第14話 変化した騎士

「遅いね……」


 妹がぽつりと言う。

 暖炉の日を見つめて、わたしは何度目かのため息を押し殺した。

 城を出てもう十日。

 魔女ミストの家は食料だけは十分にあったから、それを使ってささやかな食事を作る。妹はわたしが一通りの家事をこなせることを知って目を丸くしていた。

 ここには王都の情報は届かない。

 ゆえに、待つこと以外できない。去年は魔女ミストと近隣の村に出かけて買い物などをしたけれど、自力では行ったことがないし、妹を連れてとなると無事たどり着けるかどうかも分からない。

 足りない食材はなぜか戸口に届けられていた。

 最初は訝しんだけれど、村から定期的に食材を運んでもらっていたのを思い出して、ありがたく使わせてもらうことにした。

 こんな状態になってもなお、朝が来ると城の防御を強化しなければ、と手を動かしそうになる。


「あ、でもきっと遠いからだよ! それか迷ってるのかも」


 そんなはずないことぐらい知っているから、なおさら妹の心遣いがつらい。

 泣かないと決めたのに。

 がさりと戸口で音がする。きっといつもの食材瓶だろう。

 魔女ミストとの契約で運んできてくれているにしろ、わたしからも一度ぐらいお礼を言っておかなければと戸口を開いたのは、本当に偶然だった。


「え……」


 見知らぬ男女がそこには立っていた。

 肩のところですっぱり切り落とした黒髪の妖艶な女性と、ウェーブがかった黒髪の青年。

 血の気が引いた。追っ手か、もしくは魔女。

 どうしてここに。

 思わず後退ると、二人は戸口をまたいで家に入ってきた。

 迂闊だった。

 魔女の家は、許可なき者が入るには招かれねばならない。

 わたしが開かねば、二人は入れなかったはずなのに。驚いて後退る前に扉を閉めればよかったのに。


「姉様?」

「アッシュ、逃げて!」


 妹をかばうように腕を広げると同時に、二人に拘束の魔法を投げかける。玄関の扉が音を立てて閉じた。

 刹那、わたしが投げかけた魔法が霧散した。

 部屋の内側に、わたしのとは別の結界が張られている。いつの間に……。

 じりじりと後退しながら二人を射殺さんばかりに睨む。前にずいと踏み込んで来た男の目が、心に絡みつく。


「不合格」


 不意に女の声が聞えた。視線を男の後ろに向けると、身構えていたはずの女は背を伸ばし、首を横に振った。


「物音がしただけで扉を開くなど、迂闊すぎる」

「なっ……」

「ここにいる間、音がしても決して開くなと言わなんだかのう、姫よ」


 すらりとした身長の女の輪郭が歪み、声が低くなる。現れたのは、険しい表情をした魔女ミストだった。


「ミスト様!」


 城から逃げるのに姿を変えていたのだろう。ほっとしてヤドリギの魔女に歩み寄る。

 ならば、隣にいる黒髪の彼も、クロードが姿を変えたものなのだろうか。

 男の方に視線を移す。

 でも、それにしては魔力紋が違いすぎる。わたしの知っているクロードのものではない。魔力量もずいぶん……。

 一瞬浮かびかけた喜びの笑みを消してじっと観察する。

 面持ちは似ている気がする。でも、色がまるで違う。冠のようだった金髪も、エメラルドのような瞳も、どちらも闇色に染まっている。


「誰……」


 後ずさると、男は目を見張ったのち、片膝をついた。


「姫。……遅くなって申し訳ございません」


 その声は、まぎれもなくクロードのもの。十日の間、待ち続けた声だった。


「……お茶を淹れておくれ。話はそのあとじゃ」


 ヤドリギの魔女の声は、枯れて疲れて聞こえた。

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