第14話 再起

『朔間くんのつらさ、私にも一緒に背負わせて。....私のつらさも、一緒に背負って』


英一は病室の中で、由利の言葉を繰り返し反芻していた。


そしてその度に、自分の弱さ、浅はかさを身に沁みて感じていた。


しかしそれでも、頭の中では由利の声が再生され続ける。


まるで、一歩踏み出す勇気を、彼女に求めているかのように。



病室を後にするため扉を開けると、その先に財前が立っていた。


英一は黙って、自分より十センチほど高い位置にある彼の顔を見上げる。


「戻るつもりか」


「.....はい」


「今なら、お前を家族のもとへ帰してやることもできる。...一生、監視付きだろうがな」


「...俺、行きます。けじめは自分でつけます」


英一は拳を握りしめながらそう言い放ち、その場を後にした。


財前は表情を変えることなく、その背中を見送っていた。



ほどなくして、英一と入れ違うように催馬が財前のもとへやってきた。


「意地悪だなあ。彼は帰らないって分かってたくせに」


「.....何をしに来た」


「彼のデータをチェックしに、ね。ついでに面会の記録も見せてもらって.....これは余計だったかな」


催馬は好物の缶コーヒーを揺らしながら、不敵な笑みを浮かべた。



英一はふと、曲がり角の手前で立ち止まる。


あと一歩で、仲間たちのいる所だ。


実際、何人かの話し声が聞こえる。


しかし、財前の前であれだけ啖呵を切っておきながら、英一の脳裏にはやはり帰ってしまいたい、という甘い考えもよぎっていた。


...背後に気配を感じる。


振り返ると、そこには疾都の姿があった。


「うわあ!?」


「...何をコソコソしている」


突然の再会に豆鉄砲を食らったような顔をする英一に、疾都は淡々と尋ねる。


「い....いや」


「...来い」


英一の表情で何かを察したのか、疾都はため息を一つつくなり、英一の腕を掴み、曲がり角の先へ引きずるように引っ張りだした。



やや乱暴に掴まれた腕を離され、英一はよろけるように立ち止まる。


必然的に、その場にいた全員の注目を集める。


顔を上げた英一は、由利と思わず目が合ってしまう。


「あ...」


「.....朔間くん」


まるで、時間が止まったような感覚だった。


しかしその静寂を破るように、一人の足音が響く。


「おい、泉!」


亜季は陽の制止を無視して英一の胸ぐらを掴むなり、拳を振り上げる。


が、それは振り下ろされなかった。


「っ.......!」


全員が固唾を飲んで見守る。


そして亜季は、諦めたように手を離すと


「わざとじゃないのは知ってる。


...でも、俺はお前を許せない。


だからって、お前をどうしたって、もうあいつは帰ってこない...


....なあ、どうしたらいいんだよ、俺は?」


と、溢れんばかりの言葉を英一にぶつけた。


そして、迷子になった言葉に、英一はそっと応える。


「.....俺も、探すよ」


「...!」


亜季の、少し長めの髪が揺れる。


「俺のしたこと...償う方法なんかないのは分かってる。


...でも、探すのをやめたくない。だから、ここで戦う」


「!」


思わぬ返答に、亜季は顔を上げる。


英一から見たその表情は、彼の苦悩を推し量るのに十分だった。


彼も自分と同じだ、誰を責めて誰を許せばいいのか分からないんだと、そう思った。


「...もういい」


亜季は英一を押し退け、その場から立ち去っていった。


「...オレらだって、仲間が殺されたのに、わざとじゃないって言われて、はいそーですかで黙ってるわけにはいかねえ」


続いて陽が口を開く。


「でも、親友のあいつに、お前んとこの班長が了承してるんなら、オレらから言うことはねーよ」


「...ナナもそう思いますっ」


...厳しくて、優しい言葉だった。


英一はそう思った。


「...悪い.......ありがとう」


「いーって、そういうの。....じゃ」


陽とナナも自室に戻っていく。


疾都も既に自室に戻ったため、その場は英一と由利の二人きりとなった。


「....おかえり」


「...班長」


皆の、由利の暖かさが英一の胸にこみ上げてくる。


「ずっと、謝りたかったんだ」


「何を?」


「きつく当たっちゃったりしたこと。


...私が頼りないだけなのに。最低だよね」


「...そんなことない」


英一は由利の気持ちを受け止めるように、力強く答える。


「俺は、ここに来てやりたいことなんてなかった。


...でも、ようやく見つかったんだ、戦う理由が」


「?」


「俺は、仲間のために戦いたいんだ。


...あんたの、支えになりたいんだ」


「!」


由利は目を見開いた。


今までの英一からは想像もできない言葉だった。


それから、やや綻んだ表情で


「...じゃあ、これからも、第一小隊の仲間として、一緒に頑張ろうね。


.......英一くん」


少し顔を逸らしながら、呟くように答えた。


その表情は心なしか、仄かに赤みがかったように見えた。


「え....今」


「じゃあ、次はこっち!」


由利はごまかすように英一の手を引っ張っていった。



英一は宝の部屋の前まで来ていた。


「休みの時も部屋に籠りきりで、全然顔を合わせてくれないんだ。


...朔間くんなら、もしかしたら、って」


英一は恐る恐る、ドアをノックする。


.....反応がない。


続いて、


「朔間だけど」


と、声をかける。


すると、ゆっくりとノブが動き、扉が開く。


「........」


宝の髪はボサボサで、トレードマークの眼鏡もかけていなかった。


宝は目を細めて、英一の顔を見上げる。


「...入っても、いいか?」


宝は扉を開けたまま、英一に背を向けた。


英一はこれを肯定のサインと受け取った。



壁一面にアームヘッドに関する書籍やポスター、プラモデル。


よくぞ寮にここまで持ち込んだ、と感心するほどの宝の部屋。


以前とディスプレイは変わっていないらしかったが、前より少し埃が被っているように思えた。


宝がベッドに座るのを確認してから、英一も床に転がるクッションに腰掛けた。


「.....帰ってきたんだ」


宝の顔や声からは、以前からあった愛嬌のようなものが失われたようだった。


「ああ。...ついさっき」


それでも英一は、顔色を変えずに答える。


「...あの時何があったか、覚えてないんだよね」


「...ああ」


「死者二名。僕らの班の綾瀬さんも、その中に含まれてる」


「.......」


英一は黙って、宝の話に耳を傾けていた。


「綾瀬さんはこんな僕に優しく接してくれた。


僕の好きなものを、認めてくれた。


....初めてだった。一緒にいるとこんなに胸が躍る、そんな人」


宝も、独り言のように、それでも確かに英一に向かって、言葉を紡いでいく。


「遊ぶ約束もしてたんだよ。


...あの任務の後から、全然寝てないんだ。


一緒に出掛ける夢を見ちゃって。


...また同じ夢を見たら、二度と戻ってこれない気がして」


宝の両目の、大きなアザのようなクマがそれを証明していた。


「.....本当に、悪い」


英一には、もはや宝にかける言葉が見つからなかった。


「別に、謝ってほしい訳じゃないよ。


...ただ、知ってほしいんだ。


悔しくって、悲しくって、怒りたくって.....そんな気持ちを」


「....ホント言うと、俺にもわからない」


英一も、腹を割るようにその言葉に応える。


「こんなことをした俺に、それでもまだ手を差し伸べてくれる、皆の気持ちが。


でも、ひとつだけ分かる。


.....俺は、皆の気持ちに応えたい、って思った」


「.......」


「.....あと、これ」


英一は立ち上がって、一通の手紙が入った包みを手渡す。


その裏には「ほのか」と書かれていた。


が、宝がそれを確認するより前に英一は背を向けると


「じゃあ後で。.....待ってるからな」


と言い残し、扉を閉めてその場を離れていった。



コンコンコン、と、扉を叩く音がする。


「入れ」


部屋の主がそう答えると、暗い部屋に外の光が差し込む。


外にいた人物――催馬柳市――は


「失礼します」


と一言添えつつ後ろ手で扉を閉める。


また部屋が暗闇に包まれる。


「お帰りなさいませ。.....司令」


彼が司令と呼ぶ人物――久我衛慈――は、まだ海外から戻ったばかりであった。


「お目当てのものは?」


「...ああ」


復興のための、国際的な会合。


それにおける海外の被災地の視察で、久我が何かを発見したことが、催馬にはすぐに理解できた。


「...ところで、見せたいものが」


催馬は続いて、書類の入ったバインダーを手渡す。


「経過は随時報告しておりましたが...彼は順調です。


次の任務から復帰してもらう予定です」


久我はその書類をめくりながら、催馬の話に耳を傾ける。


「この期間でこのシンクロ値の伸び...さすが司令が見込んだだけのことはある」


「...例の計画はどうだ」


「システムβの開発も進んでおります。


調整の際には、また彼に協力をお願いするかもしれませんが」


久我は一通り書類に目を通した後、再び催馬の方へ顔を見やる。


「...次の任務は」


「それについては財前から説明があると思いますが...


...フェイズ2の開幕は思ったより早いようです。


あとついでに人狼探しも...目星はついてますがね」


催馬はまたも不敵に微笑む。


「...引き続き、計画はお前と財前に一任する」


「かしこまりました」


久我が手に持った書類を机に置く。


そこにはこう記されていた。


『エッグス計画 被験者 朔間 英一』

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