これから

 昨日のショックが嘘のように、気分だけは何故だか晴れていた。一種の諦めの境地、とでもいうのだろうか。


 珍しくカーテンを思い切って開けた朝。


 すっかりドーナツになってしまった心中の僕は、穴を埋めようとして入学案内を手に取った。ダンボールがカサカサと音を立てる。


 薄っぺらい紙面の堅苦しい字面は、全く読む気になれなかった。


 でも、行くしかない。


 僕のひたすらに高い自尊心を満たすには、学校の無い生活はあまりにも鬼畜であった。


 この高校卒業と大学入学の間の数ヶ月間。これまで他人からの目のみ気にして自分で何も考えてこなかった僕にとって、他人と全く顔を合わせないこの期間は、色々考えてしまうのは十分過ぎる機会であったのだ。


 昨日、ウヅキが言っていた。


『私の妹、皇女アザレア、なんだよ。あの子ね〜、出来の悪い私の代わりに継承者になったんだけど、何もかも束縛されててさー。ホンット「不自由」だったんだよ〜。なんにもやりたいことできずに。今回はじめてワガママいったの』


 ウヅキは憂う表情で、青に隠されたジェット機跡を探すように空を見上げていた。



『夜は自由だ』

これは、皇女様の言葉。

『昼も自由に』なったのだろうか。


 いや、『なった』んじゃない。自分で環境を打ち破って、得た『自由』と『やりたい事』なのだろう。『楽に生きる』の意味を、彼女の行動のおかげで今しがた、理解した。

 

 僕にやりたいことなんてなかった。

 『楽に生きる』とは、『好きなことをやれ』ってコトだ。


 でも、たった今、見つけた。


「彼女の隣に立ちたい」


 それがたとえ自尊心を満たすための望みだったとしても、彼女といつかは肩を並べたいのだ。並べて、あの夜のように笑いたい。ただ、彼女に縋っているだけだったとしても。


「そのためには...まずは学校で1番にならなきゃ」


 官僚になれば、皇女様ともあるいは。


 差し込む眩い陽光を見遣る。

 脊髄反射で閉じてしまいそうになるまなこに逆らっても、光の先には光しか見えなかった。


 そうだ。今日は、ウヅキと約束があるんだった。髪を切られに、行かなくちゃ。次はウヅキに依存、してしまうのか。


 着替えようとして、いつものようにパーカーを手に取った...いや。

 パーカーをクローゼットの奥深くに退け、掴んで出したのはポロシャツ。


「...よし」


 袖を通した手には、最後の甘い夜の感触が未だに残っていた。


 僕は、額縁に背を向けて、走り出す。

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2 : 30 a.m.の皇女様 吉田コモレビ @komorebb

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