経験値をたくさん持ってるのは勇者に決まってるよね!

とち乙女

第1話 決意

 森に囲まれた、辺境の村「ラジク」


 神殿により、村は魔物から守られているが、人口は少なく、十代の若者は既に少女が一人だけとなっていた。その少女の名は––


「イレカ、悪いけど今日も水汲みと山菜摘みを頼むねぇ」


 シワのあるゴツゴツした手を重ねて、育て親のメラヒは申し訳なさそうに言う。 


 病人なんだからもっと頼ってくれてもいいのに…と思うが、女手一つで私を育ててくれた強い人だ。弱みを見せることに抵抗があるのだろう。


 イレカと呼ばれた、細身ながらも快活な少女は、優しく手を握り返して応える。


「いいのいいの、任せてよ!それじゃあ待っててね」


 家を飛び出して向かうのは、家から一時間ほど歩いた先にある森だ。


 この村では最近、老人の身体を蝕む病が流行っている。罹った人は、五年から十年の間に、徐々に全身が動かなくなっていき、最後には心臓も動かなくなってしまうそうだ。


 メラヒさんも、昨年からその病に罹り、お医者様の話だと、三年もすれば歩くことも叶わなくなるという––そして今のところ、治す方法は見つかっていない。


もし希望があるとすれば、治癒の能力を持つ勇者様が来てくれることだけど…


「こんな辺境の村に来るわけないよね…」


 勇者様は皆、最低一つ特別な能力を持っている。その中でも治癒の能力は、とても稀少で、持ってたら例外なく、魔物討伐の最前線パーティに入れられるらしい。つまりラジクみたいな平和な村には来ないのだ。

 

 そうなると他に考えられる方法は…


(私が魔物を倒して「経験値」で治癒の能力を手に入れる!)


 勇者を目指す人は皆、ある試練を受ける。ベテラン勇者とパーティを組んで、上級魔物に最後の一撃を与えるチャンスをもらう。そこで見事倒せたら、経験値を得て、能力に目覚めて一人立ち…というわけだ。そこまで想像してイレカは––


(うん、ムリ!!)


 そもそも、上級魔物に挑んで、パーティが全滅することもザラにあるらしいし…そんなの命がいくつあっても足りないと思う。


 八方塞がりだと、最近毎日同じことを繰り返し考えてることに気づき、苦笑する。


「よーし今日はいっぱい山菜取るぞ〜!」


 大声を出して気分を入れ替え、ズンズンと草むらに入っていった。


 それから三時間後…肩まで伸びた黒髪に汗が伝う。身体を動かしたからか気分が晴れ、顔には自然と笑みが浮かぶ。


「暗くなってきた、早く水汲んで帰ろ––」


 川に向かおうとすると、ドサッという音とともに、視線の端に倒れる影が見えた。


(ボロボロの鎧を着た…勇者様?怪我してる!?)


 慌てて駆け寄り、仰向けにすると、胸には大きな裂傷があり、鎧ごと引き裂かれていた––見たことのない血の量に、動転しそうになるのをグッと堪える。


「大丈夫ですか!?酷い怪我…すぐにお医者様を––」


 言葉の途中で腕が伸びてきて、いきなり組み伏せられた。


「痛ッ!!なにを…」


「ハァ…ハァ…おれはもう助からない…せめて最後くらいいい思いを…」


 勇者は鎧を脱ごうとするが、怪我の痛みを思い出したのか、よろめき呻き出す。逃れるチャンスは今しかないと、本能が告げるままに、勇者を押しのけ、走り出そうとする。


「クソ女が…逃げきれると思うなよぉっ!」


 すぐ後ろから獣のような咆哮がすると共に、雑草が束になってニュルリと伸び、足首に絡みついてくる。


 (これが能力…!植物を動かせるの!?)


 能力を初めて見た驚きと、それが自分に向けられている恐怖に心は限界を迎えようとしていた…そして気付く、自分の足元に落ちている勇者の剣の存在に––


「もうこの程度しか操れねぇが十分だったな…」


 勇者はこちらの様子に諦めを感じたのか、傷口を押さえながらゆっくり近づいてくる。

それをぼんやりとただ"待ち構える"。


(待ち構える?何を?)


 分かりきっている…足元の剣は身体の影にあり、相手から見えていない。気付かれないよう柄をギュッと握りしめ、覚悟を決める。


 勇者が再び鎧を脱ごうと手をかけ、痛みに顔を顰めたのが見えた瞬間––振り返り様に、剣を両手でブンっと振う。予想以上に重たく、狙っていた胸の傷口から大きくズレ…剣が勇者の喉を掠めた。


 ハズれたっ?と思った直後、喉がパックリと開き、赤黒い噴水が視界を埋め尽くす––


 勇者は何が起こったのか分からないという顔で、叫び声を上げることもできず、ヒューヒューと息を繰り返し、やがて動かなくなった…


(あれ?終わっ…た?)


 現実味が全く感じられなかった。夢の中の出来事を俯瞰しているかのような感覚…しかしそれも永遠には続かない。ふと、もう暗いし帰らなきゃと、山菜入れの籠を持とうとすると––その隣に血塗れの勇者が倒れていた。


「大丈夫ですか?!」


 声が咄嗟に出たが、大丈夫じゃないことは、自分が一番よく分かっている。泣く資格がないことも分かっている、それでも気が付くと一筋の涙が頬を伝い…それに続けとばかりに、涙の雨が地面の雑草に降り注いだ。


 その時、身体には異変が起こり始めていた。動悸が激しくなり、ジワジワと身体の奥が熱くなる…イレカが異変に気がついたのは、身体中燃えているかのように熱くなってからだった。泣くことも忘れ、叫び声をながら地面に転がり悶える。


 言葉も発せないまま、地獄の業火とはこういうものなのだろう––これは罰だ、そう思おうとしていた。しかし思いと裏腹に、徐々に全身の熱は引いていく…そして代わりに心を全能感が満たしていった。


 悲しまなきゃいけないのに、後悔しなきゃいけないのに…と考えてもそれが表面的な思考の域を出ることはなかった。


 変化が起きたのは、心だけではない。身体の奥から漲る力を感じる…力に意識を集中すると、今までも当たり前に出来たかのように、手からゴウッと音を立てて炎が生まれた––熱さは感じない。


(これって能力?まさか勇者を倒しても経験値がもらえるの––?)


 そんなことは噂でも聞いたことがなかった。勇者の経験値が、上級魔物に匹敵するほどということも含めて。


 一度に色んなことが起きすぎて、もうどうすればいいのか…と頭を抱えそうになったとき––勇者の遺体が目に入った。


 今度は動揺することなく、自分のしたことを冷静に振り返り…ある覚悟を決めた。勇者の顔に優しく触れ、ごめんなさいと一言謝ると、鎧ごと全身を包むように炎を走らせた。


 一時間後、仕方なく血塗れた服のまま帰ると、メラヒさんは心臓が止まるんじゃないかじゃないかと思うほど驚き、心配した。


「勇者様に、魔物から命がけで助けてもらったの…」


 そう説明した後のことはよく覚えていない。後から聞いた話だと、メラヒさんは村中の人に声を掛け、武器になりそうなものを持った大人達と森へ向かってくれたらしい。そして残されていたのは、全身黒こげになった勇者の遺体だけだったことを聞き、また涙を浮かべた。


 翌朝、噂を聞いた人達が心配して家まで駆けつけ、神殿の神父様もわざわざ様子を見に来てくれた。神父様の澄んだ瞳は、全てを見透かしているようで、マトモに目を合わせることが出来なかった…そして夜。


「メラヒさん、私試練を受けて勇者になる!亡くなった彼の意思を継ぎたいの」


 そう告げると、目に涙を浮かべながら猛反対された。こんな私をまだ愛してくれる人がいると分かり、感謝の念がより一層深くなる…決意は固まった。

 

 もちろん、私は試練を受けて勇者になる気はない。これから行うのは、私にしかできないこと。人殺しの私にだからできる、メラヒさんや、村の皆を助けられる方法…それは、勇者を倒して経験値を集め、私自身が治癒能力を引き当てることだ。


 村のお年寄り達は、仕事を分担して、お互いに助け合って暮らしている。メラヒさんの病も、数年は命にかかわることもないと聞いているし…私がいなくても大丈夫。


(必ず、間に合わせてみせるから…!)


 深夜、だれも起きていない時間にコッソリと家を抜け出す。もう後戻りはできない––次にココに帰ってくるときには、どれだけの罪を犯しているんだろうと考えるとゾッとする。

 

(最初から上級魔物を一人で倒すのはムリがある…それ以外ならやっぱり…)


「経験値をたくさん持ってるのは勇者に決まってるよね!」


 自分へ明るく言い聞かせ走り始めた。目的地は勇者の集まる町「カルイ」だ。

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