第2話 上限制度

 ルドルフ公国の人口はおよそ3.9万人。正確には3万9千3百28人。議会は一院制で、レオ大公から政府を代表する国務大臣こくむだいじんが任命され、5名の政府顧問大臣せいふこもんだいじんが国務大臣を補佐ほさしている。



 5月12日の火曜日に、公国側の政府と話し合いの場を設けた。レオと6人の大臣、そして公国庁長官こうこくちょうちょうかんと5人の職員が対面して座っていた。議題はもちろん、『上限制度じょうげんせいどの改定』についてである。


 『上限制度じょうげんせいど』とは日本国における公国領の吸血鬼を4万人に定めるという人数制限にんずうせいげんの事である。


「制度改定は急務きゅうむです。即座に法案にして議会に提出して貰いたい」


 毅然きぜんとした態度のレオに乗っけから押され気味の公国庁側。気弱な声の涛川なみかわが意見をうかがう。


「具体的には何人の増加を希望ですか?」


「あと1万増加してもらいたい」


「いっ、1万っ?」


 一番大きな声で驚いたのは古舘ふるだてであった。彼は血液の確保・運搬を担当していた。


「待ってください!本気であと1万人上限人数を増やせと言うんですか!」


 上限制度の改定に最も難色なんしょくを示したのは彼であった。この4年間、血液をかき集めるのに奔走ほんそうしてきたのは古舘ふるだてだったからだ。医療機関とのいざこざや提供者との悶着もんちゃく・献血への風評被害ふうひょうひがいなど、トラブルばかりの日々であった。


「今、公国に血液を分けてくれる人の数は都内で6万5千人。全国計算では10万人近くいますが、人には体調というものがありますし、変動する事を考えれば、最低人数は9万人になります」


 古舘は公国に献上している血液の詳細を話はじめた。


「1日に一人が採取さいしゅできる血液量は平均400ml(ミリリットル)。これは吸血鬼4人分をおぎなうことができます。それが、3万9千人ですから1日約9750人。2週間に一度100mlの血液摂取けつえきせっしゅが一年で26回、提供者に年3回の献血を依頼して、単純計算で1年で提供者は8万4500人必要になります」


 古舘の演説に皆固唾かたずを飲んで聞き入る。


「最初に申し上げた9万人は上限制度4万人に対して、公国の移動の際、確保した人数になります。5万人となれば、最低でも、11万人!新たに2万人近くを提供者にせよと仰られるのですか!」


「公国庁や日本国の皆様に多大な負担をかけているのは、重々じゅうじゅう承知です。ですが、4万人の上限にも『余裕』がなくなってきている事も理解していただきたい」


「だから、増加しろと?現実的じゃない!」


「日本の人口は1億人いるというのに?」


 レオの発言に古舘は頭に血が上り、机を叩き怒鳴り付ける。


「あなたは人の数を食糧の数とお考えか!」


 公国庁側の誰もが肝を冷やし、涛川なみかわが古舘をいさめた。駒村も不安な表情で見つめていた。レオは背もたれに体を預け黙っていると、隣に座っていた国務大臣こくむだいじんが口を開く。


「あなた方は、『最短サイクル』というのをご存じですか?」


 その言葉に駒村以外は全員首をかしげた。レオも眉をひそめているが、せいすることはしなかった。


「簡単に言ってしまえば、人生のサイクルを最短で行うということです。我が公国では成人は15歳、結婚・出産は20代から30代前半。そして、寿命は50代後半から60代になっています」


 ルドルフ公国では、60代以上は特殊な役職以外の者はほとんど存命していないのだ。


「日本に来る前は公国の人口は4万人弱いましたが、日本の提示数が4万人だったため、2千人を『ミルフェムの御手みてに捧げる』しかありませんでした」


 『ミルフェムの御手みてに捧げる』と大臣は形容けいようした。ミルフェムとは彼らが信仰する女神のことで、死を司る神である。4年前にルドルフ公国は、国の未来のために2千人近くを『安楽死』させたのだ。

 その苦渋くじゅうの決断をしたのは、先代の大公であり自身もその数の中に入っていた。レオの成人と同時に爵位を譲り、夫妻共に『死』を選んだ。


「子供が成人したら家業を継がせ、それが安定したら人口の削減に貢献こうけんする。そうやって、切り詰められる『数』は切り詰めてきました」


 全員の表情は暗かった。公国がどれ程身をけずって『数』を維持していたのかを突きつけられ、皆口をつぐんでしまう。


「それでも、間に合っていないのが現状なんです。先程、古舘殿が『人の数を食糧の数と考えているのか』と仰っていましたね。では、上限制度の『4万』という数の中には、人生の数も入っているのですか?」


 思い沈黙がしばらく流れた。

 涛川も駒村も言い返すことが出来ずにいたが、古舘ははっきりと事実を伝える。


「公国の苦辛くしんは理解しますが、こちらも厳しいんですよ」


「我々にこれ以上どうしろと言うのだっ!このままでは数があぶれてしまうのだぞ!」


「それは、貴殿方あなたがたの管理が上手くいっていないからではないですか?」


 その言葉に、国務大臣は理性を失った。


「ふざけるな!」


 大臣は机を叩いて怒りをぶつけた。


 それだけなら、古舘人間もしていたことだが、彼の叩き付けたこぶしは天坂を大きくへこませ、恐ろしい威力いりょくを見せつけた。


 人間側もそうだが、吸血鬼側も彼の行動に血の気が引いた。本人も青ざめた顔をしており、固まってしまう。


「今日はもう引き上げることにする。また、改めて話し合いの場を設けたいと思う」


 レオが切り上げたことで、会議は強制的に終了した。






 駒村は一番最後に部屋を出て戸締まりをする。鍵を持って東館へ向かおうとすると、廊下の奥にレオの姿を見付ける。先程の会議で怒りをぶつけてきた大臣が、レオの前にかしこまり肩を震わせながら謝罪していた。


「申し訳ありません、こう。つい、我を忘れて」


「いいんだ、謝るな。お前の気持ちはわかってる。娘夫婦のことは私も心を痛めている」


「……はい」


 彼の肩を擦りながらなだめるレオの姿を駒村は黙って見ていた。


「人間達と交渉するには忍耐が必要だ。これから先、長い戦いになる。だが、私は決して諦めるつもりはない。共に尽力してくれるか?」


 彼は深くうなずき背筋を正して敬礼する。大臣を見送ったレオは駒村の方を振り向いた。すような紅い瞳にしばらくにらまれたが、やがて日陰ひかげの中へ消えていった。


 公国側は議案ぎあんを取り下げる気はない。だとすれば、今日のような衝突しょうとつは避けようがなくなってくる。駒村はレオとの決別けつべつを覚悟した。



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