だって見えそうでドキドキするのって女の子の特権なんだからっ☆
刈田狼藉
一話完結
今日から、高校生。
入学式は昨日だったけど、
昨日は、お父さんとお母さんも一緒だったし、
わたしにとって、
今日が高校生活のスタート、って感じ。
新しい制服、
新しいワイシャツ、
新しいカバンに、
新しいローファー、
そして、
新しいプリーツスカート。
丈はもちろん短め、
って、ウェストで2回折り返してるんだけど。
家の近く、
高台にある、
夕方の公園の横を歩いてる。
上り坂。
坂道の西側が急な斜面になっていて、
その下に公園に併設された野球場がある。
小学生や中学生の男の子が何人か、
サッカーしたり、
キャッチボールしたりして遊んでる。
いい天気、
さわやかな夕暮れの空気。
夕日にかかっていた雲が切れて、
西日が横から、わたしの眼を射る。
おでこの前に手をかざし、
眼を細めながら、
わたしは沈みゆく夕日を見る。
強い光芒に暗転した視界が、
ゆっくり回復すると、
その複雑な光と色彩の、
西の空に開けた壮大なパノラマが、
わたしの網膜と、
胸の中をジャックする。
——わあ。
子ども達が遊んでいる野球場、
その向こうに緑と、
そして街並みが見えて、
さらにその向こう側には、湾岸の工業地帯の、
プラントや建造物のその複雑なシルエットが見えて、
さらにその向こう、
霞む平野の先には山々が連なり、
それが茜色に染まる空と、
黒色に沈む地との、
その境界線になっている。
その光景の中心で輝きを放つ、
黄色い太陽が、
わたしの眼の中できらびやかにプリズムして、
七色の複雑な光の帯で、
眼下に展開する、その広大な空間を彩る。
——きれい。
頬が、なんだかくすぐったい。
——すごい。
あ、わたし、泣いちゃってる。
頬を触ったら、手のひらが濡れた。
わたし、どうしちゃったんだろ?
そう思う。だって、
そんなパーソナリティーじゃなかった。
最近のわたしは、なんだか変だ。
景色がきれいで、それで泣いちゃうなんて、……
広角レンズを通して見たような、
遥かかなた、遠く地平まで開けたその景色の真ん中で、
わたしは、
「ふううぅ~」
って、声を出して泣いちゃいながら、
その理由について、考えてみる。
******************
自分が嫌いだった。
理由は、可愛くないから。
四年生の時から、
背がニョキニョキ伸び始めて、
サイズが合う洋服が無くなった。
子ども服と大人の服にまたがるサイズの空白地帯に、
ハマった。
結果、
地味で、
なんだかブカブカの服ばかり着てた。
小学校高学年――ある意味、
いちばんオシャレをしたい時期に、だ。
だって中学生になったら制服になってしまう。
もちろん、
ブレザーにブラウスにプリーツスカート、
憧れちゃう、
憧れちゃうけど、
その前にいろんなファッションをしてみたい。
そうだよ、
そ・う・な・のっ!
なのに、
なのにだよっ、
背が急激に伸びた分、
手足ばかりがヤケにヒョロ長く、
ガリガリに痩せて、
それが地味な服装と相まって、
なんだかおじいさんみたいな、
そんなわたしだった。
身長の伸び方があまりに急だったから、
遺伝子の病気なんじゃないかって、
ちょっと怖いことまで言われて、
内分泌の検査をしてもらったこともある。
とにかく子ども服だと、
袖とかパンツの丈とかが短すぎてダメで、
かと言って大人の服だと、
ウェストもお尻のまわりもブカブカ過ぎるのだ。
泣けてくる、って言うか、
実際泣いちゃったし、
今だって思い出すと、
……ちょっと泣きそうな気分だ。
中学生になると、
中学生になると……、
ええいっ、もう思い切って言ってしまう!
わたしは、漫画に、ハマった。
ジャンルは……、今は言いたくない。
不要なカミングアウトは、
話が逸れるので今はしたくない。
その、
お小遣いでクロッキー帳を買ってきて、
それに推しキャラ……、
いや、
好きなキャラクターを模写しまくる、
という、かなりオタクな女子中学生となったのだ。
ちなみに中学時代の年賀状は全葉個別に手描きオリキャラ美少年だっ!
どうだ参ったか?!!!
キモオタ度合いの話はさて置き、
イラストや漫画を描くのは楽しかった。
きれいな男の子や、
かわいい女の子を描いている時は、
現実の自分から、
惨めなくらいに痩せこけて背ばっかりヒョロヒョロ高い、
そんなリアルの自分から離れて、
自由になれるような気がした。
女の子のキャラクターに、
着てみたいなあ、
と思うような可愛いファッションをさせてみたり、
履いてみたいなあ、
と思うようなミニのフレアースカートを履かせてみたりした。
美術部マンガ班(部はあったが班は仲間うちでそう呼んでいただけ)
の友達と、
部室で、マックで、たまにファミレスで、時には友達んちで、
イラストや漫画ばっかり夢中になって描いてるうちに、
なんだか少しずつ太って、
脚とか、二の腕とか、なんだろう、ムチムチしてきた。
あーあ、
サイテーだ、わたし。
お洒落とか言っちゃって、なんか恥ずかしい。
恋なんて無理だよ……。
******************
中学三年の夏休み、
そう、受験勉強の真っただ中、
お母さんと近所のスーパーマーケットに行くのが、
その頃の日課となっていた。
受験勉強で身体をあんまり動かさない私を、
お母さんが心配したんだと思う。
その日は、というかその日も、
わたしの格好はTシャツに短パンだった。
部屋で勉強をしている、
というか漫画を描いている時の格好のままだ。
だって、ラクだし、近所のスーパーだし、誰も見てないし、
まあいいか、って。
そしてその近所のスーパーで、
あいつに会った。
ホントに偶然、
バッタリ出喰わした。
小学五年生の時のクラスメートで、
わたしが……、
わたしがショタ系オトコの娘BLにハマるキッカケとなった、
(うわ、言っちまったーっ!)
つまりは初恋の相手、
もちろん片想いだった、
背が小さくて、
痩せっぽっちで、
頼りなくて、
そして肌が白くて、
眼が大きくて、
すぐに泣いちゃう、
女の子みたいな男の子。
柊木くんは、
男の子なのに、
わたしが持っていない、
女の子みたいな可愛い要素をいっぱい持っていた。
幼い弟のような、
或いはおとなしい妹みたいな——
今は背も伸びて、
わたしと同じくらいの身長の柊木くんと、
至近距離で向き合って、
お互いにびっくりした眼のまま、
時間が止まったみたいに固まった。
「あら、空くん? 久し振り、ずいぶん大きくなったのねー」
瞬きすら出来ないわたしを差し置いて、
カートを押しながら現れたお母さんが、
唐突に声をかける。
「あ、えーと、……高橋さん、こんにちわ」
柊木くんは、
「高橋さん」のところでチラッとわたしを見て、
「こんにちわ」とお母さんに向かって頭を下げた。
「ひとりで買い物? お母さんは?」
「えっと、たぶん、あっちのパン屋さん……」
当時、PTAか何かの関係で、
柊木くんのお母さんと行き来があったウチのお母さんは、
女の子みたいにきれいな顔の中三男子に、
口元を綻ばせて慣れなれしく話しかける。
小五の時の柊木くんは、
すぐに泣いちゃうことで学年でも有名だった。
別にイジメられて泣くわけじゃない。
きれいなものとか、
小っちゃいもの……、
ううん、儚いものとか、
クラシック音楽の交響曲とか、
他人を救うために自ら犠牲になった人の話とか、
綺麗な絵画とか、
そういうものに触れると、
胸がいっぱいになって、
我慢できなくなっちゃって、
すぐに泣いちゃう、
そういう男の子だった。
ホントに女の子みたい。
そしてわたしは、
そんな柊木くんに、
胸が苦しくなるほどの憧れを抱いたのだ。
——ふっ。
わたしは、しかし胸の中で小さく笑う。
でもいいのさっ。
可愛い男の子も、
きれいな顔の少年も、
わたしの手には入らない、
……かも知れない。
でも、
でもでもっ、
わたしには漫画がある。
推しキャラだっているし、
オリキャラだって持ってる、
わたしは美しさを、
自ら造形し、
それを何時でもこの手で再現することができる。
……できるんだからっ!
「
「ん……んんっ、えっ、なになに?」
わたしはハッとする。
いけない、自分の世界に没入してた。
「どうしたの? ぼんやりして」
「んーん、別に、考えごと」
「空くんカッコ良くなって、緊張してるの?」
「えっ、なんで? そっ、そんなわけないよ」
なんてこと言うんだーっ!
って思って、恥ずかしくなって、
わたしは柊木くんの方をチラッと盗み見る。
すると、——
柊木くんは、
なぜかわたしの脚のあたりを見ていて、
わたしはその伏せた目蓋を上から見ていて、
まつげ、長っ
と思っていると、わたしの視線に気づいたのか、
ハッと顔を上げた柊木くんの視線と、
わたしの視線が正対する位置でまともにぶつかった。
そして、——
柊木くんの眼が大きく見開かれ、
その大きな眼の中で瞳が揺れて、
瞬間、
顔が赤くなって、
あわわわわ、
とでも言いたげに、
口を開いたり閉じたりして、
「ごっ、ごめん、高橋さん……」
「ごめん……?」
なんであやまるの?
そう思って訊き返すと、
「んっ、いやっ、あのっ、……」
そこから先の柊木くんは、
なんだかしどろもどろで、
「母さんが、……」
とか、
「荷物を持つ約束を、……」
とか、口の中でもごもご言いながら、
やがて、
頭を何度もペコペコ下げて、
その場からいそいそと立ち去った。
なんだか逃げるような感じ。
「なっ、なんなの?」
思わずそう呟く。
だって、意味わかんないし。
でもお母さんは、
わたしの方を振り返り、
頭の上から足の先まで、
何かを測るような眼で、視線をさっと走らせ、
そして、
「ふっ」
と、
笑いとも、
ため息ともつかない呼吸を一つだけ吐いて、
「あや、気を付けなさいよ、かわいそう……」
と言って、
柊木くんの後ろ姿に眼を細めた。
「え、……???」
またまた意味が分からず、わたしは訊き返す。
でもお母さんはスルーして、
買い物の再開を宣言するようにカートを押し始め、
わたしの頭上に浮かんだ大きな疑問符は、
放置されたまま所在なげに、
しばらく空中を漂っていた。
******************
自分の部屋に戻ると、
わたしは自信を鏡に映してみる。
真っ黒で、真っ直ぐな髪。
何の変哲も趣向もない、単純なボブカット。
って言うか、おかっぱだよね、これ。
細すぎて、
サラサラしすぎてて、
遊びようのない、
つまんない髪。
細くて尖った肩、
薄い胸、
なんだか男の子みたい。
大きめのメンズの白いTシャツが、
わたしのあまりに薄い腹部とおへそを隠し、
中一の時から履いているデニムのショートパンツ、
って言うか、
それはすっかり小さくなって、
いまや短パンとでも言うべきシロモノで、
裾もほつれて薄くなり、
ふとももの付け根ギリギリまで露出していて、
なるほどキワどくてアブない感じだ。
最近太ってきたなあ、
と感じていたふとももは、
こうして全体を映してみるとやっぱりぜんぜん細くて、
やっぱり男の子みたい。
股から膝までの長さがかなりあって、
それは不思議な曲線を描き、
部屋の中にいることが多いせいか、
その肌はあまりに白く、
ちょっとバツが悪い、
というか、
このまま外を歩くには、いささか不適切なほどだ。
柊木くんの視線や、
その慌てた表情を思い出す。
「あや、気を付けなさいよ」
お母さんの言葉が脳裏をかすめる。
「かわいそう……」
久し振りに姿見に映して見たわたしの姿は、
結局のところ、
わたしのよく知るところの自身の姿、
背が高く、
痩せていて、
女性らしい丸みに欠けた、
手足ばかりが雑に長い、
可愛くないわたしの姿だ。
でも、
わたしは思う。
でも、
わたしはもう、
あの頃のわたしとは違うんだ。
******************
「大きいね、男の子みたいだね」
小学五年の体育の授業で、
柊木くん、……
ううん、その頃は「空くん」って呼んでた。
そう、
空くんが、わたしに、言った言葉。
体育祭で踊るフォークダンスの練習で、
空くんとペアになって、
背の小さかった空くんと、
無駄にデカかったわたしとでは、
当然吊り合うハズも無くて、
きっと何かの間違いだったんだろうけど、
困りつつもドキドキしているわたしを見上げて、
空くんは、そう、言ったのだ。
悪気なんて、
もちろん無かったんだと思う。
むしろ逆に、
背の小っちゃかった空くんは、
わたしの身長が、
或いはうらやましかったのかも知れない。
でも、
わたし、
泣いちゃった。
ちょっと拗ねた感じに、
少しだけ涙を見せる程度だったら、
まだ良かったんだけど、
わたしは声を上げて泣いた。
最初から、いきなり、号泣だった。
心の中では、
泣いていないもう一人の自分がいて、
すごく、すごく、慌ててた。
だって、——
背が高いのがすごく嫌なんだって、
みんなにバレちゃう。
痩せてるのがすごく嫌なんだって、
みんなにバレちゃう。
女の子らしくない自分が、
他の娘みたいに可愛くない自分が、
みっともなくて、
すごく、すごく嫌なんだって、
バレちゃう。
あーっ、あーっ、あーっ、
って声を上げて、
ぐるぐる回る校庭の真ん中に立ち尽くして、
両手で顔を隠して、
わたしは泣き続けた。
指の間から涙がたくさんこぼれて、
腕を伝って足元に滴り落ちた。
空くんがどうだったのか、
覚えていない。
きっとびっくりして、
一緒に泣いちゃってたんだと思う。
******************
夜、お風呂の時間、
浴室の白くかすむ鏡を、
わたしは直視できなかった。
なんだか恥ずかしい気持ち……、
鏡に映り込むその肌の白さが、
なんだろう、
とてもはしたないものに思えたのだ。
って、
嘘だ。——
わたしは鏡に映る全裸のわたしの、
その肌の白さを直視した。
そこには興奮に赤らむ頬と、
その赤さに驚いて揺らめく瞳とが見えた。
浴槽に身体を沈めて、
伸びやかな脚のフォルムと、
薄く脂肪の乗ったおへその辺りと、
まだ小さな胸の、その控えめな曲線と、
華奢な肩と、柔らかな二の腕のラインを見る。
おでこと目のまわりが熱くて、
ぼうっ、として何だか目が回るようで、
わたしは僅かに震えるくちびるで、
囁くようにそっと、ため息をひとつ吐いて、
そして、
両方の手で、
その発育の途上にある小さな胸を、
震える指で、
きつく、
摑んでみる。——
******************
二月の終わり、
第一志望の公立高校の合格発表。
中庭に仮設された掲示板の前の、
その人だかりを横身ですり抜けながら、
集まった受験生たちの、その最前列に出る。
番号が小さすぎて見えないからだ。
視力が落ちていた。
受験勉強が祟ったのか、
漫画の描きすぎなのか、
たぶんその両方だ。
わたしは目を細めて、
たぶん昔テレビで見た西部劇の誰だっけ、
夕陽のガンマンみたいな渋くて厳しい顔になって、
受験番号に目を凝らす。
そして、——
あった。
わたしの受験番号。
初めて自分の手で摑んだ、
人生の、次のステージへの切符。
やったー!
嬉しさが、
おへそのあたり、
おなかの奥の方から込み上げてくる。
うっふっふっふっふー。
そうだ、お母さんに電話しなくちゃ……。
そう思って後ろに振りかえる、
その途中で、
わたしの視界に映りこむ、
わたしより少しだけ背の高い、
子どもみたいな横顔の、細身の男の子。
大きなグレーのダッフルコートを着て、
オレンジ色の、
暖かそうなマフラーに頬を埋めた、
ほんとに子どもみたいな佇まいの、
柊木くんも、受けてたんだ。
柊木くんも目が悪いのか、
前髪の間からのぞく眼を細めて、
そして小さく口を閉じて、
掲示板を見上げている。
少し褪せた栗色の、
流れるようなサラサラの髪が印象的。
オトコっぽい表情。
ちょっと意外で、ドキドキする。
すぐに、
自分の受験番号を見つけたのだろう、
柊木くんは愁眉を開き、
大きな瞳にいつものきらめきを宿して、
そして、
よしっ、
とでも言いたげに、
小さくガッツポーズをした。
そんな仕草すら、
子どもみたいで可愛く見える。
そして、
わたしの視線に気付いたのだろうか、
何の前触れもなしに、
柊木くんはフイっと首を振り向け、
こちらを見た。
ドキッとした。
でも、わたしは眼を逸らさない。
柊木くんは、
少しの間ぼんやりした表情になる。
わたしは、
自然とこぼれる笑みを、
その頬と、眼差しを、彼に向ける。
だって、
わたしはもう、
あの頃のわたしじゃない。
柊木くんも笑って、
それから、
私たちはお互いを祝福し合った。
「高橋さんは、入学したら部活なにやるの?」
「わたしは美術部、柊木くんは?」
「文芸部」
「やっぱし」
「やっぱしって、なんで知ってるの?」
「えへへ、なんでって……」
そりゃ知ってるよ、
だって、
好きだったんだから。
すぐに泣いちゃう男の子の、
とても素敵な秘密……。
にしししし、
と笑ってから、わたしはイタズラっぽく言った。
「ないしょ」
そんな言葉を交わしながら、
駅までの道のりを、
柊木くんと、
ふたりで並んで歩いた。
******************
制服を店まで受け取りに行く。
入学式まであと四日、
公立高校は合格発表が遅いため、
どうしても日程がタイトになってしまう。
晩ごはんの後、
鏡の前で、制服をもう一度身に付ける。
別に、店で一度試着したワケだし、
ホントは必要ないんだけど、
お父さんが見たいと言い出したのだ、やれやれ。
新しいブレザー、
新しいワイシャツ、
中学校の時は無かったリボンに、
ミニのプリーツスカート。
店ではできなかったけど、
スカートのウェストを外側に二回折り返す。
うまくいかない。
プリーツが乱れてなんか汚くなる。
やり直し!
時間をかけて丁寧にやってみる。
今度はうまくできた、よしっ。
そうして再度、わたしは全身を鏡に映す。
うん、高校生、いちおう……
でも、やっぱりなんか物足りない。
そしてそれが何なのか、
わたしは知っている。
新品のローファーを手に持って階段を降り、
リビングにいるお父さんに制服姿を見せる。
「へえー、似合ってる、あや」
眩しそうな表情で、お父さんは言う。
でも、
「すっかりお姉さんだなー」
なんだか子ども扱い。
でも、自分の顔が赤くなるのが分かる。
お父さん視線が下の方に降りてくる。
ミニのスカートの裾、太もものあたり。
そこは子ども扱いじゃないのかよ、って思う。
なんかやらしー、お父さんサイテー。
わたしは腰の前で、両手の指をもじもじと絡めて、
なんとなく視線を遮る。
「なんか、スカート短くないか?」
とお父さん。でも笑顔、眩しそうに細めた眼。
「あら、いいじゃない、可愛いわよ」
笑いながら、お母さんが合流する。
「ウェストで折ってるだけだよ、今だけ……」
とわたしは返して、
「ねえ」
と注意をこちらに向ける。
キョトンとした顔で、二人はこちらを見る。
わずかな間の静寂。
「髪、少しだけ軽い色にしてもいい?」
お父さんとお母さんは、
少しだけびっくりしたような表情のまま、黙った。
沈黙の意味を、わたしは考える。
ダメかな……、だよね……。
火照る顔を下に向けるわたしを見て、
二人は黙って顔を見合わせ、
そして、
「いいんじゃない」
「きっと似合うよ、色も白くて、背も高いんだし」
二人は笑顔になって、そう言った。
わたしはほっと胸を撫で下ろして、
「ありがとう」
と感謝を口にした。
お父さんはわたしを見ながら、
何を想像するのか、
あごに手をやって、なんだかニヤニヤしていた。
やっぱりやらしー。
お母さんは、
とても嬉しそうに笑っていたが、
すぐに後ろを向いて、
眼と鼻を両手ではさむような仕草で、
キッチンの方に行ってしまった。
******************
そして、最初の場面。
帰宅途中、
自宅の近く、
丘の上のいつもの坂道。
よく晴れた日の夕方、
久しぶりの通学、
少しだけ疲れた身体、
でもいつもより軽く弾む足取り。
夕日を透かして金色に輝く髪。
赤みの差した頬と、淡い色彩のくちびる。
もちろんメイクなんてしてない。
新しいワイシャツ。
新しいカバン。
そして、
ひざ上15センチまで詰めた新しいスカート——
高校生だ、わたし、女子高生なんだ。
その坂道の西側、
切り立った斜面の下にある野球場には、
地元の小学生や中学生が何人かいて、
キャッチボールをしたりサッカーをしたりしている。
坂の途中、丘の中腹にいるため風がやや強めだ。
ミニのスカートが西風を受けて頼りなげにはためき、
なんだかドキドキする。
もしスカートが風をはらんで膨らんじゃったら、
下にいる男の子達は、
やっぱり見るかなあ?
恥ずかしさは少しある。
だけど不安な気持ちは無い。
だって見えそうでドキドキするのって、女の子の特権なんだからっ☆
とかね。
視線を上げる。
夕日が目を射る。
目を細め、手をおでこの前に翳す。
澄んだ空気、少し冷たい、乾いた空気がさらっと頬を撫でる。
目が光の強さに慣れて、
眼下のグランドが、
その向こうに広がる街並みが、
その背後に霞む山並みが、
焦点が合い始めた視界にくっきりと浮かび上がる。
そして青くて、
紫がかって、
蛍光塗料じみた赤色に染まる、
その夕空の色彩が、
その輝きが、そしてその圧倒的な高さと広さが、
視界の全域を占領する。
弱く光るぼんやりした輪郭の夕日を見る。
その黄色い日輪が、
西に見える山脈の、
その紫色のシルエットにかかり、
自身が放つ光芒の中で、今まさに、地に沈もうとしている。
光と影、
そして色彩の洪水、
その溢れる虹色のグラデーションに圧倒されてしまう。
—— 愛しい。
しかし、わたしはなぜかそう思う。
—— 愛しい。
いつも見ている景色なのに、なんか変。
なにが変なんだろう?
きっとわたしだ、わたしが変なんだ、いつもと違う。
あまりに鮮やかな色彩の海の中心にいる、
白っぽくぼんやりした夕日。
わたしはその夕日を見る。
そして、
その日輪に向かって、
わたしは、思わず両腕を伸ばす。
細い腕をいっぱいに伸ばし、白い指を広げる。
抱き締めようとするように、
抱き締めてもらおうとするかのように。
「…… 大好き」
そう呟いてみる。
視界が不意にぼやけ、
瞳から溢れた涙が頬をすべり落ちる。
涙が後から後から溢れて止まらなくなる。
口から嗚咽が漏れる。
「ふぅうううう〜」
腕を伸ばしていられなくなって、
肘を曲げ、両方の手のひらで顔を覆う。
「うぇええええ〜ん」
思わず泣いてしまう。
子どもみたい。
恥ずかしい。
悲しみの涙、じゃない。
重たい、深刻な舌ざわりじゃない。
なんだろう、甘い味のする、胸の奥から溢れ出る涙。
軽くて、でも熱くて、不思議な涙。
沈み行く夕日が愛しい。
鮮やかな夕焼けが愛しい。
夕暮れの山々と自然の景色や、
暮れなずむ街並み、
そこに暮らす無数の人々の営み、
そのすべてが愛しく思える。
泣きたくなるくらい。
すぐに嗚咽の発作は収まって、しゃくり上げながら、指で涙を拭う。
「…… ひっく、…… ひっく」
鼻を啜りながら、少しだけ笑ってしまう。
だって ……、どうしちゃったの、わたし?
って思っちゃうよ。
太陽はすっかりその力を弱め、
輝きを失い、
漆黒の大地に、完全に飲み込まれようとしている。
そして私は、
もう一度両手をその日輪に伸ばす。
「好き、…… どうしよう、大好き」
そして、
さらにその両手を引き寄せて自分の胸元に強く押しつける。
なにかを抱き締めるみたいに。
わたしはいったい今、いったいなにを抱き締めてるんだろう?
そんなことを考える。
サッカーをしていた小学生の男の子が、
走るの止めてこちらを見上げているのに気がついた。
ぽかーんと口を開け、不思議そうに見ている。
ハッとして視線を巡らすと、
他の子達も何人か、わたしの方を見ていることに気が付く。
——ヤダ、いけない。今の、見られてたよ。恥っずー、どうしよう?
大切なものを護るように胸に押し付けていたその両手を、
身体の後ろで組み直し、
赤面しつつそっぽ向いて、
——その瞬間、
西風が強く吹いて斜面を駆け上り、
ミニのプリーツスカートがその風に舞い上がった。
その場にいた男の子の恐らくは全員の視線が、
わたしの
わたしは息を吸い込む。
そして顔を真っ赤にして、
わたしは風が収まるのを待つ。
スカートは押さえない。
舞い上がったプリーツスカートの裾はしかし、
やがて風が弱まるのに合わせてふわっと下がり、
わたしはその時点でようやく前からスカートを押さえると、
表情を変えずに横を向き、
坂を上の方へと歩き出した。
大きな歩幅で颯爽と、
ミニのスカートを翻しながら。
少しだけ、
笑っていたかも知れない。
舌を出したい、
そんな気分。
ヤダ、
わたしは思う。
エッチなのは男の子たちの方じゃなくて、きっと、わたしの方だ。
——「だって見えそうでドキドキするのって女の子の特権なんだからっ☆」 了
だって見えそうでドキドキするのって女の子の特権なんだからっ☆ 刈田狼藉 @kattarouzeki
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