夏の魔王

西順

第1話 魔王の巣食う山

 魔王として生を受け2020年。夏の魔王と畏れられるテュポーンの前に勇者が現れた。


 魔王テュポーンは夏を体現したような存在だった。


 その太陽のような顔からは炎が吹き出し、世界を燃やし大干魃かんばつを引き起こし、無数の竜のような腕は、台風のような嵐を巻き起こす。下半身は毒蛇で、その毒は常に大地と水を冒していた。


 テュポーンは毎年生け贄に女を所望し、人々は毎年一人の女をテュポーンの元に送り届け、テュポーンの怒りを買わないように努めていたが、テュポーンが毎度女を孕ませては凶悪な魔物を産み出すので、世界は混迷を極めていた。


 そこに立ち上がったのは勇者ゼウスであった。神の落とし子の勇者と呼ばれるゼウスは、ゼウスを寵愛する神々から授かったアダマスの大鎌を携えて、テュポーンが座するエトナ山へと向かった。


 それを聞き付けた魔王テュポーンは、最初は傲慢な人間に身の程を知らしめる為にと軽い気持ちで自身の仔にして配下である魔物を、勇者の元へと差し向けたが、差し向けた全ての仔が勇者によって返り討ちに遭い、討ち倒されていった。


 それに伴い差し向ける魔物は強さを増していったが、勇者はその全てを討ち倒してみせたのだった。


 たかだか人間にそんな事が可能なのか、とテュポーンは訝しんだが、勇者の快進撃はエトナ山の手前で止まった。


 エトナ山に巣食う魔物たちは、それまでとは比べものにならない程に強大にして凶悪であり、勇者の命運はここに尽きたとテュポーンは喜び、人間たちは悲嘆した。


 魔王テュポーンは勇者を倒した祝いを、エトナ山の山頂で行った。


 自身の仔の一人である美姫に酒を注がせ、大いに飲み大いに酔ったテュポーンは、それで勇者ゼウスを討ち倒した者は誰か、と仔らに尋ねるも、皆が互いの顔色を窺うばかりで、誰も名乗りでなかった。


 では勇者が倒されたとはどういう事なのか、勇者はまだ生きているのか、魔物たちが疑心暗鬼となる中で、一人の魔物が名乗り出る。


 それはテュポーンの酒杯に酒を注いでいた美姫であった。


 皆が美姫が倒したのか、と驚く中で、美姫はこうやって倒したのですよ。と妖しい微笑をその美貌にたたえる。


 皆がその美貌に看取れていると、横のテュポーンが苦しみだした。


 太陽の顔からも腕の竜からも下半身の毒蛇からも泡を吹き出す。美姫がテュポーンに飲ませていたのは、神をも殺すネクタルの毒だったのだ。


 何をするのだ、と魔物たちが美姫に詰め寄るが、それを一振りの大鎌で斬って伏せる美姫。皆が美姫だと思っていたのは、勇者ゼウスだったのだ。


 魔王テュポーンが毒に苦しむ最中、テュポーンの仔らは正体を現した勇者ゼウスによって、次々と討ち倒されていく。最後にはテュポーンだけが残された。


 勇者ゼウスはアダマスの大鎌を魔王テュポーンの首に宛て、こう語る。


「神と人の敵にして我が祖父テュポーンよ。そなたの血を継ぐ我が、そなたにとどめを刺してこの不幸の連鎖を断ち切ろう」


 それを聞いた魔王テュポーンはこう返した。


「我が孫にして魔物の敵である勇者ゼウスよ。我は予言しよう。お前も直ぐに神と人間の敵となると」


 勇者ゼウスはそれを一笑に付し、夏の魔王テュポーンの首を掻き斬った。魔王テュポーンは大量の血を首から噴き出し絶命し、その一番近くにいた勇者ゼウスは、魔王テュポーンの鮮血を全身に浴びる事になったのだった。


 魔王テュポーンの血には、神をも殺すネクタルの毒が混ざっており、神の計算ではそれを浴びた勇者ゼウスも、その場で死すはずであった。


 しかし魔王テュポーンの血とネクタルの毒は混ざり合い、全く違うものへと変容していたのだ。それは不老不死の妙薬であった。


 不老不死の妙薬を全身に浴びた勇者ゼウスは不老不死となったが、不老不死は神の特権であり、人間には過分な権能であった。


 こうして魔王テュポーンの予言の通り、勇者ゼウスは不老不死の功罪を背負う神と人間の敵となり、全世界に狙われ存在、魔王となってしまったのだった。


 そして魔王ゼウスは待ち続ける。己を討ち倒せる勇者の出現を。

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夏の魔王 西順 @nisijun624

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