第5話 ペイバック・テレパシー 5
少女の胸が上下するのを凝視している。いや、着火を呼吸のタイミングに合わせるためである。他意は無い。実際問題として、燃焼には酸素が必要なのである。
「げほっ、うげぇ」
沙羅が汚い声を出した。未だに煙草には慣れないらしい。彼女が咳きこむのを眺めながら、燕二は自分の煙草にも火を点けた。十五歳と十七歳ではあるが、これは絶対に合法なのである。
施設の裏手に喫煙所がある。ここは少し前にステラと話した場所でもある。施設とは何の施設かというと、簡単に言えばエスパーに関する研究所である。エスパー対策のために政府から援助を受けているので立派な設備がある。桜庭さんやステラはこの研究所で保護を受けている。
燕二のような反社会的なエスパーは保護を拒んでいるが、定期的に顔は出さなければならない。何しろ彼は今や暴力団関係者である。そもそも殺人未遂と誘拐の前科すらある。ただし警察への報告は行われず、研究所内で隠蔽されている。
最近まで暴力団に監禁されていた沙羅も燕二と御同類というわけで、一緒に出向くことになった。面倒な実験やカウンセリングを終えて、喫煙所で一息ついているところである。
「なんで椅子がないんですか」
沙羅が文句を言っている。
「喫煙所にふつう椅子はありません」
「疲れました。抱っこしてください」
「…………」
燕二は無視することにした。
この研究所を襲撃したときの記憶を思い出している。記憶とはつまり感情の記憶である。先日ようやく思い出すことができた怒りの記憶は、燕二の頭を毒のように侵食し始めている。
要するに、この感情を棚上げにしていたのが良くなかったのだ。この感情を処理しないかぎり、燕二は人間として成長することができない。道理で人生経験の割には精神が未熟すぎると思っていたのだ。
「父親に復讐するんですか?」
沙羅がたずねた。
「たぶんそうします」
「それが終わったら、恋とかできるかもしれませんね」
「え? 恋ですか?」
「今の燕二さんは余裕が無さそうですから」
燕二は意図を掴めなかった。突拍子もないことを言われている気がする。女の人はたまにこうして関連のないことを急に言う。どう応えたものかわからず考え込んでいる間に、沙羅の煙草が最後の灰を落とした。
もう一本ぐらいは吸わせた方がよい。マトモに吸えていないと思う。
「えぇ~。もう要らないですよ」
「慣れてください」
顔をつかんで無理矢理咥えさせることにした。
「ふぐっ。ふぁ、だれかきてますよ」
「息を吸ってください」
「燕二さんのカノジョじゃないですか?」
「いませんよそんなの」
胸を凝視して、呼吸を確認していたところであった。
背後からやや鋭利な感触の声が聞こえた。その声にはもちろん聞き憶えがあるのだけど、いつもはもっと軽やかで優しい印象だったと記憶している。いつもと違うということは、つまりはひどく怒っているのだということだ。
「椅子を」
ステラの声であった。
「持ってきました」
パイプ椅子を二脚持ってきてくれている。一つを沙羅のそばに置く間、ステラはずっと無言であった。燕二も何となく、そこはかとなく気まずくて黙っている。沙羅もはじめは黙っていたけど、第六感で何かわかったのか、クスクスと笑い出した。
「ふふふ。どうもぉ」
「いいえ」
もう一脚を受け取るために差し出した燕二の手は、何も受け取ることなくただ差し出され続けるハメになった。ステラは会釈をして、椅子を持ったまま行ってしまった。
「どうしたんだろう」
無意味に差し出したままの自分の両手を茫然と眺めながら、燕二は沙羅に問いかけた。彼女はまだクスクスと笑っている。女の人のこういう笑い方は、不用意に燕二を傷付ける傾向にあるのでやめてほしい。
「燕二さんが浮気するからですよ」
「意味がわからない……」
燕二は嘆息した。やはり、とっとと復讐を終える必要がある。
人間として成長せねばならないようである。
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【第一話完】
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エスパーと個々のパンタシア 紺野 明(コンノ アキラ) @hitsuji93
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