第2話 結界の外

 メラヒさんの持っていた地図によると、イレカの故郷「ラジク」から、勇者の町『カルイ』までは、馬で十日ほど、道中には小さな村々が点在する。


 イレカが家を出て、走り向かったのは、全ての発端となった森だ。その先が、結界の外へと続いている––


 幼い頃は、好奇心で結界の外へ行ってみたいと思ったことはある…けれど噂に聞く魔物への恐怖心が勝って、今日まで結局一度も行ったことはなかった。


 三十分走り続けて、息も絶え絶えになりながらも、森の前まで到達する。


(私がいないことに気づいても、ここまでくればもう追いつかれないよね…)


 そう考え、歩き進もうとした時、目の前に一つの人影が見えた、あれは––。


「やはり…行かれるのですかな?」


 暗闇から声をかけてきたのは、昨日訪ねてきてくれた、神父様だった。その澄んだ瞳からは、悲しみの色が見て取れる。やはり全て知って––


「はい、私にはやらなきゃいけないことがありますから…神父様はなんでここに?」


「貴女に伝えることがあり、待っていました。神職でも一部の者は、人の能力の有無を見定めることができるのです。それで結界に魔物が入ったと知らせを聞いた次の日、貴女の様子を見に行って…合点がいきました」


 能力のことも、おそらく勇者を殺してしまったことも、もう知られているみたいだ…私も、罪を償えと殺されてしまうのか、それとも捕まえられてしまうのだろうか––


「心配しなくとも責めに来たわけではありません、直接話したことは少なくとも、幼少より貴女のことを見てきました。人のためなら努力を惜しまない、頑張り屋な優しい娘さんだと…だからこそ、やむを得ない理由があったことは察しています」


 不意の優しい言葉が、波紋のように広がり心を揺さぶる。


「幸いこのことを知っているのは、村でこの神父一人のみ。だれも貴女を責めません、メラヒも心配しているでしょうし…どうか考え直しては、もらえませんか?」


(そうだ、能力を使わず、何もなかったように、今まで通り暮らせれば––)


そう一瞬考えた。しかし、それは出来ないのだ、もし村の人が責めなくても、自分が自分を一生責め続けるだろう、それに今は…


「そう言ってもらえただけで、十分救われました。でも私は、偶然でも、手に入れた力でみんなを助けれるなら、頑張りたいんです…何を犠牲にしても」


「やはり、貴女がしようとしていることは…いやもう何も言いますまい、この老いぼれに『勇者』を止めることは出来ません。一つだけ、もしその道を進むのならば、貴女に待ち受けるのは破滅だけとなりましょう…それでも進まれますか?」


 勇者の遺体を炎で包んだその時、私もいずれは、こんな最期を遂げることになるかもしれないと想像した、だけど、それでも––!


「はい、メラヒさんや他のみんなには、心配しないように、必ず帰ってくるからって伝えてください––」


 笑顔で答え、進もうとすると、神父様が大きな布袋をこちらに手渡してきた、中には保存食や貨幣が入っている。


「…これは?」


「貴女を守れなかった私達大人からの、せめてもの餞別と思い、受け取ってください…道に迷っても、道を違えてもいい、どうか生きて––」


 泣き顔を見られないよう、深く頭を下げ、そのまま森の奥へと向かう。お礼と別れの言葉は言えなかった…少しでも声を出したら、泣き崩れてしまいそうだったから。


 まだ日の登っていない薄暗闇の中、今まで入ったことのない、森の奥深くをひたすら進み続ける––十分は歩いたかというところで、森の放つ雰囲気が、一気に変わったことに、

気付いた。


(っ寒い!それに…怖い?)


 外套を羽織っていても、刺すような寒さを感じ、身体が警戒しろと言わんばかりに強張る。逃げなければと使命感を感じ、立ち止まっていても、息が勝手に乱れていくのが分かる…今まで森には幾度も入っているが、怖いと思ったことは一度もなかったのに––


(そうか…これが結界の外なんだ…)


 同じ森でも、違いはもう一つあった。結界の外である故に、人が手を加えることがなく、身長よりも背丈のある草むらが行く手を阻んでいるのだ。先が見えないことが、尚怖ろしさを増長させる。


 恐る恐る草むらを掻き分け進み始める、すると前の方からガサッガサガサッと音がした。確実になにかいる…まさか魔物…?


 呼吸がハッ…ハッと短くなり、心臓の音が煩く感じるほど頭に響く。物音はその間も、迷うことなく真っ直ぐイレカに迫り…何の容赦もなく飛びかかってきた––。

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