もしも君があの時出会っていなかったら

@yuuya-yyyy

第1話 悲劇の始まり

俺は狂犬だ。

親の顔は知らない。気がつけば、殺戮これを繰り返していた。



目の前には血みどろに塗れた死体の山。深い真紅に濡れた刀を払い、鞘にしまう。



俺の名前は朔。


名前は親に付けて貰った訳ではない。呼び名のような物だ。江戸の重罪人として死を待つだけだった俺を拾った組織が付けた名だ。



「よくやった。今日の褒美だ。受け取れ、朔」






---

江戸は日本一の繁華街だ。

着物を着た老若男女が昼も夜も行き交う、活気に溢れていた。街には楽しそうに走る子ども、世間話を楽しむ女性たち、昼から酒を楽しむ男たち。


その中に朔は溶け込んでいた。

屋台の椅子に腰掛け、湯呑みに注がれた茶と串に刺さった甘味を楽しむ。



「兄ちゃん、若いのに刀持って大したモンだぁ!機援隊か何かかい?」


「まぁ、そんな所だ」



実に平和だった。

しかし、それは見かけだけで、本当は呪われた地獄なのかもしれない。この街には、ある病が蔓延している。無邪気な笑顔の裏は何処か怯えているのかもしれない。


そして、物語は大きく動き出す。



「きゃあああああああああああああっっ!!」



女の叫び声が、街を切り裂く。

活気に満ち溢れていた街が、一瞬で静まり返った。



「ひゃ、百日病よ!!!」



声のした方向とは逆方向に、有象無象が走り出す。江戸の町は一瞬にして戦慄と化した。叫び声が、怒号が、町を包み込む。



「旦那!これ金だ、受け取っとけ!」



朔は眉をひそめた。

横に置いておいた刀を握り、小銭を少しばかり叩きつけて店を出る。



「兄ちゃん、そっちは危ねえぞ!逃げるならこっちだ!」



「あぁ!ありがとな!」



朔は店の旦那を適当に返事をし、逃げ惑う人々とは逆の方向、つまり人混みを掻き分け、声のする方向へ進んだ。すると、叫び声をあげた女と、その目の前には顔中に黒い痣を発現した男が立っていた。






百日病


江戸に蔓延する謎の奇病。発病すると、黒い痣を発現し、体調を崩した後、約百日ほどで死に至る病だ。治療方法もない。華やかな江戸に蔓延る呪いとされている。

伝染病。昔からそう言い伝えられてきた。

発症した者は、一瞬で平和を失う。勿論、この男も今この場で全てを失った。待つのは苦しみの後、約百日で死が待つ。


その為に、俺がいる。



「黒い痣が確認されている。公疫御定第三法に乗っ取り、これよりお前を殺す」



朔は持っていた刀の柄を握った。

そのまま、一気に鞘から刀を引き抜く。銀に輝く、冷徹な刀身が姿を現した。



「は、祓い屋か!?ま、待ってくれ!俺はまだまだ元気だ、子供もいるんだ!見逃してくれ!!」



男は尻餅をついた。明らかに怯えた目つきで、朔に命乞いする。瞳には涙が浮かんでいた。着物の股の部分が徐々に濡れている。



そうだ、俺は祓い屋だ。


江戸の伝説の奇病、百日病を殺す侍だ。殺さねばならぬのだ。街を、江戸を守る為に。


「すまぬ。」同情の余地などない。涙に情を移せば、江戸の町は消える。正義はとうに消えた。朔は一気に刀を振り切った、痣に顔を黒く染められた男の首を一刀両断する。血しぶきが舞った。




朔は息を少し吐いた。

倒れた死体の首から、血が溢れ出てくる。刀についた血を振り払い、鞘に納めた。見開いた男の目を静かに手で閉じると、男の最後の言動が頭をよぎった。


子供もいるんだ・・・ッ!


先ほどから妙な視線を感じていた。

朔はそちらを向くと、狭い路地の間からこちらを覗く子供がいた。首から頰にかけて、薄く黒い痣が発現していた。



「こいつも・・・!」



朔は子供の方へ走った。

怯えた表情で、少し後ずさりした。だが、怯えた表情の中から朔を威嚇するような、静かな殺気を感じた。上手く話せないのか。



どっちにしろ、百日病は大人だろうが子供だろうが、一刀両断せねばならない。



「すまんなぁ、お前。お兄ちゃんは悪だ、絶対強い大人が俺をやっつけてくれる。だから、安心しな。あっちは安全だから、あっちへ行きな」



子供の頭を撫で、反対方向を走らせた。

朔は唇を噛んだ。俺は間違っているのかもしれない。だが、この世を守る為だ。

覚悟を決めた。一瞬で楽にしてやる。首を切って、苦しまずに送ってやる。


朔は刀の柄を握った。そして、一気に力を込める。



「やめてっっ!!」



女の高い怒号に、朔の刀は引き抜く直前で止まった。

路地裏の先から、声を貼った女が立っていた。紫の睡蓮が描かれた美しい着物をきた、長い髪の女性が子供を抱き、よしよしと頭を撫でた。

優しそうな笑顔が子供を一瞬にして安心させた。そして、子供の見えない角度で朔を静かに睨んだ。



「こんな小さな子供をッ・・・・!」



「お前も分かるだろう、百日病を発症している。江戸の街を守る為だ」



「分かるけど・・・っ」



着物の女性は子供を抱く力を強め、静かに涙を流した。

朔にも罪悪感がない訳じゃない。できる事なら、こんな事したくない。でもやらねばならぬのだ。


埒が開かない。


子供を無理やり取り上げるか。

朔は刀を再び握り、1歩目を踏み出した。女性は察したのか、着物の懐に手を入れた。



「こ、こっちへ・・・・来ないで」



女性は着物から黒く光る銃を取り出し、朔へ向けた。

朔はその場で立ち止まった。汗が静かに滴る。目を見開いた。銃など容易く手に入る物じゃない、一体何処で手に入れたのか。


着物の女性は息を飲んだ。

覚悟を決めたのか、銃の持つ手に力が込められている。がしかし、その手は震えていた。怖いんだろう・・・、撃った所で俺には当たらない。朔はそう確信していた。




このまま、刀でやる事も出来る。だが、朔は迷った。


これが、俺のやるべきことなのか・・・・?泣く女から子供を強引に切り離し、子供を切り裂くことが正義なのか?


それが、江戸の街を守る為なのは分かる。




静かな静寂が訪れた。

子供は着物の女性の優しい雰囲気に安心したのか、今までの非現実的な展開に疲れたのか、静かに女性の胸に包まれながら寝ていた。

朔は刀を握るのを止めた。



「その子供を、どうするつもりだ?」



「私が・・・私が引き取る」



「引き取って、どうするんだ?その子供は、いずれ死ぬ・・・・」



「・・・・他にも沢山いる。病気の子達が・・・・私が治す。絶対に方法を見つけて・・・・だって、可哀想じゃない。こんな小さいままで、他の子と一緒に友達と遊ぶ楽しさも、一緒に恋をする楽しさも知らないまま死んでいくなんて・・・・そんなの酷すぎる・・・っ!」



再び、女性は涙を流した。

朔はこの女性は心が綺麗で純粋でそれでいて無垢なんだと、悟った。こんな人には出会った事がない。百日病は恐るべき伝染病だと言い伝えられている。普通は、逃げるはずだから。


自分が感染するリスクなど、気にも留めずに。



「それは、間違っているよ」



だからこそ、朔は否定した。



「百日病は治らない。結局は死ぬんだ、だから生かしておくのはその子たちを苦しめる事になる」



「そんな事、わかってるよ・・・!でも、でもっ・・・子供は絶対に死なせたくない・・・っ!必ず、必ず助けるから・・・・っ!」



心が葛藤する。

間違っている。

俺には、俺の正義がある。いつも同じだったじゃないか、百日病を見逃せば悲劇を繰り返す。あの時だって・・・・



眉を潜め、唇を噛んだ。



間違ってたって、いいじゃないか!新しい一歩が、何かを変えてくれる!俺らのつまんねえ日々をワクワクする場所に連れてってくれんだ!



ふと、親友の言葉が頭をよぎった。

何故こんな時にそんな事を思い出すのか、自分でもわからずに朔は少し不敵に笑った。

俺にはまだまだ知らない世界があるのかもしれない。

何故か、そんな気がした。


朔はゆっくりと歩き出した。


着物の女性は顔を強張らせ、拳銃をより一層強く握った。震える手を、どうにか抑えようとする。



「来ないで・・・っ!」



朔は女性の目の前でゆっくりと立ち止まり、震える拳銃を握り、降ろさせた。

そして、確信した。



「結局、誰も殺せないじゃないか。俺をこの銃で殺せば、全て無かった事になる。でも、それが出来ない。この世界では、一瞬の判断の間違いが全てを狂わす」



この世界では、何が優しさなのか。

たとえ間違っていたとしても、朔は何故か賭けてみたくなった。そんな雰囲気を感じとった



「だったら、お前が・・・・証明してみせろ。この世界が間違っていると。必ず、必ず治せ」



着物の女性は涙を流しながら、小さく頷いた。


「・・・うん」







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