女性初の将棋プロ棋士へ

女性初のプロ棋士の栄冠は渡さない！

１　取（と）るか躱（かわ）すか正解（せいかい）は？

　４月（がつ）某日（ぼうじつ）、第21回（だいにじゅういっかい）小学生（しょうがくせい）将棋（しょうぎ）駒（こま）プリンセス戦（せん）の四国（しこく）予選（よせん）決勝（けっしょう）の舞台（ぶたい）。

　局面（きょくめん）は終盤（しゅうばん）に入（はい）っていた。一手（いって）違（ちが）いの激（はげ）しい終盤戦（しゅうばんせん）。私（わたし）の読（よ）みが正（ただ）しければ一手（いって）勝（が）ちしてる……はずなんだけれど？

　読（よ）み筋（すじ）にない勝負手（しょうぶて）を指（さ）されて焦（あせ）る。玉頭（ぎょくとう）に叩（たた）かれた歩（ふ）。取（と）るか躱（かわ）すか。秒読（びょうよ）みの中（なか）、最後（さいご）まで読（よ）みきれない。ここは……。

　強（つよ）く玉（ぎょく）で取（と）った。玉（ぎょく）で取（と）る手（て）は一見（いっけん）一番（いちばん）危（あぶ）なそうに見（み）えた手（て）だった。玉（ぎょく）で取（と）れば相手（あいて）の王手（おうて）が続（つづ）く。けれども、他（ほか）の手（て）ではダメだと思（おも）った。詰（つ）まされたら仕方（しかた）がない。

　十数手後（じゅうすうてご）――。

「負（ま）けました」

　相手（あいて）の子（こ）が投了（とうりょう）。正直（しょうじき）燃（も）え尽（つ）きていた。相手（あいて）に歩（ふ）がもう一枚（いちまい）あれば詰（つ）まされていた。

　ともあれ駒（こま）プリ全国（ぜんこく）大会（たいかい）の切符（きっぷ）は摑（つか）めたわけだ。

２　女性（じょせい）の脳（のう）は将棋（しょうぎ）に向（む）いてない？

　よく誤解（ごかい）されるのだが2020年（ねん）３月末（がつまつ）の時点（じてん）で女性（じょせい）の将棋（しょうぎ）のプロ棋士（きし）はまだ誕生（たんじょう）していない。

「女性（じょせい）のプロ棋士（きし）いるよね？　里見香奈（さとみ かな）さんとか」

　などと言（い）われることも多（おお）いが里見香奈（さとみ かな）さんは女流棋士（じょりゅうきし）である。女流（じょりゅう）プロという言（い）い方（かた）もするが厳密（げんみつ）にはプロ棋士（きし）ではない。

　簡単（かんたん）に説明（せつめい）するとプロ棋士（きし）になるには奨励会（しょうれいかい）に入（はい）って級位（きゅうい）段位（だんい）を上（あ）げていき、半年間（はんとしかん）掛（か）けて争（あらそ）われる三段（さんだん）リーグで２位以内（いいない）に入（はい）ると晴（は）れてプロ棋士（きし）となれる。原則（げんそく）として１年（ねん）に４人（よにん）しかプロ棋士（きし）になれないという狭（せま）き門（もん）である。

　但（ただ）し大（おお）きく例外（れいがい）がふたつあって、ひとつは三段（さんだん）リーグ３位（い）の者（もの）には次点（じてん）が与（あた）えられ次点（じてん）２回（かい）でフリークラスという、順位戦（じゅんいせん）に参加（さんか）出来（でき）ない、いわば半人前（はんにんまえ）のプロ棋士（きし）になれる。この場合（ばあい）10年（ねん）以内（いない）に所定（しょてい）の成績（せいせき）を収（おさ）め順位戦（じゅんいせん）Ｃ級（きゅう）２組（くみ）に上（あ）がらないと引退（いんたい）させられてしまう。

　この春（はる）、西山朋佳（にしやま ともか）奨励会（しょうれいかい）三段（さんだん）が３位（い）になって次点持（じてんも）ちとなった。次（つぎ）３位（い）以内（いない）に入（はい）るとプロ棋士（きし）になる。１位（い）２位（い）だと普通（ふつう）のプロ棋士（きし）に、３位（い）だと次点（じてん）２回（かい）でフリークラスのプロ棋士（きし）だ。

　私（わたし）が早（はや）く追（お）いつき追（お）い越（こ）さないと女性（じょせい）のプロ棋士（きし）第（だい）１号（ごう）の座（ざ）は西山（にしやま）さんのモノになってしまう。

　もうひとつの例外（れいがい）はプロ棋士（きし）編入（へんにゅう）試験（しけん）。棋士（きし）番号（ばんごう）の若（わか）い、つまりプロになった直近（ちょっきん）の５人（にん）と指（さ）して３勝（しょう）以上（いじょう）で合格（ごうかく）というもの。この場合（ばあい）も半人前（はんにんまえ）のフリークラスに編入（へんにゅう）となる。

　2020年（ねん）には将棋（しょうぎ）ユーチューバーで元（もと）奨励会（しょうれいかい）三段（さんだん）の『アゲアゲ』さんこと折田翔吾（おりた しょうご）アマが見事（みごと）、プロ棋士（きし）編入（へんにゅう）試験（しけん）に合格（ごうかく）してプロ棋士（きし）となった。

　女性（じょせい）のプロ棋士（きし）がいないということで、

『女性（じょせい）は空間（くうかん）認識（にんしき）能力（のうりょく）が、男性（だんせい）に比（くら）べて劣（おと）っているためプロ棋士（きし）となるに至（いた）らない』

という説（せつ）もあるが正（ただ）しくないと思（おも）う。

　女性（じょせい）がプロ棋士（きし）になれないのには様々（さまざま）な理由（りゆう）があるけれど一番（いちばん）の理由（りゆう）は競技（きょうぎ）人口（じんこう）の少（すく）なさだろう。

　女性（じょせい）の能力（のうりょく）(脳力（のうりょく）)が男性（だんせい）と比（ひ）して劣（おと）っているという意見（いけん）は決（けっ）して認（みと）められない。

３　森咲彩乃（もりさき あやの）　小学（しょうがく）６年（ねん）11歳（じゅういっさい）　目標（もくひょう）は女性（じょせい）の将棋（しょうぎ）プロ棋士（きし）第（だい）１号（ごう）

「彩乃（あやの）さん、指（さ）そうか？」

　天城（あまじょう）先生（せんせい）が声（こえ）を掛（か）けて下（くだ）さった。天城慶一（あまじょう けいいち）先生（せんせい）は『天城（あまじょう）将棋（しょうぎ）センター』という名（な）の道場（どうじょう）を運営（うんえい）されておられ、その一環（いっかん）として『天城（あまじょう）将棋（しょうぎ）教室（きょうしつ）』も開（ひら）かれている。

　競技者（きょうぎしゃ）としても全国（ぜんこく）屈指（くっし）の超（ちょう）強豪（きょうごう）棋士（きし）でアマチュア六段（ろくだん）。アマチュア棋界（きかい）最強（さいきょう）のひとりと呼（よ）ばれている。

　たぶん40歳代（よんじゅっさいだい）くらいで奥（おく）さんと息子（むすこ）さんの３人暮（にんぐ）らし。

　２ヶ月（かげつ）ほど前（まえ）の２月（がつ）29日（にじゅうくにち）のうるう日（び）に、娘（むすめ）さんが旅行先（りょこうさき）で羆（ひぐま）に襲（おそ）われて亡（な）くなられている。享年（きょうねん）24歳（さい）。

　その亡（な）くなられた娘（むすめ）さんは辰子（たつこ）さんというのだが、その辰子（たつこ）さんとは月（つき）に数局（すうきょく）指（さ）していた。この道場内（どうじょうない）で私（わたし）より強（つよ）い女性（じょせい）は辰子（たつこ）さんしかいなかった。辰子（たつこ）さんも女性初（じょせいはつ）のプロ棋士（きし）を目指（めざ）していたらしいけれど中学（ちゅうがく）のときに伸（の）び悩（なや）んで挫折（ざせつ）。現在（げんざい）は働（はたら）きながら小説（しょうせつ）投稿（とうこう）サイト『カコヨモ』に小説（しょうせつ）を投稿（とうこう）しながらプロの小説家（しょうせつか）を目指（めざ）していた矢先（やさき）での訃報（ふほう）だった。

　辰子（たつこ）さんはいつも、

「私（わたし）の分（ぶん）も頑張（がんば）って、絶対（ぜったい）にプロ棋士（きし）になってね♪　私（わたし）は彩乃（あやの）ちゃんのファン第（だい）１号（ごう）だよ☆　私（わたし）もプロの小説家（しょうせつか）になるから、そしたら将棋（しょうぎ）雑誌（ざっし）で対談（たいだん）しよう♡」

　と言（い）ってくれていた。凄（すご）く可愛（かわい）がってくれて、食（た）べに連（つ）れていってもらったり、誕生日（たんじょうび）等（など）の前後（ぜんご）にはプレゼントを貰（もら）っていた。最後（さいご）に貰（もら）ったのは２月（がつ）でチョコレートとツチノコのキーホルダー。

　辰子（たつこ）さんの小説（しょうせつ）は『性描写（せいびょうしゃ）有（あ）り』のマーク付（つ）きで刺激（しげき）が強過（つよす）ぎて、『はわわっ！』ってなってしまって途中（とちゅう）で読（よ）むのをやめてしまった。もう少（すこ）し大人（おとな）になったら読（よ）んでみようと思（おも）いフォローは付（つ）けたままだ。

　私（わたし）は辰子（たつこ）さんの分（ぶん）まで頑張（がんば）らないといけない。

　辰子（たつこ）さんが亡（な）くなられ天城（あまじょう）将棋（しょうぎ）センターは一週間（いっしゅうかん）お休（やす）みされていたけれど教室（きょうしつ）再開後（さいかいご）の天城（あまじょう）先生（せんせい）はそれまでと変（か）わったふうには見（み）えなかった。私（わたし）からもお悔（くや）やみの言葉（ことば）を述（の）べるなんてことは出来（でき）ず、先生（せんせい）のお考（かんが）えは不明（ふめい）のままだ。

　天城（あまじょう）先生（せんせい）には飛車落（ひしゃお）ちの手合（てあ）いで教（おし）えて頂（いただ）いているのだけれどほとんど勝（か）てない。

　以前（いぜん）あまりにも勝（か）てないので対局後（たいきょくご）に泣（な）きだしたことがある。その時（とき）天城（あまじょう）先生（せんせい）はこうおっしゃった。

「彩乃（あやの）さんはプロ棋士（きし）を目指（めざ）してるんだろう？　『プロ棋士（きし）を目指（めざ）す』っていうことは『Ａ級（きゅう）八段（はちだん）あるいはタイトルを取（と）る』ってことなんだ。当（あ）たり前（まえ）の話（はなし）だけれど、トッププロは僕（ぼく）よりもずっと強（つよ）い。10局（じゅっきょく）指（さ）して一番（いちばん）入（はい）ったら(ひとつ勝（か）てたら)飛（と）び上（あ）がって喜（よろこ）ぶくらい強（つよ）いんだ。実際（じっさい）公式戦（こうしきせん）でＡ級（きゅう）棋士（きし）に勝（か）てたときは夜（よる）眠（ねむ）れなかった。キミはそういう立場（たちば）にならないとダメなんだ。もし彩乃（あやの）さんの目指（めざ）すところが『プロ棋士（きし）の最底辺（さいていへん）フリークラスで10年（ねん）経（た）ったら引退（いんたい）で女流（じょりゅう）棋士（きし）に編入（へんにゅう）』ってところなら僕（ぼく）はいくらでも手加減（てかげん）しよう。ただそれではキミがプロ棋士（きし）になれる可能性（かのうせい）は限（かぎ）りなくゼロに近付（ちかづ）くと思（おも）うけれど」

　天城（あまじょう）先生（せんせい）は心（こころ）を鬼（おに）にして私（わたし）と向（む）き合（あ）ってくれていたのだ。小学生（しょうがくせい）を相手（あいて）に本気（ほんき）で真剣（しんけん）に真摯（しんし）に。

４　指導（しどう）は厳（きび）しいけれどもその裏（うら）には愛（あい）がある

「天城（あまじょう）先生（せんせい）、棋譜（きふ）を見（み）て頂（いただ）いてよろしいですか？」

　私（わたし）は時々（ときどき）ネットで指（さ）した将棋（しょうぎ）の棋譜（きふ）を見（み）てもらっていた。

――この局面（きょくめん）で仕掛（しか）けていれば彩乃（あやの）優勢（ゆうせい）になってたんじゃないの？

――ここで一手（いって）玉（ぎょく）を寄（よ）っていれば最後（さいご）の一手（いって）負（ま）けが一手（いって）勝（が）ちにひっくり返（かえ）っていたね。

――もっと辛抱（しんぼう）強（づよ）く指（さ）さないとダメだ！

『助（たす）からないと思（おも）っても助（たす）かっている』

　知（し）ってるだろ？　大山康晴（おおやま やすはる）十五世（じゅうごせい）名人（めいじん）の珠玉（しゅぎょく）の至言（しげん）だ。

『百折不撓（ひゃくせつふとう）』

　百回（ひゃっかい）折（お）られても決（けっ）して倒（たお）れない。木村一基（きむら かずき）王位（おうい）は不屈（ふくつ）の闘志（とうし）で46歳（さい）にして初（はつ）タイトルを獲得（かくとく）した。

　粘（ねば）り強（づよ）く指（さ）し劣勢（れっせい）の局面（きょくめん）を複雑化（ふくざつか）させていく。この精神力（せいしんりょく）、この技術（きじゅつ）、そして体力（たいりょく）。これを欠（か）いてトップに立（た）った棋士（きし）はひとりもいない。

――――――

――――

――

　小学生（しょうがくせい）にトップと同（おな）じ心構（こころがま）えを持（も）てという。

　正直（しょうじき）厳（きび）しい。けれどもそこまでやらないとプロ棋士（きし）になれないんだ。

　もし私（わたし）がフリークラスの棋士（きし）になったとして10年後（ねんご）あっさり引退（いんたい）に追（お）い込（こ）まれて女流棋士（じょりゅうきし）へと転向（てんこう）すれば、初（はつ）の女性（じょせい）のプロ棋士（きし）ということで応援（おうえん）してくれていた多（おお）くの人（ひと）たち――とくに女性（じょせい）たち――をがっかりさせてしまう。

　ただプロになることが目的（もくてき）じゃない！

　天城先生（あまじょうせんせい）がＡ級（きゅう）八段（はちだん）あるいはタイトルホルダーを目指（めざ）せと言（い）うのはそういうことなのだ。

５　2020年（ねん）８月（がつ）某日（ぼうじつ）。第21回（だいにじゅういっかい）小学生（しょうがくせい）将棋（しょうぎ）駒（こま）プリンセス戦（せん）本戦（ほんせん）１日目（にちめ）

　両親（りょうしん）や天城（あまじょう）先生（せんせい）と一緒（いっしょ）に東京（とうきょう）にやってきた。

　２日間（ふつかかん）掛（か）けて決勝（けっしょう）まで指（さ）されるトーナメント戦（せん）。負（ま）けたら終了（しゅうりょう）の厳（きび）しい世界（せかい）。

　50名（めい）中（ちゅう）、２日目（ふつかめ）に残（のこ）れるのは４人（よにん）だけ。

　けれどもここで優勝（ゆうしょう）すれば奨励会（しょうれいかい）試験（しけい）を受（う）けることを許（ゆる）される。負（ま）けられない。

　予選（よせん）からの４ヶ月（かげつ）で自分（じぶん）でもはっきり強（つよ）くなったと自負（じふ）している。

　天城（あまじょう）先生（せんせい）との手合（てあ）いは角落（かくお）ちに、しかも角落（かくお）ちで５回（かい）に１回（いっかい）は勝（か）てるようになっていた。

　天城（あまじょう）先生（せんせい）曰（いわ）く

「僕（ぼく）と角落（かくお）ちで指（さ）して勝（か）つことがある奨励会員（しょうれいかいいん）以外（いがい）の小学生（しょうがくせい）は彩乃（あやの）さんだけだろう☆」

という。もちろん、私（わたし）に自信（じしん）をつけさせるために言（い）ったという側面（そくめん）もあるだろう。

　けれども私（わたし）はこれをただのリップサービスだとは思（おも）っていない。

　この大会（たいかい）で圧勝（あっしょう）するくらい強（つよ）くないとプロ棋士（きし）になんてなれっこない。

　この大会（たいかい）で圧倒的（あっとうてき）な差（さ）を見（み）せつけて優勝（ゆうしょう）し、駒（こま）プリの称号（しょうごう）を名刺（めいし）代（が）わりに奨励会（しょうれいかい）へと殴（なぐ）り込（こ）むのだ。

６　ベスト８（エイト）

　ここで勝（か）てば準決勝（じゅんけっしょう）進出（しんしゅつ）で２日目（ふつかめ）に残（のこ）ることが出来（でき）る。

　相手（あいて）は角道（かくみち）を止（と）める昔（むかし）ながらの四間飛車（しけんびしゃ）から藤井（ふじい）システムを匂（にお）わせてきた。これにはこちらも急戦（きゅうせん）を見（み）せつつ隙（すき）を見（み）て穴熊（あなぐま）に組（く）み上（あ）げた。

　しかも、かつてプロ間（かん）で組（く）めば勝率（しょうりつ）８割（わり）といわれた松尾流（まつおりゅう）居飛車（いびしゃ）穴熊（あなぐま）だ。

　その圧倒的（あっとうてき）堅（かた）さの前（まえ）に少々（しょうしょう）の無理攻（むりぜ）め無茶攻（むちゃぜ）めを通（とお）してしまう。『穴熊（あなぐま）の暴力（ぼうりょく）』とまで言（い）われた囲（かこ）い・戦法（せんぽう）である。

　しかし気（き）が付（つ）くと相当（そうとう）苦（くる）しくなっていた。攻（せ）めがない。もしこのまま攻（せ）めが切（き）らされれば為（な）す術（すべ）がない。

　如何（いか）に松尾流（まつおりゅう）穴熊（あなぐま）が堅（かた）かろうと、と金攻（きんぜ）めのヤスリがけの前（まえ）では無力（むりょく）。攻（せ）めが切（き）れた時点（じてん）で投了（とうりょう）、穴熊（あなぐま）の姿焼（すがたや）きの完成（かんせい）である。

　ううっ、考（かんが）えろ森咲彩乃（もりさき あやの）。攻（せ）めを切（き）らさないためにはどうすれば良（い）い？

　既（すで）にまともな手段（しゅだん）では追（お）いつけない局面（きょくめん）。やるしかない。非常手段（ひじょうしゅだん）だ。

　穴熊（あなぐま）を崩（くず）して攻（せ）め駒（ごま）に回（まわ）す。銀桂（ぎんけい）を使（つか）って更（さら）に玉頭（ぎょくとう）の歩（ふ）と香（きょう）も使（つか）って端（はし）攻（ぜ）め。囲（かこ）いがもたなければ上（うえ）に脱出（だっしゅつ）する。

　呑気（のんき）にと金（きん）を作（つく）っていた相手方（あいてがた）は、まさかの勝負手（しょうぶて）に驚（おどろ）いたらしい。

　本来（ほんらい）はこんな無茶（むちゃ）が通（とお）るはずないが、あまりにも私（わたし）が堂々（どうどう）と指（さ）したので勝算（しょうさん）がある攻（せ）めだと勘違（かんちが）いしたらしい。時間（じかん）を使（つか）って悪手（あくしゅ）を指（さ）す。二手（にて）連続（れんぞく）の疑問手（ぎもんしゅ）で、体勢（たいせい）が入（い）れ替（か）わった。もう間違（まちが）えない☆

７　終盤（しゅうばん）の魔女（まじょ）

　引退（いんたい）された高知（こうち）出身（しゅっしん）の森雞二（もり けいじ）九段（くだん）は『終盤（しゅうばん）の魔術師（まじゅつし）』と呼（よ）ばれる棋士（きし）だった。

　同（おな）じく高知（こうち）出身（しゅっしん）の私（わたし）はというと？

　テレビ画面（がめん）に映（うつ）るのはＮＨＫ杯（はい）将棋（しょうぎ）トーナメント。

「先生（せんせい）、本日（ほんじつ）の見（み）どころはどういったところでしょうか？」

　司会（しかい）の女流（じょりゅう）棋士（きし）が解説役（かいせつやく）の棋士（きし）に訊（たず）ねる。

「そうですね。『千駄ヶ谷（せんだがや）の受（う）け師（し）』対（たい）『終盤（しゅうばん）の魔女（まじょ）』の戦（たたか）いですからね。木村（きむら）さんの受（う）けを森咲（もりさき）四段（よだん）がどう切（き）り崩（くず）すかというところでしょうね。『爆発（ばくはつ）呪文（じゅもん）』と呼（よ）ばれる森咲（もりさき）四段（よだん）の奇想天外（きそうてんがい）な攻（せ）めはプロ的（てき）には『あり得（え）ない』のに勝（か）っちゃう。さすがの木村（きむら）さんも戦々恐々（せんせんきょうきょう）としてるのではないですか？　面白（おもしろ）い女性（じょせい）がプロ棋士（きし）になってくれました」

　おしまい