17

「神子様が消えてしまうことは多々あるとされていますが…消えた神子様をもう1度召喚できたのはアラム様だけですよね。…何度も聞かれていることかもしれませんが、召喚に何かコツなどあるのでしょうか?」


シン様が予定を過ぎてもなかなか出てこないためか、僅かに眉を寄せながらもアラム王子は律儀に答えてくれた。


「コツなんてありませんよ。あるのなら、私が知りたいくらいです。…私はただただ、シンに会いたい一心で…絶対にシンをこの世界に喚ぶんだと。シンをもう1度召喚できるまでは生涯召喚し続けるのだと、それだけは心に決めていました」

「そうなのですか。喚び戻すために毎日のように召喚をされていたと聞きました。すごいですね…」

レイには魔力がそんなにないため、そんなことはとても真似できないだろう。

アラム王子もレイの言葉に頷いた。


「…そうですね。もし今後キヨ様が消えることがあったとしても、私と同じ方法はオススメしません。私のやり方は無謀に思われていましたが…私は魔力量が他の人よりもとても多いので、自分の力量を判断した上で行っていました。他の人には合わないでしょう。

無理な召喚はオススメできません。もう1度会いたいのに、自分が召喚で命を落としてしまっては元も子もありませんから。

もう1度会いたいなら、どんなにもどかしくても、私たちには召喚し続けることしかできないのです」




***




キヨは教科書や歴史に名を刻み、否応なしにどんどん過去のものへと変わっていってしまった。

消えてすぐの頃は、キヨと行ったことのある場所では、キヨを惜しむ声や思い出を話されることもあった。

しかしそれも時が過ぎるたびに徐々に減っていき、5年経った今では「神子様がいた時は平和だった」と話すものはあれど、キヨ自身のことを話すものはほとんどいない。あんなに仲良くなっていた教会の子どもたちも、数回遊んだ程度のキヨのことなど成長とともにもうすっかり忘れてしまっていた。

この国にはもうキヨがいないことが当たり前なのだ。




あれから、この国でも何度も召喚の儀式は行われてきた。

キヨが召喚されたことも踏まえて、我が国も他国も、一段と神子様の召喚に躍起になっていた。

この国では相変わらず2週間に1度のペースで順番に召喚を行っていたので、順当に行けば1人に順番が回ってくるのは2ヶ月に1度くらいだ。

しかしあれ以来、この国でも、他国でも、どこにも神子様は召喚されていない。

…もちろん、レイの儀式でも。



「レイ、前へ」

「はっ」


あれからこの儀式を行うのは何度目になるだろうか。

5年の月日が流れたので、30回程は行っているだろう。

キヨがくるまではずっとおざなりに行っていたくせに、キヨがいなくなってからはいつだって真剣に、1つ1つの動作に願いを込めながら儀式を行っていた。

召喚のたびにキヨのことを…そして、アラム王子の言葉をいつも思い浮かべていた。

…キヨがいた頃、シン様がの国を訪れた時にアラム王子から聞いた言葉だ。


“もう1度会いたいのに、自分が召喚で命を落としてしまっては元も子もありません“

”もう1度会いたいなら、どんなにもどかしくても、私たちには召喚し続けることしかできないのです”


アラム王子のように、魔力量が多くて召喚の回数を増やすことができたら、呼び戻せる確率は増やせるのかもしれない。

しかし魔力に自信のないレイは、順番通りの2ヶ月に1度の召喚に合わせて魔力や体調を整えるので精一杯で、回数を増やせるゆとりなどなかった。


…本当は5年前に1度だけ、次の自分の召喚までの間に勝手に召喚を行ったことがあった。

その時、召喚していたはずなのに気づいたら意識を失ってしまい、そのせいで周囲にバレてとても大事おおごとになってしまった。しこたま怒られた挙句に次の召喚の順番も体調管理不十分として外されることになったため、それからは決められた自分の番でだけ行うようにしていた。

そんな自分を情けなく思いながらも、それでも、キヨを再召喚できるまでは死ぬまで召喚を止める気はなかった。



(頼む、キヨ。もう1度オレの前に…)



すがるような気持ちで呪文を唱える。

いつものように魔法陣が浮き上がり、淡い光を放ちながらグルグルと回転を始める。

…しかし徐々に回転の速度は緩やかになり高度を下げていくと、遂には地面に静かに収まってしまった。



(…また、ダメだった)


その場にしゃがみ込んで途方に暮れるレイを他所に、2週間に1度のほぼお馴染みの光景となったそれに、集まっていた人々は落ち込む様子もなくいつものように速やかに退室していく。



とてとてとてととと…


そんな中、人々の流れに逆らって1人の少女がレイの元へとやってきた。

まだ歩く足取りも危なっかしいほどのその幼い少女は、しゃがみ込んだままのレイへと小さな手を伸ばすと、ぺちぺちと頭を叩いた。


「なかないで〜?いたいの、いたいの、とおくの、おそらに、とんでけ〜」

「……っ」


最近ようやく会話できるようになった舌ったらずな声で紡いだのは、キヨのあのおまじないであった。

レイの視界が涙で滲む。


「…なんで、その言葉を…」

「きょうかいのね、おねえちゃんがね、おしえてくれたんだよ。えがおになるおまじない!」


キヨが教会に普及していったあの言葉が、もう何年も経っているというのに、キヨがいなくなってから生まれたこの少女にも受け継がれているなんて。

キヨがいないことが当たり前になり、もうキヨを覚えている子どもなどいなくなった教会でもこの言葉だけはずっと、忘れられることなく生き続けていたのか。


「……っ」


ホロリ


レイの瞳から涙が溢れ落ち、地面に吸い込まれたその瞬間、

静止していたはずの魔法陣が再び動き上がったかと思うと、強烈な光を放ちながら急速に回転し始めた。

光が点滅し、突風が吹きあれる。

突然の出来事にレイの視線はそちらに釘付けのまま、近くにいた少女を庇うようにして抱きしめるが、風の勢いはどんどん強くなっていく。



ピカッ!



強い光による真白な世界から色のついた世界に戻っていく。

光の屑がハラハラと舞い落ちる中、魔法陣の中心に誰かが座っているのが見えた。


黒い髪に、こげ茶の瞳…髪型は変わり、あの頃よりは輪郭も体つきも凛々しく大人になっているが、忘れられなかった面影がそこには間違いなく存在していた。



「……キヨ……キヨっ…キヨっ!!」

少女を置いて、もつれそうになる足を必死に動かしながら魔法陣の方へと駆け寄り、しゃがみ込んでその人物に目を合わせる。


「…キヨ…」

頬へ、肩へ、髪へ、目元へ…確かめるようにそこら中に手を伸ばす。

(夢じゃ、ない…)

確かに彼はここに存在していた。


「レイ…?なんで…」

「やっぱり、キヨ…キヨだ…っ」

正面からぎゅっと抱きしめると、戸惑ったように体が強張ったが、ぎこちない手つきでぎゅっと抱きしめ返された。


(…温かい)

この温かさ、この匂い…

やっとレイの願いは通じ、キヨがレイの前に再び姿を表した。

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