春嵐の狂宴

電咲響子

春嵐の狂宴

△▼1△▼


「私はこれ以上進みたくはないです」


 生意気にも新人が楯突たてつく。


「上官の命令だ。貴様が先頭に立って進むことを命じる」


 新人は震え、今にも泣き出しそうな顔をし、しかし気丈に歩き始めた。


△▼2△▼


 俺は手のひらをかざす。どこからか吹く風が桜の花びらを、幾重にもきずが刻まれたを隠すように降り注いだ。

 俺は手と心を握り締め、職場に向かった。


 退魔百家所属の特別養成機関。

 ここでは銃器を専門とした退魔師を育成している。


「ボケが! 死にたいのか? ああ?」

「今すぐくびり殺してやってもいいんだぞ? ついを保て! 背をするな!」


 いつも通り、養成所ではが乱舞している。

 俺は眉をひそめながら教官たちにやわ叱責しっせきした。


「あまりいじめてやるな。彼らは未来の俺たちなんだからな」


 彼らは即座に敬礼をし、俺のげんに従った。


△▼3△▼


 罵倒されていた者は例の新人だった。俺がかつて叱り飛ばした新人だった。

 俺は彼の元に歩み寄り、今現在自分のどこが悪いのかいた。彼は即答した。


「この身が悪いと」


 すぐさま俺は彼の頬を打った。


「もう一度言ってみろ」

「…………」

「悪いのは貴様の心だ。自身の体を見ろ。それほどまで立派に鍛えられた肉体は比類なき」

「はい。ありがとうございます」


 彼は俺の言の終を待たず一礼し、その場を立ち去った。


△▼3△▼


 翌日。訓練場は一変していた。新人が自身をいじめていた連中を粉々に砕いていた。当然死罪は免れないが、我々上級官吏が束になっても制圧できるかどうか。彼の右腕は深淵ナラカを喰らっていたからだ。

 そして、あろうことか人質を取っていた。

 俺は対話を試みるも、


「…………」

「なんですか? 聞こえませんが」


 言葉が出ない。

 説得するための言葉が出ない。


「おい! 聞いてるか? この施設から貴様を出すことはできん。貴様が使っているそれは、知っての通り、深淵の欠片なのだ」


 同僚の屈強な戦士が怒鳴った。おそらく空元気だろう。


「今すぐ人質を解放し、投降せよ! さすれば命は保障しよう!」


 ひどいものだ。が満ち満ちている。だが、ある程度説得力のある言葉ではあった。


「……あなたは気概があるらしい。だg」


 aッ! 彼の上半身が吹き飛んだ。狙撃班の弾丸で。


「ひゅう。簡単簡単。こんなので半年分のカネ稼げちゃたまんねえな」

「違いねえ。俺ら全員で分けてもたんまりってもんさ」


 確かに彼らの活躍で脅威は去った。が、新たな脅威が生まれる可能性を考えてはいなかった。

 彼の死後、すぐさま覚醒した。が覚醒した。


△▼4△▼


 そのさまを詳細に言語化するのは不可能だ。右腕から始まった変異は瞬時に右足に転移し、あかたも金剛石ダイヤモンドの如き美麗と硬度に変化し、しばし送れて左腕と左足が同様に変化していた。

 俺は奇怪な現象を見るやいなや、銃を抜きまだ生身のままの頭部に向けて発砲した。これは緊急時の反射的行為だった。が。

 すでに手遅れだった。

 対象ターゲットの肉体は頭部も含め全てダイヤを超える硬さの物質に変質しており、俺たちの装備では打つ手がなかったのだ。


「そいつを滅ぼすのは簡単。これを使えばいい」


 俺は絶句した。目の前に置かれたのは、.454カスール弾。とてもじゃないが俺の銃じゃ撃てない。


「大丈夫。あなたはそれを装填し、引きがねを引くだけ」


 もはや絶望的な状況に現れたが俺に弾薬と、指示を与えてくれている。俺は従うしかなかった。


△▼5△▼


 左耳の鼓膜が破れた。右腕の肘が砕けた。すさまじい銃声は、地球の反対側まで届いたんじゃないか、と思うほどの轟音だった。

 対象ターゲット、すなわち元少女、つまり怪物は木っ端微塵に砕け散った。


 弾丸そのものの威力だけではない。その弾丸に込められた魔力により威力が倍々に増幅され、見当もつかないほどの強烈な衝撃がを襲ったのだ。


 後輩はへたり込んだ。日常をはるかに飛び越えた異常を見てへたり込んだ。

 呆然としている後輩に、俺はげきを飛ばした。


「気を抜くな! 戦場では何百回とを経験することになるぞ!」


△▼6△▼


 先日後輩に吼えた言葉は単なる発破ではない。実質、化け物どもが数千単位で街をうごめいている。人間に擬態して。

 これから俺たちは駆除してゆく。化け物どもを駆除してゆく。そのために必要な訓練の一環だ。


 だが、万が一。

 そう万が一があるとするならば。


 俺も深淵に頼るのだろうか。


<了>

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春嵐の狂宴 電咲響子 @kyokodenzaki

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