第2話 悲劇の始まりⅡ

着物の女性の名は、凛と言った。

言っていた通り、子供は他にも預かっていた。彼女の言う住処は人里離れた山奥

で、少し大きな家と、遊ぶにはもってこいの庭が広がっていた。



「ただいまー!」



「凛お姉ちゃん!お帰り!」



10数人はいるだろうか、大小の子供が笑顔で凛を出迎えた。全員、体のどこかかしらに黒い痣を抱えている。

朔は、言葉を失っていた。状況を見る、誰にも手は出さないという約束で付いてきていた。



凛は、子供一人一人の頭を撫でた後、奥の部屋を案内してくれた。



「わかってる事が一つあるわ。百日病は大きく分けて三つの病期があるの。まずは発症して十日前後体調を崩す定着期。その後、約七十日の無症状期が存在する。あの元気な子達はその無症状期」



凛は話しながら、奥の部屋へたどり着いた。

鍵が掛かっていて、鍵を開錠しドアを開けた。そこには、何も無い簡素な空間に置かれた一つの病床で苦しそうに横たわる子供が一人。



「そして、残りの二十日は末期。病状が一気に悪化する」



凛は、ようと子供の名前を呼びかけながら、頭を撫で、額の濡れタオルを交換した。初めて見た朔でも、明らかに末期だとわかった。全身に黒い痣が進行し、呼吸は荒く、酷く苦しそうだった。


凛は薬と水を陽に飲ませた。こんな時でも、凛は笑顔を絶やさなかった。子供に悟らせてはいけない、そんな信念を感じた。



「陽、紹介するね。この人は朔、私のお友達よ」



「初めまして、朔。よろしくね」



一同に子供と言っても、大小の年齢がいた。この子は、十五ほどだろうか・・・・他の子供よりは、少し大人びていた。そして、何よりとびっきりの笑顔に朔は面食らった。凛と一緒に過ごした子は、全員が素晴らしい笑顔をする。この子も、他の子も百日病で訳もわからず親から捨てられたのだろうに。ここまで・・・・

それでも、症状は進行していた。直後に咳が止まらなくなり、凛が慌てて背中をさすった。



「陽。私が好きな事してあげる!何がいい?」



「えぇ・・・?じゃあ、新しい、カッコいい服が欲しいな。凛姉ちゃんみたいな、大人になってみたいな」



「そんな事でいいの?よし、わかった!作ってあげる!」



「服・・・?」



朔は眉を潜めてそう呟いた。



「あ、疑ってるでしょ?私、こう見えても裁縫は凄く得意なの。月に二度ほど、服を売りに出て生計を立ててるほどよ。朔、アンタ何その着物・・・?顔の印象に全然合ってないし、サイズ感も合ってない。私が新しく作ってあげるわ」



単刀直入にダサいと言われた。

確かに真っ黒のヨレた着物を着ていたし、服装を考えた事がまず無かった。朔は恥ずかしそうに頭を自分の手でさすった。

それを見て、凛と陽は息ピッタリに笑った。





---

朔と凛は陽といた部屋を離れ、別室にいた。

新しい着物を作るため、紐の定規で朔の体型を採寸する。しばらく無言だったが、朔はゆっくりと口を開いた。



「陽は、発症してから何日経つ?」



「・・・・今日で九十八日目よ」



「残り三日ほどか・・・」



凛は悲しそうな表情をしていた。子供たちの前では絶対にしないような、絶望の表情を浮かべていた。

手は尽くしているし、最後まで尽くす。そう彼女は語った。陽が無症状期の頃から必死になって街に出て情報を集めていた。薬もやっとの思いで情報を手に入れ、調合したもの。それでも、百日病には効かなかった。でも、諦めてない。そんな内容の言葉を語った。


朔はどんな言葉をかけてやればいいのか。

百日病は今まで発症した瞬間に殺してきた。病気の進行は何も知らなかったし、考えた事もない。

彼は、素直に疑問に思った事を口にしてみた。



「なぜ、そこまでする・・・・?子供とは言えど、お前とは血の繋がりもないだろう?」



「・・・・私は親を百日病で失ったの。『神嘗祭の夜』って、アナタも知っているでしょう?」



『神嘗祭の夜』神嘗祭、古くから続く年に一度の儀式。五穀豊穣を祝って、宮中で儀式が行われる江戸では一番の大祭だ。今から7年前の神嘗祭の夜、大祭に詰め寄った大衆の一部が百日病を発症し、パニックの悲劇が起きた。そこに駆け付けた一人の祓い屋が百日病約七十二人全員を殺したと、まるで嘘のように伝えられる伝説である。

朔も知っているが、それは正真正銘現実で起きた悲劇だった。



「私は見ていられないの。例え偽善だったとしても、親を失った子供が、どんな末路を辿るか・・・」



偽善なんかじゃない。

朔は心の中でそう思っていた。彼自身も、生まれた時から親がいなかった。言葉をまともに覚える事もないまま、学を身につけない子供は結局は犯罪を繰り返して生きていくしかなくなる。それはよく分かっていた。






---

それから、二日が経った。

陽が百日病を発症して今日で九十九日の夜。陽は病床に横たわりながら、外を眺めていた。すると、ドタドタと廊下の方から荒々しい足音が聞こえる。

バン、と勢いよく扉が開かれる。



「陽!出来たよ!新しい着物!」



凛が嬉しそうに新しい着物を持って入ってきた。

陽は顔が明るくて生まれつき茶髪だから、赤色の着物を用意したと、凛は語った。彼は着物を見て、心躍った。

赤に煌めく輝かしい生地に、クールな黒の小紋柄が描かれた小袖と呼ばれる着物だ。



「今まで見た中で・・・・一番カッコいいよ・・・ッ!」



「ねぇねぇ、着てみてよ!」



早速、陽は弱々しい体を持ち上げながら、着替えた。

彼は目を見開いた。



「これが・・・・俺・・・?」



赤色が夜にいい雰囲気を醸し出している。自身の茶色の髪色とも良く合っている。服一つで、人は別人に変わる。陽は十五とは言えないほど、大人びていた。

凛は嬉しそうに鏡をみながら微笑んでいた。



「誕生日おめでとう!陽!」



そうか、今日が俺の誕生日か。

凛に言われて、初めて気がついた。親に捨てられ、無我夢中で生きてきた。ある日、力尽きて路頭に転がっていた所を凛に拾われ、今まで感じなかったような夢のような楽しい日々を送ってきた。



「あ、あれ・・・・可笑しいな」



陽の視界がぼやけた。

気がつけば、ボロボロと抑えようのない大粒の涙が頰を伝っていた。俺の命はそう長くない、それは子供ながらに分かっていた。それでも、死にたくない。それを伝えても、凛を困らせるだけだ。だが、彼女と送ったかけがえのない日々を失いたくない、これからも一緒に送っていきたい。

その意志が、涙となって勝手に溢れ出てきた。



彼女もみんなの前で続けてきた笑顔が遂に壊れた。

抑える事が出来なかった。溢れ出てくる大粒の涙を流しながら、陽を力強く抱きしめた。



「ごめんね、ごめんねぇ・・・っ!私が、私がもっとしっかりしていれば・・・!」



凛の初めて見る表情に、陽は涙が止まった。

今まで何度とこの暖かい雰囲気に助けられてきた事か。それは、一生忘れない。感謝しても、しきれない。

今度は俺が彼女を救う番だ。


陽は、涙を拭き、心の中で小さく覚悟を決めた。



「凛姉ちゃん、泣かないでよ。せっかくの着物が台無しになる」



「陽は強いがらっ!これがらもずっど生きて!生きで生きで幸せになれるんだよっ!だから、だがらっ!」



涙混じりの言葉で何が何だかわからない言葉になった。

陽は心の中で思わず笑った。何言ってんだよ。いつもなら、そう突っ込んでいたかもしれない。



「姉ちゃん、俺はそんなに長くないよ」



「ぞんなごどないッッ!!」



「いや、自分でもわかるよ。だから、他の奴らを絶対治してやって欲しい。死ぬのは、俺だけでいいから。まだ、時間があるから」



「いやだぁあ・・・あぁっ・・、陽も助けるっ!みんなだすげる!!」



「姉ちゃんがずっと頑張ってる事は知ってるから。ずっと影から見てきた。わかる、まだ時間がかかるだろう。俺は知ってるよ。だから、俺はいいから他の奴らは絶対治して欲しい、誓って約束してくれ」



凛は答えられなかった。

ただ、抑えられない涙と嗚咽を繰り返すだけだった。陽は凛を抱く力を強めた。俺は

何も不幸じゃない。むしろ、幸せすぎた。笑顔の素晴らしさを知った。楽しく生きていく事が出来た。満足だった。

だから、後は頼む。



最後の言葉は、言葉にはならなかった。

これでいい。そう強く覚悟したけど、思わず涙が溢れそうになった。だが、陽はどうにか抑えた。微笑んだ。凛姉ちゃんが教えてくれた、この素晴らしい笑顔で。





凛は小さく頷いた。

泣き止むまでの間、陽は凛の背中をさすって微笑んだ。姉ちゃんがくれた、唯一の

宝物じかん


酷く泣いたせいで、凛は反応する元気もなかった。

陽は暖かい日々を思い出しながら、ゆっくりと眠りについた。スヤスヤと寝ていた。彼女は小さく微笑んだ、久しぶりにこんな陽の笑顔が見れた。安心してしまった、日々の疲れがどっと押し寄せ、一緒に眠りについた。







---

朔は陽と凛とは違う別室で寝ていた。

うたた寝をしていたが、あまり深くは寝付けなかった。


もう朝だ。カーテンの隙間から朝日が差し込む。陽が発症してから、百日目の朝だ。そんなことを考えていると、女性の甲高い悲鳴が、暖かい雰囲気を切り裂いた。



「いやああああああああああああああああああっっ!!!」



朔は飛び起きた。

ドタドタと足音のことなど気にも留めずに、声のした方向へ走った。

凛と陽がいる部屋からだ。施錠はされてない、彼は勢いよく扉を開いた。



「お、おい・・・ッ!どうし・・・」



途中で言葉を失った。

朝の暖かい時間。病床に横たわる陽を、抱きながら凛は肩を震わせて泣いていた。百日目の朝。

陽の体は、冷たくなっていた。



「いやっ、いやよっ・・・!いかないで・・・・っっ!」



凛は陽の体を強く握りしめた。

陽は、亡くなっていた。だが、今まで見たこと無いような、安心しきった表情で逝っていた。こんな顔は見たこと無い。

きっと、彼女と一緒に過ごしたからだろう。朔は一瞬で全てを悟った。結局的には間に合わなかった。でも、俺のやったことは間違っていなかった。

陽の表情を見たら、そう思えた。



朔は無言で凛の背中をさすった。

大丈夫だ、お前ならやり遂げられる。そう伝えた。





---

その日の朝は、凛は明らかに元気がなかった。

他の子供たちの前だから笑顔は作っていたが。凛的に表情は作っていただろうが、子供は小さな表情の変化に気がつく。



「ねぇねぇ、最近陽お兄ちゃん。あっちのお部屋で元気?」



「え?ごめんねぇ。陽お兄ちゃん、里親が見つかったのよ、急だったから。みんなに挨拶させてあげられなくてごめんねぇ・・・でも、すっごく元気にしてたよ!」



「えぇ・・・!そうなの!なんだぁ!!陽お兄ちゃんとまた会えるかな!」



子供は無邪気だ。

凛の心を抉っているとは知らずに。朔は見ていられなかった。


その日の夜、子供たちを寝かしつけた後、朔は凛に寝かしつけた事を報告しに、彼女の部屋の扉をノックした。

だが、反応が無い。妙だな、と嫌な予感を察した。


ドアノブを回すと、鍵がかかっていない。開いていた。



「・・・・凛ッ!」



彼女の姿はそこには無かった。

どこ行きやがった・・・!朔は部屋に置いていた刀を握りしめ、家を飛び出した。






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