第12話 姉と妹と妹の親友の夏の日 〔完〕
待ち合わせ場所はトラネコというカラオケボックス店の前だった。時刻は五時前だ。夏なのでまだ昼間だが、太陽がさすがに横から光を差し始めていた
「来ました!」
出入り口の端にできていた細長い日陰に姉妹で入っている所へ、平たいフィッシュボーンのお下げを揺らして、響子が自らそう言いながら小走りに近付いてきた。三人そろうと、服装が三人ともノースリーブのサマードレスだった。
入室し、クリームソーダとフライドポテトを三人分注文すると、すでに歌う曲を決めていたらしく碧がマイクを手に取った。
「では、まず私が一曲」
「はーい」
並んだ瑠璃と響子で二人そろって返事をした。響子が小声で訊いてくる。
「オータムズの曲歌いまくるの?失恋すると気の済むまで思い出の曲歌う人とかいるっていうけど」
「いや、多分違う。はい、マラカス」
響子にマラカスを渡し、自分はタンバリンを持つと、瑠璃はリズムをとり始めた。
碧の選曲はフォークソングの有名曲だった。悲しみを感じる遣りきれなさを切々と歌った名曲だ。それがきっかけでその日はレトロソング祭りのようになり、終わりの一曲はなぜかフォスター作曲の『草競馬』を三人で合唱する事となった。宴(?)は七時過ぎに御開きとなり、夕飯は遅くならないうちに自宅で食べることにした。
「フライドポテトと炭酸であまりお腹は空いていないけど、まあ、予算の都合で」
「いやあ、楽しかったです。碧さん、ありがとうございます」
「私も―!お姉ちゃん、おごってくれてありがとう」
三人揃って店の外に出た。さすがに日は沈んでいるが、日差しの余波みたいなものが残っていて、闇はまだ青色っぽい。
「ガム食べる?」
ミニバッグからキシリトールガムを取り出した。親友とその姉は手を出した。
「ん、サンキュ」
「私もー虫歯予防する」
粒ガムはライムのフレーバーだった。ゆっくりと濃くなる夜の色に、ライムの香りが広がっていく。
「禊は済んだわ」
碧は宣言するように言った。瑠璃と響子が同時に碧を見た。二人の視線を受け止めるように見つめ返すと、碧は前を向いて続けた。
「人付き合いがなくっても人生経験ってちゃんと積めるものなのね。失恋ができるなんて」
「ああ、そうですね……経験ですよね」
響子が言った。
「お姉ちゃん、これからどうするの?」
少しだけ残っていた心配を、瑠璃が口に出した。
「どうもしないよ。どうもしないように、秋を乗り越えられるように工夫しながら生活してく。そのうち、どうもしなくなるでしょ」
碧はそういうとニヤッと笑った。
三人は響子が乗るバスの停留所に向かっていた。
「あ、向こうに見えてる、バス」
「おお、ホントだ」
「ナイスタイミング!」
口々にそんなことを言いながら、窓の光に彩られた八月の夜道を駆け出した。
終
憧れは季節とともに浮いて沈んで 肥後妙子 @higotaeko
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