第83話 エピローグ:それでこそわたくしのライバル

 天王寺さんが無事に縁談を断った後。

 貴皇学院では実力試験が行われた。

 定期試験と違って実力試験は科目が少ない。しかし、それでも名門校なだけあって問題数がとても多く、三日間をたっぷり使って試験は実施された。

 それから更に一週間が経過した頃。

 実力試験の結果が発表された。


「皆~! こっち、こっち~!」


 職員室の前に張り出された掲示板には、既に多くの学生が集まっていた。

 教室に荷物を置いた後、雛子と一緒に掲示板へ向かうと、遠くで旭さんが手招きする。

 その隣には、天王寺さんもいた。


「丁度、今、天王寺さんとも会ったの!」


 旭さんがそう言うと、天王寺さんは無言で一礼した。

 それから、視線を俺の顔に向ける。


「一緒に結果を確かめましょう」


 自惚れでなければ、その台詞は皆ではなく俺個人に向けられたものだった。

 緊張が背中にのし掛かり、ゴクリと唾を飲み込む。

 貴皇学院では試験が行われた際、上位五十人の点数と名が発表される。俺の目標は、この上位五十人の中に入ることだ。

 意を決して掲示板を見る。

 そこに、俺の名前は――――。


「…………載って、ない」


 膝から崩れ落ちそうになる身体を、辛うじて気力で支えた。

 俺は、目標を達成できなかった。


「当たり前ですわ」


 落ち込む俺の隣で、天王寺さんが言う。


「この学院に通っている生徒は皆、幼い頃から英才教育を受けています。彼らに追いつこうと言うならば、年単位の努力が必要でしてよ」


 それは、確かにその通りかもしれない。

 それでも俺は、成果を出したかった。

 折角、天王寺さんに教わったというのに、俺はいい報告をできなかった。

 押し黙る俺に、天王寺さんは溜息を吐く。


「つまり……今後も努力を継続すればいいだけですわ」


 その一言に、俺は顔を上げた。

 微笑を浮かべる天王寺さんを見て、心の重圧がスッと消えた。


「……そうですね」


 そうだ。今後も努力すればいいだけだ。

 だって天王寺さんは、この学院を去らないのだから。

 これからの未来に託すことにしよう。


「う~ん、アタシも載ってないなぁ。まあ予想はしてたけど」


「俺も当然のように載ってねぇな」


「ああ。私も載ってない」


 旭さん、大正、成香の三人は最初から諦めている様子だった。

 残りは……雛子と、天王寺さんだ。


「此花さんも天王寺さんも、上位一桁には入ってそうだね。う~ん……でも人混みが凄くて、ここからだと見えないかも」


 旭さんがつま先立ちして、人混みの向こうにある掲示板の方を覗こうとする。

 上位十人の名前は、別の掲示板で大々的に発表されているらしい。そちらの掲示板の前には更に大きな人集りができていた。


「おい、すげぇぞ! 満点が出てるみたいだ!」


 周りにいる生徒たちの話し声を聞いて、大正が興奮した様子で言う。


「満点って、珍しいんですか?」


「おうよ! この学院の試験は本当に難しいからな。満点なんて滅多に出ねぇんだ」


 確かに試験の問題は相当難しかった。

 一瞬、俺たちは無言で雛子と天王寺さんに視線を注ぐ。

 満点を取っている生徒がいるのだとしたら……この二人のどちらかだろう。

 微かな緊張を感じていると、人混みの中にいる生徒たちが、雛子と天王寺さんの存在に気づき道を譲った。騒がしかった人混みが、モーゼの海割りのように左右へ散る。

 貴皇学院の二大お嬢様が、悠然とした佇まいで掲示板の前に立った。

 試験の結果を見て――俺たちは、目を見開く。


「これは……」


「ま、満点が、二人……?」


 一番上に名前が載っていたのは、雛子だった。その下には天王寺さんの名前がある。

 しかし、二人の点数はどちらも全く同じ値――八百点だった。

 パチパチ、と生徒たちが雛子と天王寺さんに向かって拍手した。

 俺はその拍手の中、こっそりと雛子に声を掛けた。


「雛子も、頑張ったんだな」


「……ん」


 素の口調で、雛子は肯定する。


「二人に負けるのが……嫌だったから」


 どこかいじけた様子で雛子は告げた。

 ああ――そうだよな。

 思わず笑ってしまう。よく考えたら当たり前だ。

 この試験のために精一杯努力したのは、天王寺さんだけとは限らない。

 雛子も、頑張っていたのだ。


「……ふふっ」


 天王寺さんが笑みを零す。

 雛子に勝つという目標は達成できなかった。しかし、天王寺さんは上機嫌に笑う。


「おーっほっほっほ! それでこそ、わたくしのライバルですわっ!」


 天王寺さんと雛子の勝負に、決着はつかなかった。

 しかし、何も問題はないだろう。

 まだまだ時間はたくさんあるのだから。





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【WEB版】才女のお世話 ~高嶺の花だらけな名門校で、学院一のお嬢様(生活能力皆無)を陰ながらお世話することになりました~ サケ/坂石遊作 @sakashu

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