、インターホンのせいだけなのだろうか。

「…宅配ですか?印鑑必要です…よね。今行きます。」

ぱたぱたと足音が近づいて、重い扉が開いて、

架菜が出てきた。一週間前と変わらない、気持ちが止まらない。

「…えいちゃん?…ごめん、どうし、たの?」

ひゅっとした息の音。動揺しているのが伝わる。

「恵理子おばさんから頼まれて。公民館に来ないから、呼んできてくれって。

俺、車で来てたから。」

「あ、そうだったん、だ。携帯ここにあるもんね。そうだよね。」

俺には、なにか架菜は自分を納得させているように、そう聞こえた。

「…ごめん。今日体調悪くなっちゃって、それで」

架菜は嘘がつけない。その罪悪感から、すぐに涙を流してしまう。

「だから…行けないの。お母さん、には、そう伝えておいて…」

そう話す架菜は今にも泣きだしそうで、目には大粒の涙が溜まっている。


「分かった。そう言っとく。」俺はそう答えた。

架菜は顔を俯かせたままだが、その頬にはすでに涙が流れて止まらない。

「お大事にな。」精一杯の優しさを込めて、そう伝えた。



庭を通り抜けて、車を停めてあるところに向かう。

つい5分前も同じ道を通ったはずなのに、景色の見え方が全然違う。

これで、架菜が俺を避けているのは明らかになった。

感づいていたことだが、少しの絶望感が俺を襲ってきた。


嫌われた。


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雨のメロディ 鈴蘭 @momo__y

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