第2章

第13話 襲撃

「朔間....くん.....?」


取り乱す英一を見て、由利は思わず困惑した。


英一も思わず、由利のほうを見つめて硬直する。


まるでその光景が、夢か何かであるかのように。



数時間前。


「...本当に、こういうの書かなくちゃいけないんですか?」


物々しい書類を前に、思わず由利は軍医の女性に尋ねる。


共に過ごしてきた仲間が、今や様々な懸念事項に『同意』しないと顔も見れない状態となってしまったことに、不安を感じずにはいられなかった。


「まあ、規則だからねえ.....とはいえ、そこまで重大な状態ってわけでもないんだけど」


書類にサインをする。


脳裏にあの光景がよぎる。


あの時、英一の機体が纏っていた禍々しいオーラ。この扉を抜けて、もし英一がまだそれを纏わせていると思うと、少し躊躇する気持ちもあった。



「...悪い、班長」


由利は英一の少し俯いた横顔を見つめながら、話し始める。


「ううん。....よかった、元気そうで」


「元気...まあ、そうだな」


英一には、自分を元気だと言い切れる自信がなかった。


「みんなは」


「今は少しお休みをもらってる。...やっぱり、少し暗いかな」


「そうか....じゃあ、やっぱり」


「うん。.....聞いたの?」


先の任務で仲間に死傷者が出たことは、英一には聞かされていない。


しかし、毎夜襲い来る悪夢が、それを英一に思い知らせていた。


「...でも、その時意識はなかったんでしょう?"事故として処理されるから、朔間くんに罰則はない"って」


「.....俺は班長やみんなと違って、何も考えないでここに来た。そんな自分勝手な俺が、あんなことを......」


「.......」


英一の独白に、由利は黙って耳を傾ける。


「...でも、それでも俺に罰が下らないなら、せめて俺はここからいなくなる。...みんなに、合わせる顔がない」


「......違うよ」


「...えっ?」


「全部違うよ、朔間くん」


思わず二人の顔が向き合う。


「二人が、柱田さんがああなったのは、朔間くんだけのせいじゃないよ。私たちみんなのせいで.....


.....あの時、みんなボロボロで、怖くって、誰も動けなかった。だから」


「いや、でも」


「だから、私はここでもっと強くなりたい。...もう、誰も死なせたくないから」


「班長.....」


「朔間くんのつらさ、私にも一緒に背負わせて。....私のつらさも、一緒に背負って」


「.......」


由利のこんな表情は、今まで見たことがなかった。


英一は思わず呆然とする。


「芒さん、お時間です」


「.....返事、待ってるから」


由利が病室を後にする。


その背中を見送る英一は、自分の頬を暖かな涙が伝っているのに気付いた。


由利の声色や表情は、普段の彼女らしくもなく昂っているように思えた。しかし英一は、この涙の原因はそれではなく、その中にあるもっと優しいものである、と感じていた。



長い雨が終わった。


しかし依然として、太陽は雲に隠れ姿を見せないでいた。


真っ黒な海原には、一隻の輸送船。


その貨物の中には、ARM社の資材も含まれていた。


「おい新人、気ぃ抜くなよ。まだ本番はこれからなんだからな」


「はぁーい」


責任者と思わしき壮年の男の声に、若い乗組員が気怠そうに返事をする。


あと2時間もすれば、この船旅は一旦の終わりを迎える。


そう思っていた、その時だった。


『お宝はっけーん.....あ』


若い乗組員を睨みつける3つの光。


彼らの気づかぬうちに、3機の水中用アームヘッドが船の側面から甲板へ上ってきていた。


「あ.....あ.......」


『.....姉さん、見られちゃったよ』


『ねえ!殺っちゃっていい?』


『あんまり騒ぎは大きくしたくないんだけどねえ.....ま、好きにしな』


「だ.....誰か!せんぱ......」


若者は無線を繋ぎながら視線を逸らし、その場を離れようとする。


『つーかまーえたっ』


「あ...うわあああああ!!!!!」


しかし虚しくも、彼はアームヘッドのマニピュレーターに鷲掴みにされてしまう。


『はあ.....うるさいなあ』


その幼い声は、残酷にも、飽きたおもちゃのごとく彼をどこかに投げ飛ばした。


彼が叩きつけられたのは船上か、はたまた黒き水面か、それは誰も知る由がない。



「全く.....何の冗談だぁ?」


壮年の男は若者の叫びを無線越しに聞き、怪訝な顔を浮かべていた。


しかしそれが冗談ではないと知るのは、そのすぐ後だった。


『もう一人みーっけ』


『今度はもっとゆっくり遊んでみたら?』


『そーだね、鬼ごっこだぁ』


「こいつら、いつの間に.....!?」


男はすかさず走り出し、操舵室へ向かう。


『やーい、待てーっ』


1機のアームヘッドもそのあとを追いかける。


爪状のマニピュレーターがコンテナを掠めるたびに、甲高い金属音が轟く。


男は操舵室に入るなり、無線をとり叫んだ。


「メーデー!船がアームヘッドに襲われてる!至急―――」


男の頭上で、重たいドアを開けるような音がする。


『みーつけた』


操舵室の天井を捲り、無機質なカメラアイが男を見下ろしていた。



「あたしらはブツを持ってずらかるから、迎えよこしといてよ.....じゃ。


.....しかし、随分派手にやったねえ」


「まーいーじゃん。これからもっと怖がらせるんだし」


一人の少女が、潮風に黒い髪を靡かせている。


その傍には、瓜二つの二人の、少女よりいくつか幼い少年が、パイロットスーツに身を包んでいた。


「あとはあの子が、この先も上手くやっていければいいけど」


「いいよねー、僕らより先に最新のアームヘッドに乗ってるんだもん」


「そうだよー!僕も早く乗りたいっ」


「はあー.....あたしの苦労も増えそうだね」


少女は独りごち、灰色の空を見上げる。


その重く暗い空は、これから彼女たちに押し寄せる波乱を暗示しているようだった。

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