第5話 駒村

 椅子に沈んだレオはひどく落ち込んでいる。今まで己をりっし心を鬼にしてきたのだが、その虚勢きょせいもなくし、ただの19才の青年が目の前にいた。


「大公、ひとつ提案なのですが、公国領の新生児しんせいじを日本国の養子に出すことはできないでしょうか?」


 レオは駒村の意図が分からず、首をかしげた。


「養子に出したところで、結局は上限制度に引っ掛かるだろう」


「いいえ。上限制度は『日本国における公国領の吸血鬼を4万人と定める』です。どこにも『日本国の吸血鬼』とは書かれていません」


「それは、屁理屈へりくつではないか?」


「そうかもしれませんね。けど、違反ではないでしょうし、帰化きかして日本国籍を取得すれば『日本人』とすることができます」


 一時的な避難ひなんとして"養子"という案を出す駒村だったが、他にも問題がある。


「血液はどうする?」


「吸血鬼一人に対して最低二人の人間がいれば、つまり両親がおぎなっていけば、なんとかなるかと」


「いやいや、待て待て。そもそも君たち人間に、吸血鬼が育てられるのか?」


「あっ、やはり違いますか?」


「基本的には人間と変わらないが、やはり我々には『吸血衝動きゅうけつしょうどう』がある。これは幼いうちに訓練し習慣付けていかなければ、最悪の場合『人を襲う』こともある」


 駒村はごくりとつばを飲み込む。失念しつねんしていた訳ではないが、彼らは『吸血鬼きゅうけつき』であった。


「なら、養子に出すのは無理でしょうか?」


「親のどちらかを吸血鬼にすれば、できれば、母親がいいが…」


「となると、人間と吸血鬼との『結婚』になりますか。うーん…」


 『結婚』という言葉にレオは頭を悩ます駒村を見た。


「駒村、きみは今付き合っている女性はいるか?」


 レオの突然の問いかけに駒村は反応が遅れる。再度訊かれたので、『いない』と答えた。


「では、将来を約束した相手は?」


 更なる質問に駒村は困惑する。『いません』と答えるとレオは背筋を正して、ある事を申し出る。


「では、駒村。我が妹シャルロッテと、結婚してくれないか?」


「………はっ…

 ……………はぁっ?」


 思わず素の反応をしてしまった。したり顔のレオに対し、目と口を開けて驚く駒村。


「なっ、何をおっしゃってるんですか?大公!」


「上限制度の逃げ道として、人間の家に同胞どうほうを嫁がせる。いい考えだと思うし、君と妹なら人選として適材だろう」


「えーとっ、いや…あの、そう言い出したのは私ですが、何も私とシャルロッテ様をくっけなくとも…そもそもっ!身分が違いますし、シャルロッテ様のお気持ちも…」


 混乱する頭で考えた言い分けがそれだった。他にも様々な問題はあるし、何より大公の思い付きに振り回される公女が可哀想かわいそうだ。


「日本の皇家こうけも一般の家に嫁ぐ事はあるだろう?それにシャルロッテは君に気があるようだしな」


「えっ、そうなのですか?」


「君を何度も誘うよう言われたし、二人でっていただろう?」


「あれは相談を受けていただけですよ!それに、私は30歳です。こんな冴えないおじさんと結婚だなんて…」


「駒村!」


 レオのりんとした声に駒村は顔を上げた。レオの紅い目は強く固い決意を示していた。


「私は君以上に信頼できる人間を知らない。日本に来て右も左も分からない私達に、親身になってくれた君だからこそ、妹をたくしたい。

吸血鬼の未来を築くために、協力してくれないだろうか?」


 レオは深く頭を下げた。駒村は背凭せもたれに深く落ち着き、考えた。簡単に引き受けられる事柄ではない。これは大きな改革の序章になるやもしれず、その波乱に身を投じることになるのだ。人間と吸血鬼の架け橋に、自分がなることへの大きな不安と憂虞ゆうぐが襲いかかる。


「ふと、大公と初めてお会いした時のことを思い出しました」


 レオは顔を上げて柔和にゅうわな表情の駒村を見た。


「大公は薔薇園ばらえんをご覧になってました。私は声を掛けるのを躊躇ためらったんです。こうかがみ込んで何かしていたので…」


 何かを落としたのかと様子を見ていると、土を拾い上げそれを花壇かだんから離れた場所へ持っていったのだ。


「あの時、大公は薔薇ばらの花壇に咲いた野花のばなを移動させていたのですよね?自生した花が生きていけるように…」


 そのまま花壇に生えていたら、薔薇に栄養を吸いとられて枯れてしまうとレオは危惧きぐした。


「あなたは足下に咲いた、小さな花を守りたかったのですね。

私にもそのお手伝いができるでしょうか?」


 その優しい笑顔は出会った時と同じだった。地面を見ていたレオに駒村はドイツ語で挨拶をした。立ち上がってレオが日本語で挨拶し返すと、彼の流暢りゅうちょうな言葉にとても驚いていた。


 レオは無言で手を差し出す。駒村はその手を握り、強くつないだ。


「そうだ。ひとつ条件を出してもいいですか?」


「いいぞ。何でも言ってくれ」


「公も子供をつくってください」


 駒村の意外なお願いに今度はレオがぽかんとした。


「差し出がましい事だと思いますが、公妃様が気にされているそうで」


「あっ、あっははは。君にそんな事を言われるとはな。そうか、私はどうも一人で抱え込み過ぎたようだ。ソフィアを不安にさせたのだな」


「すみません。こんなこと」


「上限制度が改定されるまでは、子供はつくらない気でいたが、君達が結婚するなら取り敢えずはいいとするか」


 『はい』とうなずき駒村は安堵の表情を向け、レオも微笑み返す。

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