エピローグ

第0`話 夢を受け継ぐ者

 それはたぶん、罰なのだろう。本能が、理性が、原始から止まらぬ時間が、そう決めたのだから。そこに否定の余地はない。法律書に示された条文は、多くの者が悲しみ、伝え、叫んだ結果の賜物である。だから、どんな剣よりも強いのだ。断罪を基礎に築き上げられたモノだからこそ、彼らは何も抗えず、その剣にこうべを差し出す。「これは果たして、罪なのだろうか?」と、悲惨たる現実に打ちひしがれるのだ。眼前の同胞を恨むように、己の無罪を訴えつづける。


 少女の眼前に広がっていたのは、そんな大罪が崩壊する世界、同胞達が主人の姿におののく世界だった。世界の真ん中には……即ち、帝国の支配者が縛られている。支配者の風貌は見窄らしく、その服もボロボロに傷んでいた。無数の悪意や暴力、否定によって犯された衣服にさらなる泥を塗り込み、「それ」を己が不幸、周囲への見せしめとして、粛粛と身に纏うように。支配者の醸し出す空気には、それを感じさせる色、無念と哀愁の憤怒が現れていた。


 少女は、その憤怒に諭された。幼稚な理屈からでも、立派な信念からでもなく、支配者の浮かべる表情が、彼女の血管を通って、心臓の奥地に囁きかけたのだ。心臓の奥地には、彼女の根っこ……「思想」とも言うべき根っこが生えている。彼女が彼女であるための柱、魂の根幹が未発達ながらもしっかりと根付いていた。

 

 魂の根幹は、彼女に囁く。


「支配者の表情は、確かに恐ろしい。

 だが、そこから目を逸らしてはならないのだ。

 支配者が光らせている眼光にも。

 手足を縛られても尚、その現実を受け入れない心にも。

 貴女には、それを見つめる義務があるのだ。

 審議場の青年もそうしているように。

 貴方もまた、世界を覆う闇、その穢れと向き合わなければならないのだ」と、簡素でありながら、彼女の心にそう囁いていた。


 少女は黙って、その囁きを聴きつづけた。自分の周りがどんなに……いや、音は最早死んでいる。先程まで聞こえていた響めきも、今では微々たる振動にしか聞こえない。大空の上でそっと鳴き出す小鳥達、その声と同じ程度にしか。今の彼女に聞こえているのは、魂の根幹が囁く言葉、そして、観客達が問う疑問の声だけだった。


「これは、どう言う事ですか? アダムス様。『使調』と伺ったから、こうして断罪所にも参上仕ったのに?」

 

 他の観客達も、その言葉に続いた。


「大天使様の断罪も、今日から再開なさると?」


 彼らは不安な顔で、青年の顔を見下ろした。


 アダムスは、その表情に微笑んだ。まるで救いの……いや、それは決して、「救い」などではない。救いの体裁は見せていても、その裏には残虐な意思が潜んでいる。模倣の花に寄って来た得物を狩る、狡猾な蟷螂が……「ニヤリ」と笑って、その鎌を光らせていた。その鎌に捕まったら……大抵の者は、逃げられない。断罪所の傍聴席に集められた観客達は、その鎌に捕まった憐れな獲物、彼の空腹を満たす矮小な虫達だった。虫達の前に待っているのは、悲しい現実、「謀反」と言う信じ難い光景である。

 

 観客達はその意味も分からないまま、審議場の青年をただ呆然と眺めていた。

 

 アダムスは、その光景に溜め息をついた。


「相変わらず馬鹿な連中だ」


「なっ!」と反応したのは、観客の一人。「それは、どう言う」


 彼は(身分の差を忘れて)彼の事を睨んだが、その目は酷く震えていた。


 アダムスは、その目をそっと睨み返した。


「『状況から推し量れないのか?』と言う事です。見ての通り、大天使様は縛られている。僕の親友が用意した……実際に縛ったのは、彼の部下達ですが。お堅い縄で、その口もグルグル巻きにされている。それは、正に『見るも無惨な姿』です。普段は見下ろしている筈の場所に、今は間抜けにも横たわっている。その姿は、憐れそのモノだ」


「それは、貴方がした事でしょう?」と、観客の一人。どうやら、今の状況をようやく理解したらしい。「我らが信頼を裏切って。貴方の周りに集まっている連中も」


 彼は、アダムスの周りを見渡した。アダムスの周りには、親友の青年をはじめ、その部下達も集まっている。彼らは普段と変わらぬ表情で、団長の横に並んだり、あるいは、大天使の周りを囲んでいたりしていた。少女の近くに立っている騎士団員も、観客の一人に剣を向けて、相手の動きを静かに封じている。「どうやって、集めたんですか?」


 彼は恐怖に震えても尚、青年の顔を見つづけた。


 アダムスは、彼の視線に目を細めた。



 大天使は、その言葉に「ハッ」とした。身体の自由は奪われても、その言葉には彼を驚かす響きがあった。彼は恨めしい顔で、眼前の青年に目をやった。


 アダムスは、彼の視線に応えなかった。


「それに従ったとは思えませんが。今の聖天騎士団には、若い方が多くて。僕の考えにも」


「さ、賛同者が多かった?」


「すべてでは、ありません。一口に『若者』と言っても、色んな方がいますからね? 反対者は、早々に退場願いました。貴方達の知らない裏でね。貴方達は騎士団の活躍には目をやっても、その人数までは数えない。精々、『今日も頑張っているな』と思うくらいです。眼前の光景をただ、娯楽してしか考えていない貴方達には。その変化は、です。目に視えないモノは、現実ではない。貴方達は目視できる支配には気付ても、認識できない無明には気付けない。それこそ、支配の鎖に慣れ親しんだ貴方達には。物事の真理は、無明の奥にこそ座っている。貴方達は、その真理に気付けなかった」


 観客達はその言葉に押し黙ったが、それも長くは続かなかった。眼前の青年がそうであるように、彼にもまた、彼らなりの信念があったからである。「国の思想こそ正義」と言う信念が。


「『』として。その真理とは一体、どう言うモノなんです?」


 愚かな質問だった。ここまで言って、「それ」がまだ分からないなんて。彼らの頭は相当、残念な作りに……いや、作りにさせられたらしい。「はぁ」


 アダムスは彼らの頭を嘲笑い、そしてすぐ、地面の大天使を見下ろした。


「大天使様」


「う、ぐううっ」の声は一応、返事らしい。「ぐぁんだ?」


 大天使は「せめてもの抵抗」と、鋭い目で相手の顔を睨み付けた。


 アダムスは当然、その睨みに怯まなかった。


「この言葉はもちろん、覚えていらっしゃいますよね? 貴方がかつて、地上の世界に追放にした堕天使、ヘジューイ・シモの事は? 彼は貴方に、こう訴えていましたよね? 『ウェステリアの社会は、天使の個を殺した独裁国家です。洗脳の力を上手く利用した。独裁国家の辿る道は、破滅しかありません。遙か昔の神話、一つの塔にあらゆる者を住まわせ、国家の垣根を取り払おうとした天使達が、神の怒りを買ったのと同じように。私は、その厄災を防ぎたいのです。天使が天使たる尊厳を持って。私達は、誇り高き天の使いです。天使は己が手で、その秩序、平和、未来を掴み取らなければなりません』と。僕は、その言葉に偉く感動しました。その言葉には、物事の真理が詰まっていた。『主体性の無い者は、滅びる』と。事実、この国は滅び掛かっている。たった一人のが現れただけで。今までの秩序が滅び去ろうとしている。貴方には」


 の言葉が発せられた時だ。大天使の前にある幻が現れた。彼に対する怒りが、魂の分身を呼び起こした所為で。彼の前に現れた分身は、今の自分を形作ったモノ、14歳の自分と瓜二つだった。先代の大天使に見込まれる前の自分、自分がまだ世間知らずだった頃の自分。その自分は、今の自分に酷く落ち込んでいた。


「主体性が無いのさ。親の言う事をほいほい聞くだけで。自分では、何も考えない。お前が『正義』と思っているそれは、親にとって都合の良い思想、ただの鹿だ。お利口ちゃんは『大人』にはウケが良いが、『社会』にとっては害悪……とまでは行かないが、あまりよろしくない。『現状維持』は、『衰退』への序章だからね。そのプロローグが開いてしまったら……悲惨な物語がはじまる。お前が守っていた世界は、安易な雛形を使っただけの御伽噺おとぎばなしだったのさ。子どもの夢を満たすだけの夢物語。『永遠の平和』なんてヤツは」

 

 ……黙れ。


「横着な人間が考えた、単なるなのさ」


 黙れ!


「ごぉまえの考えなこ」


 大天使は眼前の幻に体当たりしようとしたが、その幻にひょっと避けられてしまった。


 幻は、彼の愚行に溜め息をついた。


「やれやれ、ここまで言っても分からないとか? お前はやっぱり、老害だよ。自分の幻にここまで言われても、気づかないなんて。そんなだから、にも心配される。目の前の彼にも。『』ってね?」


「ぐっ!」


 大天使は尚も自分の幻に体当たりしようとしたが、そうしとうとした瞬間、ガリスタが腰の鞘から抜いた剣に頭を堕とされてしまった。暗転する世界。それに伴って、周りの音も次第に遠くなって行った。彼が最期に聞き取れたのは、自分の幻が啜り泣く声だけだった。


 彼は「彼自身が気づけなかった自分」に、最期まで抗う事ができなかった。


 観客達はただ、その光景に言葉を失った。


 アダムスはその光景に呆れながらも、意識の方は大天使、特にその愚行を嘲笑いつづけていた。


「言っても分からない馬鹿には、殴ってでも分からせるしかない。『殺害』のそれはなかったが……貴方がやって来たのは結局、それと同じ事なんですよ。正に子どもの暴力だ」

 

 アダムスは、自分の親友に目をやった。親友も、彼に目をやった。二人は異様な雰囲気の中で、互いの顔をしばらく見合った。


「さて」と笑ったのは、親友の目から視線を逸らしたアダムスである。「はじめようか?」


 アダムスは「ニヤリ」と笑って、傍聴席の観客達を見渡した。


「心の回帰を。本来の世界へと戻る旅路を」


 ガリスタは、周りの部下達に指示を飛ばした。複雑な言葉も、難解な表現もなく、ただ「やれ」の一言を使って、その鞘から何本もの剣を引き抜かせた。


 彼は自分自身も剣を掲げ、剣の表面についた血を振り払った。


 部下達は、再議場の中から走り出した。まずは、丸腰の観客達。彼らは、騎士団達の強襲に唯々逃げ惑うしかなかった。正に「阿鼻叫喚の地獄絵図」である。アダムスの指示で断罪所に集められた常備軍も……最初は上手く機能していたが、「守りながらも押し返す」のはやはり難しいらしく、アダムスが「ニヤリ」と笑った頃には、その大半に大変な打撃を受けていた。


 アダムスは、口元の笑みを消した。


「今思うと……やっぱり残念だよ、レウード君。君の力があれば、こんな事にはならなかったのに。心の底から残念に思う。君の天術は、文字通りの希望だった。誰の命も失う事なく、社会の根幹を変える事ができたんだからね。本当に奇跡の力だよ。『中毒性のある夢ラウント』は……ある意味では、パプリルースをも超える統治の礎だった。『それ』があれば、誰もが争う事なく、自分の欲を満たせたんだからね。戦いはおろか、争いすらも起こらなくなる。すべては、夢の向こう側に。夢が遮る現実の先に。現実の先には、生きる苦しみしかないからね。この世の中にある、すべての快楽も。結局は、ふふふっ。でも、安心して欲しい。君の夢は、僕が受け継ぐ。君が叶えようとした夢を、夢の光で照らそうとしたこの帝国くにを、僕が

 

 彼は同胞達の悲鳴を聞きながらも、楽しげな顔で断罪所の中から出て行った。

 

 少女は、敵の剣を捌いた。実力は、敵の方が上だとしても。自分は治安部隊、第113隊治安部隊の隊長なのだ。「ファラス隊」の隊長として、ここは絶対に負けられない。


 ファラスは敵の攻撃を上手く捌きつつ、周りの観客達をできるだけ逃がしては、頭の片隅で彼を、彼の書いた雑記帳を思い返していた。彼がその魂を賭けて、持ちつづけた雑記帳を。雑記帳の中に書かれた、彼の切なる願いを。彼はあの雑記帳に、自分のすべて、有りっ丈の善意を込めていたのだ。自分がたとえ、国の皆から疎まれたとしても。その皆を救いたい、皆の未来に光明を灯したい。彼がそう願って戦いつづけた記録は……何の因果か、「それ」から最も遠い少女の意識を変えてしまった。それこそ、今まで「普通だ」と思っていたモノが、「普通ではない」と思いはじめてしまった程に。彼の紡ぐ文字が、を通って、その認識をすっかり変えてしまったのだ。

 

 ……普通とは「大多数の共通認識、それが『是』とする一つの指標」であり、そのすべてが「物事を標準化する基準」には成り得ない。は、分かっていたのだ。普通とは結局、「偏見である」と。「偏見が『それ』を『偏見』とさとらせないための擬態である」と。その様々な体験や、彼自身の考えから、普通の正体を見事に暴き出したのだ。普通は思考の指標にはなるが、それは絶対的な真理ではない。国の統一不動主義かんがえに盲信し、それを絶対の基準と信じ切っていたファラスには、その考えはかなり危険なモノだったが、同時に何故か……これも変な考えだが、救われた気持ちになった。

 

 偏見の檻が取れるように、その心にも心地よい風が吹いたのだ。「君も、自由になって良いんだよ?」と。その偏見を棄てて、自分の周りを見渡せば、本当の世界が見えて来る。そこにはもちろん、「自由」もあるだろうが。その隣には必ず、「不自由」も立っている。彼らは、お互いが大好きな恋人同士なのだ。自由が居なければ、不自由は成り立たず、不自由が居なければ、自由もまた生み出せない。彼らはお互いがお互いを抱き合う事で、互いの愛を確かめ合っている。

 

 ファラスは、その考えに恥ずかしくなった。自分は今まで、「不自由」しか見ていなかったら。「不自由な世界に生きる自分」しか見ていなかったから。不自由は普通で、自由は異常。それが引っ繰り返れば、自分の自我が崩れてしまう。何が本物かが分からなくなる。彼女が今まで信じていた世界は、誰かの普通が作った異常な世界だった。異常な世界は所詮、異常な世界。どんなに上手く取り繕っても、その糸が一旦解れれば……だからこそ、「くっ!」

 

 ファラスは、観客の一人を逃がした。だからこそ、「彼」に会いたい。もう一度会って、彼と色んな話をしたい。たとえもう、だとしても。雑記帳の中に書かれていたモノは、あくまで一部、彼の魂を描き写した断片でしかない。断片から分かるのは、彼の欠片だけだ。自分は、彼のすべてを知りたい。彼が彼として生きてきた生を、そこで抱いた自分の夢を、夢の中にある希望を、希望に辿り着くための試練を、余す事なく彼と話したいのだ。彼の夢に憧れた者……もっと言えば、その夢を受け継ぎたい者として。


 ファラスは眼前の敵を追い払った後も、彼への想いを忘れず、部隊長としての役目をひたすらに全うしつづけた。そんな彼女に話し掛けたのは、「敵!」ではない。彼女の事を「ファラスちゃん!」と慕う部下達だった。彼らは敵の包囲を何とか掻い潜り、その強襲で離れ離れになっていた彼女の所へ、どうにか戻る事ができたのである。彼らの鎧は、真っ赤な血で汚れていた。ある者は、敵の返り血を浴びて。またある者は、味方の血潮を受けて。彼女の事を「ファラスちゃん」と呼ぶ少女も、傷こそは負っていなかったが、その顔は明らかに疲れ切っていた。


 少女は、彼女の無事を心から喜んだ。


「よか、った」


 彼女はファラスの身体を抱きしめようとしたが、仲間の一人に「止せ!」止められてしまった。


 彼は少女の方を引き、部隊長の前に立った。


「今は、そんな事をしている場合じゃないだろう?」


 それには、全員が反論できなかった。


「隊長」


「なに?」


「将軍からの伝言だ」


「お父様から?」


 ファラスは、彼の言葉に目を見開いた。彼女の父親は、常備軍の全軍を仕切る将軍なのである。将軍は一応、階級としてはアダムスよりも上だったが、彼の巧妙な嘘に騙されて、断罪所の外と内、その両側を(将軍からして見れば)上手い具合に囲っていた。それが本当は、聖天騎士団にとって攻め易い配置だったとも知らず。彼は「それ」を律儀に守り、自分の娘にも内側を守らせていた。


 その結果が、「これ」である。ファラス達のような生き残りも僅かには居たが、それ以外は全滅も全滅、首謀者であるアダムスも今はすっかり居なくなって、残っているのはファラス達、14歳の少年、少女達だけだった。


 ファラスは真剣な顔で、相手の目を見つめた。


「何て?」


 相手も、彼女の目を見つめ返した。


「『生きろ』ってさ。『生きて、お前の夢を取り戻して欲しい』って」


「取り戻せ、か」


 叶えろ、とは、言わない。それが、実に天使らしい。ウェステリアの主義に染まった……。


 ファラスは、右手の剣を握り締めた。


「分かりました。でも、その命令には従えません」


「え?」と驚いたのは、眼前の少年だけではない。それを聞いた部下の全員だった。「お前」


 部下達は、彼女の言葉を非難した。


「将軍の命に背くつもりかよ? 

 

 ファラスは、彼らの言葉に頷いた。


「そんなモノは、関係ない。私の心に命じられるのは、私だけだもの。私は、私の心にだけに従います」


「隊」


 長、と、誰かが言い掛けた時だ。彼女の髪が黒、それも澄んだ黒色に染まった。堕天使のそれを表す黒髪に。


 仲間達は、その光景に息を飲んだ。本来なら一番に批難しなければならないそれが、今は何故か輝いて見えたからである。


「ファラスちゃん、それ?」


 ファラスはその声を受けて、自分の髪を弄くった。自分もどうやら、。何処までも優しくありながら、何処までも厳しい自由を。彼女はその自由を感じながら、尚も自分の考えを訴えつづけた。


「力には、知恵を。それでもダメなら、数で相手に分かって貰う。天界には、ウェステリア以外にも、国はあるから」


 仲間達は、その言葉にホッとした。


「なるほど。そいつらに援軍を頼んで、あの野郎をぶっ潰すわけだな?」


 ファラスは、その言葉に首を振った。


「それでは、彼と同じです。『力』で平和を掴もうとした彼と。私は、そんな事はしない。私がしたいのは、を集める事です。彼の行為が正しいのか? それとも、私達の報いが間違っているのか? 周りの国を回って、その是非を問うんです。一つの思想に染まっていない、色んな人の意見を」


「……その意見がもし、俺達にとって不都合だったら?」


 ファラスは悲しげな顔で、その質問に微笑んだ。


「その時は、仕方ありません。諦めて、彼に謝るしかありません。『私達が悪かった』と」


「それで許されると思うか? 甘いね。アイツは必ず、俺らの事を皆殺しにするぞ?」


 周りの仲間達も、その意見には反対しなかった。彼女の考えは、あまりに甘すぎる。流石のファラス大好き少女も、それにはただ唸るしかなかった。


 ファラスは、彼らの不安に微笑んだ。


「それなら別の道を行く」


「別の道を?」


「そうです。一つの道が閉ざされたのなら、また別の新しい道を探せば良い。私達の道は、一つではないんです。そこに夢と希望がある限り、どんな試練も救いになる。私はそう、信じています。私達の失敗は……過去から連なる怠慢は、未来への反省材料にすれば良い。私達も、いずれは『』になるんですから」


 ファラスは「ニコッ」と笑って、彼らの前から歩き出した。

 

 仲間達は、誰も彼女の後を追わなかった。あのファラス大好き少女も……最初は彼女の後を追おうとしたが、周りの仲間達に「止せ」と止められた事や、何より彼女自身が「それ」を拒んでしまったからだ。どんなに純真でも……その根底にあるモノはやはり、覆せない。「」と言う思いは。彼女もまた、ウェステリアの天使なのである。

 

 少女は悲しげな顔で、彼女の背中を見つめつづけた。

 

 ファラスは、その視線に振り返らなかった。それが孤独へと通ずる一本道でも。彼女は自分の心にだけ従い、血生臭い道をただ黙々と歩きつづけた。


 ……彼はたぶん、ずっと独りだった。独りで、と戦って来た。周りには見えていたそれを、偽りのモノとしてずっと疑って来たのだ。なら、自分も独りで戦おう。あの時の彼がそうであったように。自分もまた、彼と同じ堕天使になったのだから。何も恐れる事は、ない。は、ある。

 

 彼女は「うん」と頷いて、彼の夢に微笑んだ。


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堕天使の夢~それでも少年は、世界を愛する 読み方は自由 @azybcxdvewg

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