導入部分
今日も今日とて、何千人もの人々が駅に
『
俺はいつもより少しだけ―――いや、かなり軽い
辞書並みに分厚い背表紙を
話をちょっと変えるが、俺は高校生としてだけではなく、動画投稿サイト『CreSent』で活躍する作曲家としても生活していた。
だった、という事は、現在は違う。
妹が好きだった花であるアルメリアから、そのまま『アルメリア』と名乗って曲を投稿していた。活動の中で、とある一曲が爆発的に流行し、今では広告収入をかなり貰えるほどの人気を博していた。とても
鞄の中に入っているのは、俺が『アルメリア』として作成したCD三枚……それだけだ。
イヤホンを両耳に、自身の曲を聴きながら歩く。
このプラットフォームは
「今日の授業さ、過去一で
「うげー……まぁ生物トリプルパンチよりかはイイべ」
「ヤバくなったら寝ればいい。佐藤ザルだし」
「お前先生が誰であろうと寝るじゃねぇか」
男子の時間割に対する
「前髪ミスってさー。髪ボッサボサなんだよねー」
「
「いるいる! もー、ありがとホント好き」
女子の理解不能な掛け合いに
横から差し込む太陽の光が
もう何十人もの横を通り過ぎたが、誰一人として
毎朝同じ駅を共にしている我が
それもそのはず―――俺は高校二年生の丸々一年と、三年生としての三か月、学校に行ってないからだ。クラスでもあまり目立たないように立ち回ってきたせいか、一年の時に同じクラスだった人も、俺のことを覚えていないのだろう。
今から行うことに関しては好都合だ。
変に情けや制止を掛けられるよりはマシだ。
休んでいた間の授業や宿題は全て、オンラインを
では何故、こうしてまた通学路を踏んでいるのかと言うと、人生の目標も意義も何もかも失ったからだ。
急にどうした、って思うだろうが、これが理由であり真実だ。
学校ではなく、天国が
簡単に言えば飛び降り自殺だ。
レーンの上に飛び降りて、走ってくる電車に
他にもいろいろな自殺方法を考えていた。
高所からの飛び降り自殺では、落下している最中にショック死してしまうらしい。痛いのは
結局、自分がビビりだというのが分かっただけだった。
リストカットは……論外だった。痛いし。怖いし。
人身事故を公共交通機関で起こせば、多大なる迷惑と
だが、死んだ後の世界に申し訳なさを感じる意味など無いし、賠償金を
Q.E.D.―――俺が死んでも、俺の
これほどまでに、だれも悲しまない事などあるだろうか。いや、ない。反語の文法おさらい終わり。
『危ないですから、黄色い線の内側までお下がりください。まもなく、電車が到着いたします。繰り返し、お客様にお願い―――』
そのアナウンスが求める行動の逆を行く。
一歩、前へ。
本来、誰もいないはず―――なのに、ふと横を見れば同じく黄色い線の内側に立つ少女が一人。
彼女の顔は人生に絶望し切った表情で、何とも言えない風格を
「……………。っ!」
「―――――………?」
刹那、彼女と俺の目線が繋がった。
二人とも、互いから不思議な何かを感じ取ったが、ピクリとも動かない。
「―――ぁ」
ようやく絞り出した声を
幸い、二人とも列から外れているがために進路の邪魔にはならなかった。ずっと、二人は見つめ合っていた。まるで二人以外が世界から失せたように、時間が止まっているかのように――。
結局俺は、また今日という日を生きてしまうことになった。
▲▽
駅を出てすぐの横断歩道を渡れば学校だ。
だが少し迂回して裏に回れば、使われなくなって動かない自動販売機と、所々ペンキの
「何で………」
「ん?」
ベンチに腰かけている、先程の少女が口を開いた。まったく力のこもっていない、か細い声だ。
「あなた、何で私の
問いかけるというよりは
「それはこっちのセリフだよ。何で邪魔をしたんだ」
「え? もしかしてあなたも……?」
「あぁ、多分俺たちがしようとしてたのは、一緒のことかもしれないね」
「そう、ですか………」
この
『そっか、
その仮面の裏にある『無関心の顔パック』と『人助けしてる僕カッコイイ理論』が透けて見える。
今、俺と彼女を繋いでいるのは紛れもなく『
痛いほどその苦しみや理由が分かる。一方で全く知らないことを分かっている。何をして欲しくないかなんて、多分自分に
他人への興味などとっくに捨てたはずなのに、確かにそこにある『共通点』に魅かれてしまう。
「
「偶然だろうね。まぁ、周りは運命とか言ってはやし立てたいのだろうけど」
「少々ひねくれているんですね。あの人にそっくりなのに全然似てないや」
「あの人?」
「いいえ、ごめんなさい。こっちの話です」
何気なくした発言に突っ込むのは止めておいた方がいいだろう。
「そっか」と短く返す。
すると、少女の方から話を再開した。
「人と話しているのにイヤホンを片耳につけているなんて、失礼な人ですね。まぁ、私も人のこと言えませんが」
「たぶんこの会話に
「はい。一応耳には入ってるんですけどね。特に興味は――」
しばしの
突然カラスが翼をはためかせて飛んだり、地面に落ちていた空き缶が音を立てながら転がったり、生えている雑草がやわ風に吹かせて揺れたり。
こんな一瞬でも、世界は目まぐるしく変化する。
時の流れを如実に感じられた瞬間だった。
「どこまで私たち似ているんですかね」
その『どこまで』には色んな意味が含まれているのだろう。
どうやって自殺に至ったのかの
「知らないし、知らなくてもいい。ただこの世界から逃げ出したい。それだけだと思う」
「あなたのソレは、
「……………。」
「図星ですね。顔に出てますよ」
彼女の指摘に対して何も言い返すことが出来なかった。確かに、自分の命と引き換えに犯した罪を許してもらおうと――ただのエゴじゃないか。
この
「チャイムが鳴っていますよ。もう行きましょう――遅刻です」
「死のうとしていた俺たちに、登校する理由はあるのかな?」
「分かりません。でも、ひとつ決めたことがあります」
「決めたこと………?」
俺が言い終わるよりも前に彼女は腰を上げ、学校に向かってつま先を向けた。彼女は人差し指を
「
「は、はぁ?」
思わず
「何ででしょうね。同類であるあなたに何かを感じたのかもしれません。まぁ、理由はそれだけではないんですけど――」
「それで? 俺が賛成すると?」
「思っていませんよ。これは一方的な競争――あぁいや、宣言ですので。どうぞ逝くなら勝手にどうぞ。私勝ちますから」
無茶苦茶だ。
まさか死ぬ時期の早さで競うなんて、頭のネジが飛んでいる。
ただ――――
(そうだな……俺も少し、気になっていることがあるし。それに――このままでは確かに贖罪止まりだ)
この出会いを運命と呼ぶのかどうかは分からないが、今目の前に立つ不思議な少女は数分前とは打って変わり、光に満ち溢れた表情をしていた。
「分かったよ。乗るよ乗る。君よりも少しだけ、長く生きてやる」
絶望だらけの人生に降りてきた突然のゲーム。
もう少しだけ、この不思議な関係の行く末を見守っていたいから―――この勝負に乗ってみる。
気づけば二人とも、耳からイヤホンを双方外していた。
外界の音がややノイズ混じりに
「今、人生で一番楽しいかもしれません」
「狂気の沙汰だな」
「私たちは本来死んでいるはずの魂です。今更情人に戻ろうなんて無理は話です」
「――――……妙に説得力のある言葉だな」
彼女は
「私、
―――杏樹。
その名前は、ダメだ。
「―――……ッッ!」
突然、胸の中に
(本当に運命かも、しれないね)
杏樹は、俺が惜しくも
「俺は―――」
【分岐】
A 素直に本名を名乗る
B 生徒Yと名乗る
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