第23話 シュライゼンとホロウ校の軋轢
寮にハラハラしながら戻ると、アナベルがベッドの上に寝転んでいて、ひょいっと顔を上げた。思わずこっちがぎくりとした。
「お帰り。また四人でつるんでいたのか?」
「ま、まあね」
「ネロとロキは?」
「え? さ、さあ。二人でどっかに行くのは見たけど、仲良さげだったから邪魔しちゃ悪い気がしてさ」
「はは、なんだそれ」
「は、ははは」
気まずいので、あまりアナベルを視ないようにして部屋着に着替える。着替え終わってからちらりと様子を見れば、アナベルは通信用の水晶板を見ていた。
「へえ、最先端の持ってるんだな」
「ああ、このクリスタルパレット? 通信機能は無いんだ。検索用」
「へえ」
「ロキ・リンミーについて調べてた。そしてネロ・リンミー」
お、おお。
つついてはいけない藪だった。
「コーカル市の子爵家、リンミー家の家系略図にはまだ出てないみたいなんだけど、現当主のジル・リンミー子爵に息子が二人って出てるから、きっとこれだろうな。けど、他にはなんにもない。ユーリみたいに芸術のコンクールでなにか賞を取ったわけでもないし、数学コンクールや暗記大会に出たこともないみたいだし、武術や馬術に関してもそうだ。なにも情報がない。くそ、なんなんだ。ただの市長の息子ってだけかよ」
悔しそうに水晶板を放り投げ、アナベルは枕に突っ伏した。よほど悔しいらしい。
確かに、なにかで賞なりなんなりを取っている実力者ならまだ納得いったろうに。
「まあ、腐ってもホロウってことだよ。名門出身同士、切磋琢磨すればいいんじゃん?」
気の利いた慰めの言葉が出てこず、テキトーな言葉で済ませたが、アナベルが鬼のような形相で俺の眼を射抜いた。
「今、なんて言った?」
「え? な、なに?」
「ホロウ?」
「う、うん? ああ、そうそう。ロキとネロってコーカル市立ホロウ校からの編入だって言ってた」
「っクソが! あいつらホロウ校のやつかよ!」
アナベルの苛立ちは爆発した。
「マーチンならまだしもホロウ校? あっそう! あー、そう!」
「えっと、シュライゼンとホロウって、険悪なのか?」
「別に。そういうわけじゃないけど、気に食わない! マーチン大付属校は同じヘリロトだけど、ホロウは完全に別の地区だからな。なにかと敵対しているんだよ。中等部の時も、ああ、思い出したらムカついてきた」
「中等部?」
「そう、中等部の時のあっちの生徒会長と会ったことがあってね、どうも鼻について仕方がなかったんだ。次会ったらぶっ潰すって思ってた」
「何があったんだ?」
「あっちの生徒会とこっちの生徒会でやり合ってね。あっちは生徒会に魔導師系もいたからちょっとやられちまったんだよ」
「え、なに、抗争?」
お上品な貴族学校の生徒会がそんな野蛮なことをしていたなんて信じられない。
「抗争っていうよりも威信をかけた裏の決闘みたいなもんだよ。正統貴族派と魔導士系貴族派の血統の学校版。国立図書館で有名校が集まって弁論大会があってさ、そこでちょこちょこっとけん制し合ったんだ。そこで……あっちの生徒会のやつらにやり込められてね。力技で。弁論大会なんだから弁で戦えばいいものを、あっちは魔法も駆使してきやがった。こっちも剣とか銃で対抗したんだけど、魔法に関してはあっちが一枚も二枚も上手だったんだよ。あの時ほど魔導師系を引き込んでなかったことを後悔したことはない」
しかもなんか血なまぐさい。めちゃくちゃ物騒だし、ちょっと鼻につくなんてレベルの仲じゃない。
「ホロウ校には、魔導師系と貴族の対立はなかったのかな」
「どうだかわかんないな。けど、魔導師系が確実にいた。じゃないとあの惨敗はありえない」
惨敗したのか。
ホロウ校との軋轢は想像以上に激しそうである。
であればロキとネロはアナベルにとって最悪の相性なのだろう。ロキとネロにとってはどうなのかわからないが。
「……、まあ、けど今回の実力テストは、悔いはない」
アナベルは途端にすっきりした顔つきになった。
「どうせ俺がどうしてるか不安だったんだろ? 泣いてるとでも思った?」
「そ、そんなことないって。だって二位じゃん。俺なんて五十位以下だぜ? 羨ましいよ」
「え、あんだけ勉強したのに五十位以下なのか?」
「うう、そうだよ! 俺頭悪いみたいだ」
「頭悪いわけあるかよ。カンバリアでトップ百に入ってると思えよ。そんくらいのプライドもっていいぜ? シュライゼンにいるんだから」
それは慰めのような言葉でもあり、アナベルの本心でもあるように感じた。
「そういや、アナベルは追試ないんだな」
「追試?」
「そう、ロキとネロは実技追試だったから」
「……あー……、あれな」
何か感づいたようだ。
「あの二人、実技は苦手ってことなのかな?」
「……ん、……まあ、な」
少し言いにくそうにしている。きっとロキの実技をアナベルは見ているだろうから、その実力を知っているに違いない。
「ロキのやつ、魔法の実技で手を抜いたんだ。それで教師に怒られてた。ふざけるなってね」
「え、でも魔導師系じゃないだろ? 手を抜くも何も、魔法力がなければ高感度の杖だって反応しない」
「そうだよな。俺も《ファーメ》で少しだけ反応しただけだし、他のほとんどの正統派貴族は似たようなもんだよ。まあ、たまに魔法が使えちゃうやつもいるんだけどさ。けどロキの場合はうんともすんとも反応しなくて、ありえないって言って教師が激怒しちゃったんだ。最初は周りもくすくす笑ってたんだけど、ロキのやつ、すました顔で「これが僕の実力です」っていうもんだから、誰も笑えなくなっちゃってさ。それで終わり。正統派貴族にとっては別に魔法なんて使えなくてもいいはずだんだけど、教師の怒り具合が半端じゃなかったから、ただごとではないんだと思う。もしかしたら障害的ななにかかもしれない」
「障害、か……」
今日の双子の様子を見る限り、そんな暗さはまるでなかったが。
「もしくは、なにかを企んでいるか、だな」
アナベルはぽそりと不穏なことを言った。
「さてと、そろそろ夕食うだな。行こう」
「え、ああ、うん」
貴族学院の魔法使い 十龍 @juutatu
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