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 誠司さんは、所謂売れてない俳優だ。


 わたしの大学時代の友人が劇団をやっていて、新しい舞台をやるたびに毎回連絡が来る。それ以外で連絡を取ることなんてないのに、舞台があるときは必ず連絡が来る。年に一回くらいは行くことにしていて、そのときの舞台に出ていたのが誠司さんだ。舞台の内容は「主人公が拾った犬が実は宇宙から送られてきた使者で、その犬のアドバイスに従って迫り来る悪の勢力と戦う」というコメディだった。話は別に面白くなかったけれど、舞台に立った十人強の中で、誠司さんの存在だけが圧倒的に光っていた。彼の演技が、声が、ことばの置き方が、簡単に言うなら「刺さった」。彼という存在が、わたしにめちゃくちゃ刺さったのだった。 


 わたしは友人を通じて誠司さんの連絡先を知ることとなり、最初に会ったときは舞台を見て感じたことを一方的に語ってしまった。誠司さんはひたすら照れ笑いをして、「恐縮です」と繰り返した。そのときの彼のリアクションも好きだと思った。


 たとえ「売れてない俳優」と言われていても、「表現」の神に見捨てられたわたしからすると、めちゃくちゃに尊敬できる存在だし、素直に凄いことだと思う。舞台の上に立って演技をするなんて、誰でもできることではない。


 誠司さんに会うときは、見栄えのいい「女」になろうとした。わたしが女としての振る舞いがわからないことは、じぶんのセクシャリティとは別の話だ。三六五日のうち、だいたいの日がどうでもよかったけれど、誠司さんに会う日だけは特別だ。誠司さんに女性として見られたいわけじゃなくて、誠司さんと隣に歩くのに恥ずかしくない人間になりかった。そのために女に偽装する必要があるのかと自問するけれど、そうしたほうがいいなと思うわたしも結局「世間」に合わせているのだと気づく。


 次に誠司さんに会えるのは来週の水曜日でその日まで生きていられる気がしない。誠司さんと出会うまで、毎日が単調に過ぎていたのに、所謂「普通の日」が苦しいものに変わってしまった。

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