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その日の誠司さんはジャケットを着ていて紳士的で魅力的に感じた。新宿のイルミネーションが見たいというから南口で待ち合わせして、サザンテラスのほうを歩いた。
無数のイルミネーションが、木々に巻き付けられて遠慮なく光を放っている。あまりの光の強さに眩暈を起こしそうになった。
「俺みたいな人間がイルミネーションなんて小っ恥ずかしくて」
笑うと八重歯が覗くのが可愛かった。
「一緒に行ってくれるひとなんていなかったから」
歩いている最中、誠司さんの手がわたしの手に触れた。そのまま手をポケットにしまおうとしたら、誠司さんがわたしの手を掴んだ。心臓が高く跳ねた。嬉しかったからじゃない。急に、怖くなったのだった。
イルミネーションの海の前で立ち止まった。電力を無駄に消費する電飾をなぜこんなに綺麗だと感じるのだろう。残酷なものほど華美に感じるというこのはきっとこういうことだ。
真剣にわたしを見つめる誠司さんの目の中にはいまわたししかいない。演技しているとき、遠くを見つめる誠司さんの目を見てあの中に入りたいと渇望していたはずで、いままさにその状況にいるのに、わたしは震えていた。
わたしの異変に気づいたのか、誠司さんは慌てて手を離した。
「ご、ごめん」
彼はジャケットのポケットに手を隠した。
「あ、違うんです。わたし、びっくりして」
「急にこんな、ごめん、ちょっと俺盛り上がっちゃって」
誠司さんは足早に歩き出した。わたしは誠司さんの隣を歩けなくなって、ゆっくりと彼の後ろを歩き出した。
気まずいまま韓国料理を食べて、ぎこちない会話をしてその日は別れた。もう会えない気がした。もう、終わってしまう気がした。
家に帰り、どうしようもないもやもやと向き合っていた。
たとえば、あそこのビルの階段の形が変わっているとか、あそこのカフェの珈琲が美味しいとか、そういうことを伝え合える関係でよかった。でも、「普通」の男女はきっとそれだけでは済まない。
手を握られたのが怖かったわけじゃない。誠司さんに「女性」として好意を持たれることが怖かった。だったら「女」として見られる格好で行かなければいい。つくづく矛盾している。
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