第16話 優しい言葉

 簡単に死なせてやらない。

 彼女は真っ白な衣装が赤黒く染まるまで苦しんだ。

 どうして、ドニは簡単に死ねるんだよ?


「マルタン様!」


 何度目だろうか。ドニへ剣を突き立ていた俺の手を止めたのはドニの恋人だと紹介されたジュリー嬢だった。


「この場は離宮ですよ。国王の住まう宮でもあるんですよ」


 淡々とした話し口調は恋人を目の前で、恋人を殺す人間を前にしたものじゃない。


「あ、……俺」

「大丈夫ですか? ドニ・カッセルは死んでいます」


 血溜まりの真ん中でドニは目を開けたまま動かない。


「フルール様暗殺未遂の容疑者を殺してしまったのは早計ですが……」


 ジュリー嬢の声が耳を素通りしていく。


 フラヴィ、俺、人殺しちゃった。人を殺したことならある。だって、騎士だし。それが仕事だし。だけどさ、仕事と関係ないコレは、ただの人殺しだ。やっぱり、俺はフラヴィと同じとこには行けないのかな? ずっと一人なんだな。俺、フラヴィと一緒に……


 腰に暖かく纏わり付く物に目を下ろせば、フルール様がしがみついていた。

 ゆっくりと上を、俺に目線を合わせてくる健気な姫様だ。


「マルタン、怪我はない?」


 ただの人殺しに優しい言葉をいらないですよ。

 首を横に振った俺にフルール様は眉間に皺を寄せて今にも泣きそうだ。


「どこか、痛いんじゃないの? だって、大人なのに泣いてるから」


 ははっ……


 痛いです。痛いですとも。

 彼女を死なせてしまったあの日からずっと、俺は泣いているんですよ。

 なにも知らず、心配してくれる小さな姫様に言葉を返せず、首を横に振るしか出来なかった。

 なあ、誰でもいいからフルール様を俺から離してくれ。

 目の合ったマルレーヌ妃がフルール様を俺から引き離した。

 もう、お二人に会うこともないだろう。



「生憎と儂は君たちの出立の日は都合がつかないが、婚約祝いくらいは贈って差し上げよう」


 公爵の眼の奥は笑うでも、嫌がるでもなく、本当になにを考えているのかわからない。それなりに歳を重ねてきたということだろうか。気味の悪い人だ。送りたくもない祝いなんてこっちから願い下げだ。

 と、思っていたところに送られてきたのは、青い石をくり抜いた二つの指輪だ。ご丁寧に俺の指に合わせたものと、フルール様には少しだけ大きい指輪だ。

 フルール様の目の色に合わせたのだろう。曇りなく青い色は紛れもなくフルール様の瞳と同じ色だ。


 結局俺はフルール様の婚約者のままだ。ドニを殺した俺はフルール様を暗殺から助けた白馬の騎士様なんだと。身分の差はこの作られた英雄譚で埋められたとさ。下手な英雄を婚約者に据えたら権力が近くなってしまうのではないかと、危惧すれば、元の身分がないに等しいから大丈夫だとか。

 一応俺も貴族の端くれだと思っていたのだけど。


「マルタン! 見て。どうかな?」


 なにも知らないフルール様は満面の笑みを浮かべていた。真っ赤なドレスに、きっちりと結い上げた赤い頭を隠すような大きな赤いリボン。リボンは髪の毛ようにフルール様の動きに合わせて揺れる。今の流行に逆行したような大きくて派手な髪飾りはフルール様に良く似合い、前国王の愚行を上手く隠していた。


「ええ。とても可愛らしい」

「これなら国王様に褒めていただける?」


 これからパルム公爵領へ旅立つというのに、お洒落に余念がない。婚約披露がなくなってしまっても、旅立ちの日くらいは国王が見送りに来てくれるかもしれないと、期待してのお洒落だ。


「マルレーヌ妃、陛下は」

「ええ、勿論来られません」


 国王に疎まれると思わせる為には必要なことだとわかっていても、フルール様の気持ちを考えれば一目くらいと思ってしまう。俺には勲章を贈っておいてさ、フルール様にはなにも……

 俺の嘘を本当にするための勲章。フルール様を守る覚悟をしろとの激昂だろう。

 フラヴィ、俺はこれでいいんだよな?


「マルレーヌ妃、マルタン様。ご準備はよろしいでしょうか?」


 小柄な体に細剣すらも大きく感じるジュリー嬢は騎士だった。国王直属の部隊で、フルール様が産着の頃からいるっていうから驚きだ。見た目が、ね。だって、まだ恥じらう年頃の少女に見えることもある。

 ドニのことも仕事だからそれらしくしていたと嘯くんだ。

 フラヴィ、女の人って……


「ああ、そうだわ。マルタンこれからの事ですけど」


 俺は、国王が見送りに来なかったことに拗ねて寝てしまったフルール様に、膝枕をさせれていた。


「向かうのはパルム公爵領ではなく、ダール子爵領です」


 唐突な変更に俺は先がつなげない。


「行き先の変更を知っているのはごく僅かです。ジュリーは旅路の警護が終われば王都に戻りますし、これからの生活は私たち三人だけです。覚悟してくださいね」


 ああ、その笑顔は知っているいる。有無を言わせないその笑顔は子供の頃と同じだ。兄さんやフラヴィを悪戯にはめた時によくしていたやつだ。

 この行き先の変更も悪戯の一つに数えられるフラヴィの姉さんは、君そっくりだよ。

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王女の願いと花嫁を守れなかった花婿 竜の肉を喰らった咎は誰のせいか ゆきんこ @alexandrite0103

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