第3話 シャルロッテ

 嵐の日々が続くかと思ったが、あれから公国側の催促さいそくはなく会議が開かれることもなかった。いつも通りの業務を終わらせ庁舎ちょうしゃを出ると、明るい女性の声が駒村を呼んだ。


「あっ、ゆーじろ~!」


 はずんだ調子の声に駒村はその方向に目をやる。遠目からでも分かるくらい可愛らしいな容姿の少女がピンヒールを鳴らせて駆けてきた。淡いピンク色のドレスを舞踊まいおどらせ、駒村の前に到着した。


「シャルロッテ様、ご機嫌麗きげんうるわしゅうごさいます」


「ええ、悠二郎ゆうじろうもお元気でしたか?」


 天真てんしんな笑顔を向けて彼女は駒村に挨拶あいさつを返す。

 彼女の名は、シャルロッテ・フォン・ルドルフ公女。レオ大公の妹君であった。駒村は彼女を薔薇園ばらえんへ案内し隣を一緒に歩く。花をでているシャルロッテに駒村は話しかけた。


「本日はどうされましたか?」


「そうでしたわ!お兄様に頼んでもなかなか声を掛けて下さらなかったから、私が直接ちょくせつうかがったのです!」


「…と、言いますと?」


「今晩、悠二郎を我が家にお招きしたいんです。夕食を共にしましょう!」


「はぁ、ありがたいお誘いですが、ご遠慮えんりょ申し上げます。また、機会きかいに是非」


 公爵家とは親身にしているため、彼らの住む公宮殿こうきゅうでんにも何度も足を運んだ事があったのだが、例の一件があるため丁重に断った駒村。だが、シャルロッテは思いもよらず食い下がってきた。


「どうしても、どーしても!悠二郎にお話があるんです!今夜来てもらえませんか?」


 必死なシャルロッテに押し負け駒村は誘いを受ける。彼女の乗ってきた車で城へ行き、門をくぐっていった。この城は新設されたものではなく、ドイツから移設されたものであった。壁や窓や内装も全て14世紀のゴシック調の様式で、何度見てもその壮麗そうれいさに圧倒された。



 大広間に行くと私服姿のレオに出会した。白いローブは着ておらず、シャルロッテがレオも会食に誘うが、やんわりと断られ自室に下がってしまう。着替えのためにシャルロッテは部屋に戻っていった。駒村をダイニングへ案内した時、後で話がしたいとささやかれた。



 ワンピースに着替えてきたシャルロッテと公妃であるソフィアと共に晩餐ばんさんを食す。来客とはいえフルコース料理が出される訳ではなく、シュヴァイネブラーテンと言う肉料理とポテトとスープが出てきた。吸血鬼といえど食事は人の食べるものと変わらず、同じ料理を食す。

 食事中はシャルロッテが話を振ったり盛り上げたりして、とてもなごやかだった。ソフィア公妃こうひとも仲が良く、本当の姉妹のようであった。


「悠二郎、前に水族館へ連れていってくれる約束をしましたよね」


「そうでしたね。海月くらげが見たいそうで…」


「いつ、行けますか?ソフィア義姉様ねえさまもご一緒しましょう!お兄様もお誘いして」


「そうね。でも、夫はお忙しいと思うから行くとしたら二人だけでね」


「ああ、でも!もうすぐ結婚記念日です!お二人で出かけられてはどうですか?」


「う~ん、話してみるわ」


 レオの話となるとソフィアの表情は浮かなかった。シャルロッテは話題を変えて明るく話をする。だが、レオの事はもう話題に出さなかった。





 夕食後にシャルロッテの部屋へ伺った。考えてみれば彼女の寝室へ入るのは初めてで少し緊張した。シャルロッテは駒村を椅子に案内し、紅茶と手製のシュトーレンを出された。ふた口食べた後、シャルロッテに相談内容を訊いてみた。


「それで、私にお話とは?」


「その、あの、少し聞きづらい事なのですが、はしたないと思わないで下さいね」


 まごつくシャルロッテに注目しつつ、駒村はカップを口元に運ぶ。


「男の方は、その、どうすれば、興奮しますか?」


 『興奮』の意味が分からず、アッサムティーをすすっていると、シャルロッテの次の言葉に度肝どぎもを抜かれる。


「どうすれば勃起ぼっきしますか?」


「ぶっ…!」


 吹きこぼしたお茶は熱かった。むせている駒村に驚いて、シャルロッテは立ち上がり彼の側に近付いた。


「大丈夫ですか?悠二郎!」


 シャルロッテは駒村の背中をさすりつつ、手やズボンにかかったお茶を拭き取ろうとしたが、止めさせた。動揺してしまったこともそうだが、これ以上いじょう醜態しゅうたいさらしたくなかった。シャルロッテを席に戻し、呼吸を整え彼女の質問に答えた。


「あの、シャルロッテ様。質問の理由を聞いてもいいですか?」


「その、誰にも言わないで下さいね。お兄様達のことなんですけど」


 ばつが悪そうに話し出すシャルロッテ。気管の中の異物を落ち着かせ駒村も耳を傾ける。


「そういうことが、あまりないというか、子供ができないというか。まだ、結婚して一年ですし、私が気にする事じゃないんですけど、ソフィア姉様が悩んでて」


「公妃様が?」


「はい、新婚以来してないそうなんです。勇気を出して誘ってみても、断られるとか」


 いくら公爵家と仲良くしているからと言って、レオ大公の夜の事情まで相談されるとは思わなかった。いたたまれない気持ちにえ話を聞く。


「ソフィア姉様、すっかり落ち込んでしまって、自分に落ち度があるのか、それとも心変わりしてしまったのか。もしかして!お兄様が、不能ふのうになってしまったとか!」


「あのっ、シャルロッテ様、それは考え過ぎかと!」


「では、どうしてでしょうか?」


「ん~、大公の心中は私には分かりませんが、子供をつくるのはまだ早いと考えておられるからでは?」


 駒村の言葉にシャルロッテは顔を伏せてしまった。勝手な推測だと訂正しようとしたところ、こぼすようにシャルロッテがつぶやく。


「やっぱり、そう思いますか?」


「何か心当たりでも?」


「いえ、はっきりとは。でも、お兄様が何か思い詰めているのは、薄々うすうすと」


 シャルロッテもソフィアもレオから直接言われた訳ではないが、彼の心境を察していたのだ。



「悠二郎、お兄様に何かあったの?」



 シャルロッテが駒村を呼んだのは恐らく、これが本題だろう。だが、駒村は何も答えなかった。沈黙ちんもくする駒村を見て、シャルロッテは彼の手を握り優しく微笑ほほえむ。


「悠二郎、お兄様を支えてあげて下さい。お願いしますね」


 小さくなめらかな手を駒村は握り返した。返事の代わりに微笑ほほえみ返すと、シャルロッテは満面の笑みを浮かべた。

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