18 (完)

見覚えのある空間に、自分の顔の横にはあの綺麗な灰色の髪の毛と、足元にはいつか見た魔法陣。

おそるおそる自分に抱きついている人物の背中をぽん、ぽん、と叩く。


「もしかして…オレまた召喚されたの?」

「…っ」

レイが返事の代わりに何度も頷きながら抱きしめる力を強める。

「なんで…」

キヨは慌ててレイの体を離した。


「…またレイが喚んだの?なんで…っ」


オレが日本に帰ってから、もう5年も経っている。

レイはミリア様と幸せになってるハズなのに…なのにまた自分を喚ぶために召喚をしたというのか。

(レイは絶対、喚び戻さないと思ってたのに…)

信じられない気持ちでレイを見つめると、灰色の瞳が涙でゆらゆらと揺れていた。


「キヨに、会いたかった…だから毎日はできなくても、キヨが応えてくれるまで呼び続けると、そう決めていました」


(会いたい…?)

訳がわからず、右手で頭をかかえた。

会いたいって何だよ…オレといてもレイはいいことなかったろうに、なんで今更…


「あ…そうか。召喚するのは国を平和にするためか…?

……そうだ、ミリア様は?ミリア様とはちゃんと結婚…」

キヨが周りを見渡すと、人気のないこの室内で唯一、レイの後ろにいた少女と…それを抱き上げる灰色の長い髪の女性。

その女性を「ママ」と呼んだ少女は、レイと同じ灰色の髪や瞳をしていた。


「…ミリア様…と…子ども…?」

幼いながらも両親の美貌を一身に受け継いだであろう少女は、色彩だけでなく顔も2人によく似ている。


「お久しぶりです、キヨ様。またお会いすることができて心から嬉しく思います。キヨ様のおかげで私は病気も完治し、生きながらえて…このように子を成すこともできました。…本当にありがとうございました」

「……っ」

(この子は、2人の…)

あまりの衝撃にひゅっと息が止まる。

自分が元の世界へ戻ったのはもう5年も前なのだ。あの後2人が結ばれたのならこのくらいの子どもが生まれていてもなんらおかしくはない。

自分が望んだ未来のはずなのに、どうしてもその子を直視していられず思わず視線をそらす。


「…ですが勘違いなさらないでくださいね。この子どもは、レイとの子どもではありませんのよ?別の方と結婚して、授かりました」


「……は?え、なんで…!」

「キヨ様の最後のお言葉通り、レイを幸せにするために、ですかね?レイの結婚する相手は、今までもこれからもキヨ様意外あり得ませんから。ね、レイ?」

「あぁ、もちろんだ」

「そんな…!!」

キヨがいなくなってもキヨとレイの結婚は取り消されなかったのだろうか。

レイとミリアを信じられない思いで見つめる。

しかし、ミリアと話してる間もずっとこちらを見つめている真剣なレイの顔も、ミリアの笑顔も、とても嘘を言っているようには見えない。


「でもレイは…ミリア様だって…!」

レイはミリア様を好きだったはずだ。それにミリア様だって。

なのにどうして…

戸惑うキヨを見て、ミリア様が優しく微笑んだ。


「…確かに、私に気持ちがなかったといえば嘘になります。心臓が悪く、外出できる日も多くなかった私にとって、そばにいる相手で年齢が近いのはレイだけでしたから…でもやまいが治って、社交界に出てみたらまぁなんて世界の広いこと!世の中には素敵な方がこんなにもいたのかとびっくりしました!

…キヨ様のおかげで、私は失恋も、恋愛も、結婚も…全部自由にすることができました」

「…そんな…」


(ミリア様は別の人と…)

なんで…なんで上手くいかないんだ。

オレはレイに幸せになって欲しかったのに、どうしてオレがいなくなってもレイは幸せになれない…

やり切れない思いで目をぎゅっとつむると、


「…キヨはもうこの世界へ来たくなかったですか?」


そう言われパッと顔を上げると、情けない顔をしたレイと目がかち合う。


「キヨがこの世界に来てから苦しんでいたことを知っていたのに…もう1度喚んでしまってすいません。それでも私は、どうしても…キヨに会いたかったんです」

ハラハラとレイの綺麗な瞳から涙が流れる。

ただただ溢れ続けるそれを止めてあげたくて、両手を伸ばしレイの目元を拭った。


「来たくなかったわけじゃない…ずっと苦しかったのは、オレじゃなくてレイじゃん…オレが来たせいでレイの幸せめちゃくちゃにしちゃったから…オレがいなくなればレイが幸せになれると思ったのに…っ」

オレの目からも涙が溢れ出す。レイもオレの方へと手を伸ばすと…

パシン!と両手でオレの頬を叩くようにして挟んだ。


「私の幸せを勝手に決めないでください。

…確かに最初は、ミリアのことが大事で…ミリアと結婚できなくなったことでキヨを恨んでいました。…でもそれは筋違いでした。

キヨが苦しんでいることを知ってから、段々キヨのことを気にかけるようになって…いつのまにか、心の大半を占めるのも、私が安らげる場所も…私の拠り所は全部キヨになっていました。

私の幸せを本当に考えてくれるなら…私の前からいなくならないでください。あなたがいないと、私はまともに眠ることさえできない」


吸い込まれそうなほどに真っ直ぐな灰色の瞳が、涙と光でキラキラと輝く。

本当なんだろうか…レイはミリア様じゃなくて、オレのことを…


「ミリア様じゃなくて、オレでいいの…?」

「キヨがいいんです」

「…でもオレとの結婚は表向きなものって言ったのは、レイじゃん…だからオレ…」

「…すいません。それは撤回させてください。キヨが好きなんです。キヨと本当の夫婦になりたいんです」

だからどこにも行かないでください。そう言いながら、どこにも行かせない決意を表すように、レイは先ほどからずっとキヨの肩や手を握り締めながら一瞬たりとも目を離さない。


(本当にオレでいいのかな…)

5年間ずっと、日本に戻っても結局レイの幸せを願って…レイを幸せにできる相手が自分ならよかったのにと、そんなことばかりを考えていたのに。

こんなにオレに都合のいいことばかり起こっていいんだろうか。

自分の掌にぐっと爪をたてる。…痛い。

(夢じゃない…夢じゃないんだ…)


「…っ勝手にいなくなってごめん」

溢れ出す涙を、今度はレイが拭ってくれた。


「…1人で泣いていませんでしたか?」

ずっとそればかりが気がかりでした、そう言われたが、その問いに頷くことはできそうもない。


「オレも…ずっと寝れなかった。レイが隣にいないと、全然眠れなかった。ほんとはずっと会いたかった…っ」

そう返すと、もう1度強くぎゅっと抱きしめられる。


「もうどこへも、行かないでください。ずっと私の隣にいてください」

「…うん」


もう1度喚んでくれてありがとう。

耳もとでそう伝えると、レイが少し体を離して、目の前で笑ってくれた。

涙でくしゃくしゃになったその顔は、オレが何よりも見たかった、レイの幸せそうな顔だった。





それから、レイやミリア様達とともに、召喚の間から出て王様の元へと向かった。

王様たちは自分たちがあの部屋を出てから何があったのかとパニクりながらも、「お帰りなさい」と大喜びで受け入れてくれた。


以前レイとキヨで暮らしていた屋敷へと戻ってみると、キヨの部屋も寝室も、全てキヨが消えた日のままだった。…いつキヨが帰ってきても大丈夫なようにレイが気にかけていてくれたそうだ。

それ以外にもすぐに自分だと気付いてもらえるようにと、レイは5年間ずっと同じ髪型で、服装もずっと同じ型のものを新調し直して着てくれていたらしい。

そして結婚も…破棄されることなくそのままになっていた。


「結婚した時オレ18だったけど、大丈夫だったの?」と一応聞いてみたが、「あぁ。ミリアから聞いて知っています。ですが他に誰もキヨの年齢を知りませんので、私とキヨだけが本当のことを知っていればいいのです。2人だけの秘密があるのはいいですね」としれっと言われてしまった。ミリア様もシンさんも知ってるから2人だけの秘密じゃ全然ないんだけどね。

本当のことを話して結婚し直した方がいいんじゃないかとも思ったけど、レイは結婚を取り消されるのは一瞬だとしても嫌らしい。…帰ってきた途端にレイが甘い、甘すぎる。

もうそれだけで自分がレイに愛されてるのだと実感できたのだが、もう2度とすれ違わないためにもと、レイは毎日、キヨがいていかに幸せなのかを、言葉で、笑顔で、態度で、全身で伝えてくれたので、その後キヨが不安になることは1度もなかった。




***




遠い遠い昔、我が国に初めてきた神子様は、1度この世界から消えたのに、5年の時を経て再びこの国に戻られたそうだ。

その神子様が男性であることは世界で3例目、消えて戻ってこられたことは世界で2例目だったという。

そんな神子様がこの国に「痛いの痛いの、遠くのお空へ飛んでけ〜」を広めたことは有名であるが、癒やしの手と呼ばれる類稀なる力で沢山の人々の傷を癒やし、笑顔にしてきたはずの彼が最後に残した言葉も有名だ。


「私がこの国を幸せにするために喚ばれたはずなのに、幸せにしてもらったのは私の方だった」と。




終   2020.5.9


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の幸せ 蜜缶(みかん) @junkxjunkie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ