ルドルフ公国~ヴラドミル王国第七公爵日本移譲地~

きくらげ

第1話 レオ大公

 バラ窓のステンドガラスから陽光ようこうが降り注ぎ、その中でチェスを打つ二人の男がいた。すでにエンドゲームまで進んでおり、白のキングがチェックメイト手前へと差し掛かっている。負けている彼は手を考えるのをやめ、世間話をし始めた。


大公たいこう、庭園の薔薇ばらが見事に咲いています。ご覧になりましたか?」


 尖端せんたんアーチ型の窓の向こうには庭師が整えた美しい薔薇園ばらえんが広がっている。彼は妖艶ようえんな銀の髪を揺らし、真紅しんくの瞳で庭園を一瞥いちべつする。


「そうだな、まだ見てはいないが…」


「よろしければ散策さんさくなさいますか?お供します」


「いや、遠慮しよう」


 提案を突っぱねられ男は肩を落とす。何か他に話題はないかと考えていると、彼はひじ掛けから離れて姿勢を正した。


駒村こまむら、もう逃げるのは止めたらどうだ」


 『すでにチェスの勝負は決していら敗けを認めろ』と、投了を促す言葉なのだが、駒村には違うように聞こえた。


「参りました。やはり、大公には敵いませんね」


「お前が弱すぎるんだ。攻めるも守るも手が甘い」


 19歳の青年にばっさりと両断りょうだんされて苦笑いをする駒村。だが、口調に少し柔らかみが出てきたことに安堵あんどした。


「あの、レオ大公たいこう…」


 話始めた途端、彼は立ち上がった。驚く駒村をました顔が見下ろす。


「今日はもう失礼する。次はいい返事を期待している」


 彼は白いマントをひるがえし足早に去っていく。一人部屋に残された駒村は大きな溜め息をいて、チェスの駒を片付け始めた。






 駒村は談話室を出て回廊かいろうを通り東館の方へ向かう。二階の長官室に行き戸を叩いて中に入る。駒村の姿を見て、公国庁長官こうこくちょうちょうかん涛川みながわは椅子から離れて結果を聞く。


「どうだった?」


 駒村は黙って首を横に振る。その暗い表情を見て涛川みながわも返す言葉がない。


「せめて『上限制度じょうげんせいど』の改定だけは、通してくれないかということでした」


 涛川は頭を抱え机にもたれた。駒村も険しい表情で立ち尽くし、1ヶ月前のことを思い出していた。





 1ヶ月前。

 ルドルフ公国が領土拡大と人口の増加を立案してきた。





 ヴラドミル王国第七公爵日本移譲地。通称ルドルフ公国。



 それは日本に存在する吸血鬼の公国。吸血鬼は15世紀のルーマニアを起源とし、現在では50万人の存在が認められている。主にヨーロッパを拠点とした独自の国家体制を築いており、全部で16の国がある。


 近代まで吸血鬼は徹底した不可侵ふかしんを強いていた。そのため、人間の戦争や領土争いにも関わらずにいたし、人間達も吸血鬼の特異性を知っていたために手出しすることはなかった。だが、科学技術の発展がその均衡きんこうを崩し始め、吸血鬼の優位性ゆういせい瓦解がかいしていった。更に、世界的気運によって奴隷制が廃止され、人を抱え込めなくなった彼らは、強制的に人間達と同じテーブルに着かざるを得なくなった。


 20世紀に入り、国連で吸血鬼の国を各国に振り分けることが決議された。理由は単純なもので、人の血液を食糧とする彼らを各国で負担しようという思惑だ。今まではヨーロッパに集中していた人口を方々ほうぼうに分けて、重荷を減らすと共に吸血鬼の勢力をいでいった。アジア圏には4家が移動し、日本にやって来た吸血鬼の国がルドルフ公国なのである。


 先程、駒村がチェスをしていた相手が、ルドルフ公国の元首げんしゅ、レオ・アレクサンドル・ルドルフ公爵であった。若干15才で爵位を継ぎ、日本における吸血鬼達の主であり窓口でもある。駒村は、元外務省の職員でありドイツ語が堪能たんのうなため、通訳として公私ともにルドルフ家を支えてきていた。


 今まで公国との関係は良好なものであったが、レオの議案によって暗雲あうんが立ち込めた。レオに最も近しい駒村の説得も通じなかったとなると、本格的に公国側と交渉するしかない。駒村の表情は更に暗くなった。

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