月の廃棄場【ジャンクヤード】

鐘方天音

月の廃棄場【ジャンクヤード】

 この場所から、あの蒼い星は見えない。月の裏側という物理的な条件もそうだが、巨大高層ビル群が人々の視界を覆ってしまっているのだ。

月の裏側は、低い階級の住民が寄せ集められ、表側の隠したい部分も押し付けられている。

そんな月の裏側には、広大な廃棄場がある。廃棄場には、直せば使えそうな物も多く捨てられており、それを拾い集めて各業者に売り、生活している者が多くいた。

月の裏側に住む少年・リコも廃棄場でまだ使えそうな機械やパーツを捨てられたゴミの中から見つけ出し、組み立て直して新たな製品として売り、生活していた。勿論、それだけでは食っていけないので主な収入源は機械の修理の方である。だが、リコとしては一から組み立て、作り変える作業の方が好きであった。なので最近は、趣味として自分が作りたい機械を、暇を見つけて作ることにしている。灰色の空の下、本日分の仕事を終えたリコは、相棒の猫型アンドロイド・クロと共にまた廃棄場にやって来た。

 クロはこの廃棄場に捨てられていたのを、リコが拾って修理し、名付けたアンドロイドである。猫型アンドロイドといっても、リアルな猫の造形ではなく、ぬいぐるみのように小さくて可愛らしいデザインであり、二足歩行で歩き回る。全身は真っ黒な毛並みで、リコの髪の色と同じであった。クロは金色の瞳、リコは青に緑色が混ざった、ブルーマラカイトのような瞳である。虹彩に二つの色が混じるのは、リコたち月の第4世代の特徴であった。

〈今から何をするの?〉

 クロは愛らしい声でリコに尋ねた。

「いつも通り、機械に使うパーツを探すんだよ」

 リコはクロと視線を合わせると、そう答えた。リコとクロの目の前には、スクラップの山が聳え立つ。不規則に積まれた不燃物は不思議と崩れる気配はなく、むしろ一つの巨大建造物メガストラクチャのようにも見えた。


◆◆◆


 パーツ探しに取り掛かる前に、リコは腕時計型の端末を起動する。空中に青白いキーボードが浮かぶと、リコはコードを入力してクロに送信した。

「この型番が入ったパーツを探してくれ」

〈にゃあ、了解しました〉

 クロはそう返事をすると、小さな足でとてとてとスクラップの山へと走って行った。クロはよく、返事をするときに〝にゃあ〟と鳴く。リコは映像などで猫がそう鳴くことは知ってはいるが、本物の猫は生まれてから一度も見たことがない。

本物の動物は一等から二等階級の市民しか飼うことが出来ず、仮に三等以下の市民が飼えたとしても、餌代や医療費などに手が回らないのが現実である。だからこそクロのような動物型アンドロイドが大量生産され、そして大量に捨てられている。

動物だけでなく、リコは本物の海も見たことがなかった。リコたちが暮らしているのは、自分たちの遠い祖先がまだ地球だけにいたとき、月の土地に〝海〟と名付けた。だが、実際にあるのは石や砂礫だらけの乾いた大地である。そして、リコが住んでいる場所の近くは〝モスクワの海〟と名付けられていたそうである。〝モスクワ〟が地球の地名であることは知っているが、地球のどこにあるのかさえ分からない。分かるのは機械のこと、今自分が置かれている環境のことだけである。



軽快にスクラップの山を登ったり下りたりしているクロを横目に、リコもパーツを探す。すると、

〈リコ、このパーツ、前に探したパーツと合わないよ?〉

 クロが真上からそう声を掛けて来た。

「合わなくても良いんだ。今はとにかくパーツを探すことが先だから」

〈でも、前に探したときもバラバラのパーツだったよ?〉

「前にも言っただろ? これから作る機械は設計図を作っていないんだ」

〈前にも思ったけど、どうして? 設計図がないと機械は出来ないでしょ?〉

 そして、クロは事もなげに高いスクラップの山から飛び降り、見事にリコの傍に着地した。

「普通はね。でも今回は、組み立てながら何かの機械を作っていこうと思うんだ」

〈何かって、何の?〉

「それもまだ決めてないんだよ。でも、何か楽しくなるような機械を作りたいな。それより、パーツは集まったのか?」

〈うん、これどうぞ〉

 クロは小さな両手から、細かなパーツを差し出した。軽口を叩きながらもしっかりと全てのパーツを揃えているので、そこはやはりアンドロイドだとリコは感心した。

「よし、後は俺がそこら辺で組み立ててるから、クロはまたパーツを探して来てくれ」

 リコはまたクロにパーツのコードを送信すると、クロはまた先程と同じ台詞を口にして、スクラップの山へと向かった。リコの方は、空いている適当なスペースを見つけて、汚れたコンクリートの上に座った。


◆◆◆


 リコは、以前から組み立てていた機械をくたびれた鞄から取り出す。機械といっても、まだ基盤の初期段階である。本来のリコの技術ならば基盤はとっくに出来上がっているのだが、今回は設計図の図面も引かずに作ってみようと試みたので、基盤の完成にもかなり時間がかかっている。だが、失敗しても完成が遅くても、リコはワクワクしていた。初めて自分の意志で、自分の為に作る機械だからである。

時折同業者らしき人間たちがリコに物珍しそうな視線を向けるが、リコはどこ吹く風で基盤作りに集中していた。

「うーん…やっぱりこのパーツとこれじゃ、接続できないか…。それじゃ、これとは…やっぱりダメか」

 独り言を呟きながら、リコは基盤の組み立てに試行錯誤する。ぴったりパーツ同士が嵌まることがあれば、今のように駄目なときもある。現時点では後者の方が圧倒的に多いが、その場合は別の方法を考えたり、繋ぎとして別のパーツを使ってみたりと、今まで機械を触ってきた中で一番頭を使っていた。

しかし、リコにはそれが新鮮で、自ずと機械の知識も多くなった。お蔭で、仕事の幅も少しずつ増えたのは思いがけない幸運でもあった。この幸運がずっと続いてくれたらいいのだが――。

〈にゃあ、リコ、持って来たよ〉

 クロが呼びかける声で、リコは我に返った。

「ああ、ありがとう。…二つ足りないな」

〈どうしても見つからなかったんだ〉

「そうか。まあそんな都合よく見つかるわけないよな。それなら別のパーツで試してみよう」

〈うん〉

 リコはクロからパーツを受け取ると、また基盤作りに戻った。クロは傍でじっとリコの作業を見つめていたが、暫くしてぽつりと訊いてきた。

〈リコは何の機械を作るの?〉

 その質問は先程似たようなものをしたばかりで、リコも答えたが、曖昧な返答であった為かもう一度尋ねて来た。このクロはかなり勉強熱心なAIらしい。実際、一度答えた質問を訊き返すことがクロには何度もあり、リコもその行動には慣れている。今度は具体的な答えを出そうと、唸りながら頭を捻る。――ふと、目の前のスクラップの山にリコの意識は向かった。ここにあるスクラップの山の一つ一つが、元はしっかりとした役割のある機械であった筈である。ヒトの手で勝手に作られ、ヒトの手で壊され捨てられていく機会のことを想像すると、リコは無性に悲しさを覚えた。

「そうだな…何か楽しい機械で…そして、このスクラップの山をまた全て使える…新品以上の性能を出せる機械を作る機械、を造りたいな。廃棄場なんて無くなるような…。って、それじゃ俺も仲間も困るか」

 リコはそこで苦笑するが、クロは不思議そうに首を傾げた。

〈機械を作る機械? それはどんなもの?〉

「うーん、それは俺も今学習中だ。一緒に学習していこうな」

〈にゃあ、了解しました〉

 納得したのかどうかは分からないが、クロはいつもの返事をした。リコはクロの頭を優しく撫でると、また基盤作りに戻った。

 ――リコの道の機械が完成するのが先か、地球を月の裏側から誰でも見られるようになるのが先か。それは誰にも分からない。



                                ―了―

 

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