第15話 眠りにつく姫

 暖炉の前に椅子を並べ、お茶を運ぶとわたしも腰を下ろした。

 クロードは両ひざの上に肘をつき、うなだれている。


「宴でお前さんに惚れ込んだどこぞの馬鹿が、王に直談判したんじゃ。で、その日のうちにお前さんを誘拐しようとした。じゃが塔にいなかったもんだから、逆上して教育係のクロードを捕らえたらしい」


 魔女ミストはそう言うと茶を飲み干した。

 秘密の図書館で本の回収に当たっていたせいで、その場に居合わせなかったのだという。


「わしがおれば軽く往なせたものを、こやつは姫が塔からいなくなったと聞いて覚悟を決めたんじゃ。自分が手引きして逃がしたと認めおった」


 わたしは上げそうになった悲鳴を口を押えて留める。


「いきり立つ兵を見て姫が無事逃げおおせたと思ったのです。ならば、俺はできるだけ時間を稼ごうと」

「馬鹿者が。そういう時はしれっとあしらっておけばよかったのじゃ」

「いいえ、俺が居場所を知っていると思わせておけば、むやみに探索隊が出されることはないと踏んでいました」

「まあ、確かにそうじゃが。おかげで要らぬ枷を食らうことになったではないか」

「覚悟の上でしたから」


 クロードの言葉に、魔女はやれやれと首を振る。


「そのあと、クロードの極刑が決まりそうになってな。さすがのクロッシュフォード伯爵も無視できんかったんじゃろう。爵位の返上の代わりに息子の減刑を求めたそうじゃ」


 クロードは悔しそうに唇をかんでいる。


「結局、魔力の封印と魔力紋の変更、廃嫡、容姿変更の上、王宮からの永久追放となった」

「そんな……」


 両手で顔を覆い、うなだれる。どうして。クロードが。

 クロードに、何もかも背負わせてしまった。クロードから何もかも奪ってしまった。

 こうなることは、確かに予測もしていたし、クロードからも覚悟は聞いていた。

 でも、だからって平気な顔なんてできない。


「姫、俺はこの程度で済んでよかったと思っています」

「でもっ」


 顔を上げると、クロードは席を立ち、わたしの前にひざまずいた。


「あの男に借りができたのは癪ですけど、目をつぶされなかったおかげであなたの顔をもう一度見ることができた。腕を切り落とされなかったおかげであなたを抱きしめることができる」


 柔らかく微笑む顔は、色は変わってもやっぱりそのままで、わたしは伸ばされたクロードの手を両手で包むと唇と額に押し当てた。

 涙が止まらない。


「心配することはない。時が来れば解放されるようにしておいた」

「え……?」


 濡れた瞳で魔女ミストを見ると、にやりと笑っていた。

 クロードが立ち上がり、手を引かれるままわたしも立ち上がる。


「前にも話した通り、姫の時を止める。それにはクロードと姫の全魔力が必要じゃ。下手な魔術師に封印されては困るでの、宮廷魔術師に紛れ込んでクロードに封印を施したのじゃ」

「時を止める……?」


 か細い声にはっと振り返ると、妹が目を見開いてわたしを見ていた。

 そうだ、妹のことを相談しようとしていたのに、クロードのことですっかり忘れてしまっていた。

 ヤドリギの魔女に向き直ると、彼女は頷いて妹の前に膝をついた。


「姫の呪いのことは知っておるな」


 妹は小さくうなずき、わたしのほうをちらりと見る。


「姫の呪いを説くには時間がかかる。その間に呪いが進行してしまっては困るでの、姫の時を止めるんじゃ」

「姫様、眠るの?」


 きっと眠り姫のおとぎ話のことを言っているのだろう。魔女ミストはうなずいた。


「うむ、そうなるな。……何、心配は要らぬ。必ず呪いを説く。それまで、姫がここにいることを誰にも言ってはならぬぞ?」

「言わない!」

「うむ、良い子じゃ。大人しくしておればあとで城に送り届けよう」


 しかし、妹は首を横に振った。


「戻らない」

「アッシュ?」


 わたしの声に、妹は椅子から飛び降りると横から抱きついてきた。クロードに両手を握られているわたしはされるがままだ。


「どうしたの……?」

「帰らない。ここで姉様を守るの」

「なんで……?」


 どうしてわたしを守ろうとするの?

 確かに、ここ一年ぐらいわたしあの塔によく遊びに来るようになった。それまではほとんど会うこともないし、顔も覚えていなかったでしょうに。どうして……?


「必ず呪い、説いてくれるって言った。でも、このひとも魔女なんでしょ? 姉様に呪いをかけたのと同じ。……だから、ちゃんと解いてくれるまで、誰かが見張ってないとでしょ?」


 ぎゅうと抱きついてきた妹の顔は、泣き笑いだった。


「やれやれ……王室のためにずいぶん骨折ってきたんだけどねえ、よほど信用がないんだね、魔女には」


 それは、わたしに呪いをかけた魔女のせい。だけれど、ぶすっとむくれた魔女ミストはなんだか見た目通りの普通のおばあさんのように可愛く見えた。


「安心おし、わしは誓ったことは違えない。姫の呪いは必ず解くと誓うよ。それでも傍にいたいなら、わしの弟子にでもなるかえ?」

「なる!」

「お師匠様!」


 驚いたクロードが口をはさむ前に、妹は首を縦に振っていた。魔女ミストはにやりと笑うと妹の頭に手を置いた。


「よかろう。楽しみにしておるぞ。……では、早速始めよう」


 去年使わせてもらった部屋に移動して、クロードとともに同じベッドにあおむけに横たわる。目を閉じて、つないだままの手に力を込めると、強く握り返された。

 詠唱が聞こえる。体の感覚がなくなっていく。


「……クロード」

「はい」

「……次に会ったら、お嫁さんにしてくれる?」

「それは、俺のセリフです。……愛してる、姫」


 詠唱の声が遠くなる。

 次に会えるのは、いつだろう。五年後? 十年後?

 呪われた姫を起こしてくれる騎士のキスを待ちながら、わたしは茨の眠りにつく。

 必ず来る騎士を待つなら、眠り姫も悪くない。


 ◇◇◇


 完全に眠りについた姫は、青白く輝きながらも柔らかく微笑んでいた。

 そっと頬に触れ、額を寄せる。

 どれだけ時間がかかっても、必ず君を取り戻す。

 そのためなら、俺は何にだってなろう。


「メイザリー……メイ。待っていて」


 触れるだけの誓いのキスを唇に落とす。

 扉の向こうからお師匠様の呼ぶ声がする。

 俺は彼女の額にもう一度キスを落とすと部屋を出た。

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呪われた姫と魔女の弟子 と~や @salion_kia

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