第14話

 目の覚めた私が最初に見たのは、たくさんの樹木や草花の入り乱れた部屋。壁や棚から溢れんばかりの草花で視界を埋め尽くされる。そんな、樹海のような造形美の寝室だった。どうやら私は、中央のベッドで横たわっていたらしい。すっとした煙草のような臭いと、植物の芳香だけが部屋に満ちていた。


「ここは……」


 起き上がろうとした時、ベッド脇に気配を感じた。視線を向けるも顔までは見えない。


 椅子に腰掛けていたのは男性だった。がっしりとした体格に似合わず、本を読んでいる。分厚い本だったが、私には読めない言葉の表題が刻まれている。

 顔が見たくなって上半身を起こした。


 まずその身体。ちっとも均衡が取れていなかった身体はどこへやら。左右がきちんと整っていて、五体満足の四肢を堂々と曝している。

 右半身は相変わらず人間だ。肩口にあった木製の義手もなく、健康的な肌が戻っていた。顔面のレースの焼印も刻まれたままで、彼は依然と変わらぬ武獣もののふであり、猛獣だ。右目の眼帯は健在だが、包帯の代わりに前髪があしらわれている。

 右に比例してか、左半身も健全な様相を呈していた。左腕もやはり彼が本来持ち得ていた肌に戻っている。きめ細やかでも浅黒くもなく、至って単純な肌ではあるが混沌とした戦場でちりばめられた、あるいは咲き乱れたであろう戦傷いくさきずが目立つ。殴る蹴るが主体の彼だから戦闘のために使われるものであって、剣呑な装いであることは疑いようもない。歴戦の左腕は、腕というより古めかしい武器の一端だ。さらにいえば、焼け爛れた色合いの煙草を挟むための道具でもある。両脚も未だに健在していたが、煙草の臭いと植物の芳香が染み付いていて、とても女受けするとは思えない。


 猛獣ながらも太い指で煙草を挟みながら、紫煙を吐く。片一方だけの獣じみた瞳で見据える様子は人間というより、魔獣に相応しい。やはり、どこか吟味するような冷たい視線が彼の特徴なのだから。


 広々として慣れない寝室で一つ、煙草の先端だけが強く光る。こちらを見つめた眼光は、名も知らぬ本にはばまれて窺えない。


 そこでようやく、陥没樹海メルトグリーンさんは「おはよう」と投げやりに呟いたのだった。


 私は呆れて微笑んだ。


「休憩ですか?」

「ああ。そうだが?」


 私を見下ろした視線が、無邪気に笑った。

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悪性橋 蓮鬼 @varukimessa396

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