第3話 出会い

 飛びかかってきたのは、村で『イタ』と呼ばれている動物だった。四足歩行の間抜けな顔の肉食獣で、体長は少女のイレカよりも少し小さいくらいだ。


(村のお祭りでよく食べてたなぁイタハラ串…またいつか食べたいなぁ、あ、むしろ今食べられる側?)


 それは笑えないと、現実逃避をやめ、意識を戻す。今やイタにのしかかられ、食べられる寸前––


(こんな間抜け面に食べられて終わりなんて絶対に嫌っ!)


 咄嗟に右手から後脚目掛けて、全力で炎を吹き出す。突然足が燃やされたことに驚いたイタは、弾かれるように退き、片足を引きずって逃げ去っていった…


「ハァ…ハァ…見通し甘かったなぁ、能力なかったら今ので死んでたよ…」


 人間は個対個であれば、魔物でなくても、大抵の生き物に劣るという事実を痛感した。そして一人であるなら、能力を最大限利用しないといけない…と、ここで一つ閃く。


 イレカは両手を広げクルリと回ると、草むらに向けて炎を噴射した、草は見る間になくなっていき、隠れていた獣の叫び声が響き、足音が遠ざかっていった。炎の伸びる長さは、大体大人五人分ほど––目前の草むらを一掃しながら歩いていく。


(この能力…便利!これなら、視界も確保できるし、動物避けもできる!)


 自信の湧いたイレカはそのままズンズンと進み、十分後…あっという間にバテていた。


「頭ふらふらする〜疲れた、そりゃ能力も無限に使えないとは思ってたけど…」


 一人ゴチて、大木にもたれかかった。いつの間にか、空は明るくなり、森の雰囲気も柔らかくなっている気がする。


 そういえばと、神父様から貰った袋を開け、水筒と保存食の干肉を取り出した。朝まで歩き通しだったのに、水も飲んでいなかったことに驚愕する。


 ゴクリと水を飲むと、身体が刺激に粟立つのを感じる、幸せだ––次に干し肉、何の肉かはわからないけれど、疲れた身体に塩気と肉の歯応えが堪らない…夢見心地だ…

 

 「…ハッ!」


 口元にはヨダレが垂れ、手に持っていたはずの干肉は全て無くなっていた…


(あれ、まさか寝てた?緊張感なさ過ぎ…そもそも全部食べたっけ…?)


 考えていると、真上から声が降ってきた。


「やっと目が覚めたのかよ、こんなところで昼寝なんて正気じゃねぇな」


 木の上には一人の青年がいた。二、三歳くらい歳上だろうか…背は高く、釣り上がった目が特徴的で…片手に持ったボウガンをこちらに向けていた。


「あー、寝てる間の護衛の礼ならいらねぇよ、もう貰ってあるからな」


 そう言って干肉を齧る…ん、干肉?


「まさか、それ、私の…」


 怒りにプルプルと身を震わせていると、男は木から飛び降りてきた…が、着地した姿勢のまま動かない。構わず男に近寄り、力任せに手に持っていた干肉をもぎ取った。


「あぁぁこんなに減って…私の最後の故郷の味なのにぃ––」


 キッと睨むと男はしゃがんだまま、青白い顔で弱々しく応える。


「お前さんいい村で育ったんだなぁ、この干肉臭みもなくて、塩気はタップリ、丁寧な仕事だ…つまり…最高に美味しかったぜ!」


 聞き終わるや否や、いい顔で言い切った男の顔面を、思い切り蹴り上げた。能力は使わない、その価値を男に感じなかった。


 男は、あああと叫び地面をのたうち回りながら半泣きで抗議する。


「普通、足痛めて動けないヤツの顔面蹴るか?!人の心持ってねぇのかよ!」


 自業自得という言葉が頭をよぎると同時、言われた言葉か胸に刺さる、人の心…もう持っていないのかもしれない。そんなことを考えているうちに日が暮れてしまった。


「ヤ、ヤベェ早く村に戻らねぇと…」


 男は突然血相を変えて、這いずり始める。


「…いきなりどうしたの?」


「馬鹿ッ知らねぇのか?!日が暮れると魔獣が出るなんてのは、ガキでも知ってんぞ!」


「でも昨日は出なかったけど…」


「昨日もいたのかよ運いいな!死にたいんなら一人で死にな、俺は妹のためにもここで死んでやるわけにはいかねぇんだよ…!」


 その言葉に、気付くと肩を貸していた。誰かの為にともがく姿に、自分を重ねたのかもしれない。


「助けて…くれるのか…?」


 男が目を丸くする。ここで見殺しにして何も思わないほど、人の心を失ってはいない。


「寝てる間、見ててくれたのは本当だし、これで貸し借りなしだから!じゃあ魔物が出る前に早く––」


 気恥ずかしさを紛らわせようと、早口で応えていると、後ろにゾッとするような気配を感じた。男も同じように感じたらしく、二人揃って恐る恐る後ろを振り返る––


 魔物の姿は、色々とあるようだが、共通している特徴は二つだけ。二本の歪んだ角と輝く赤い瞳。そして今、目の前にいる生き物は見事にその二つの特徴を有している…紛れもなく魔物だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

経験値をたくさん持ってるのは勇者に決まってるよね! とち乙女 @weijglf

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ