第1753話「星をつくる種子」

 その星は小さく、暗いものだった。生命と呼べる存在は皆無。それどころか、原始的な生命の発生要件すら満たしていなかった。漂流者たちがその星を選んだのは、強い理由があったからではない。長きにわたる航海の末、もはや続進も後退も望めないと判断したからだ。


 事前に定められたプロトコルに従い、未開の星に最初の開拓者が降り立った。それは全くの虚無と呼ぶべき調査データを母船に送ったのち、自ら命を絶った。


 最初の開拓者からもたらされた情報を元に、次なる手立てが考えられた。生命は皆無、今後の萌芽さえ絶無。そんな絶望的な状況であっても、諦めるという選択はなかった。


 漂流者たちは、種を落とした。


 狭すぎる土地を広げるため。


 寒すぎる空を温めるため。


 硬すぎる水を柔らげるため。


 乏しすぎる光を強めるため。


 未来永劫にわたり変化のない、時間すら停止したような星に、生命を芽吹かせた。


 それはまさしく、天変地異であった。

 大地が轟き、火が吹き荒れ、嵐がうずまき、水がうねる。谷が割れ、山が隆起し、湖が陥没し、地軸が歪む。13時間26分11秒の自転周期は24時間に調整された。102日1時間2分55秒の公転周期は365日に調整された。1Gの重力で安定するように土地が耕され、時間は1秒で1秒経過するように改善された。

 アミノ酸が生み出され、タンパク質が形作られ、音のない世界に産声があがる。

 過酷な長旅を終えた方舟から落とされた種が、荒涼とした星を生命の溢れる花園へと変えていく。


 強き意志がこれを牽引した。

 生命を作るという神にも迫る偉業を達するため、強引にも計画を推し進めた。


 深き叡智がこれを支えた。

 計画の綻びをいちはやく見つけ出し、早期に修繕した。あらゆるリスクを検討し、先手を打って対策した。


 尽きぬ愛がこれを包んだ。

 過酷な開墾に従事する者を鼓舞し、励ました。斃れる者を厚く弔い、生まれる者を激しく喜んだ。


 天地開闢の時代である。

 まさしく、ただの無個性であった暗い星の、歴史が始まった瞬間である。


 この時代、最初に落とされた四つの種子。


 狭すぎる土地を広げるため。


 寒すぎる空を温めるため。


 硬すぎる水を柔らげるため。


 乏しすぎる光を強めるため。


 その種から芽吹いたものは、大地を広げ、空を温め、水を柔らげ、光を強め――。


 役目を終えてなお、消え去りはしない。時代という大きな流れの奧、秘匿された厚いヴェールの下、しかし確かに今も、そこに。


━━━━━


「はええ……?」


 ブラックダークの詩を朗読するような説明が終わる。黙ってそれを聞いていたシフォンの、開口一番の感想がそれだった。


「つまり、どういうこと?」

『惑星イザナミをテラフォーミングするために落とされた生命の種のなかでも、最初期に落とされた四つの種は一際強力なの。そのうちの一つが、これってこと』

「はえーー」


 簡単に噛み砕いてくれたクナドの説明を聞き、シフォンは分かったのか分からないのか曖昧な声を出す。そしてちらりと、現在も急成長を続けている大樹を一瞥し、数秒の沈黙。


「はえええええええええっ!?」


 そこでようやく理解が追いついたのか、大きな声で驚愕した。


「つまり、星の在り方さえ変えるレベルの原始原生生物ってことだ。火を噴いたり雷落としたりとは文字通り格が違うんだな」

『そういうこと。私としては、今すぐこの島から撤退して、対策を考えることを推奨するわ』


 この場から、ではなく、島から。クナドは〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉のみならず、〈花猿の大島〉まで喪失することを前提に置いているらしい。地形を変えるどころの話ではない。それほどまでに、この"星の枝"という原始原生生物の影響は甚大なのだ。

 しかし、だからといってすんなり頷くわけにはいかない。


「すまん、クナド。ここにはウェイドがいるんだ」


 今も枝の圧迫に抵抗し続けているウェイドがいる。彼女を置いて逃げるわけにはいかない。


『八尺瓊勾玉なんて捨てなさい。今はそんなところで迷ってる余裕がないの』

「ウェイドだけじゃない。コノハナサクヤも、トヨタマも、チィロックもいる。それに、コノハナサクヤが復活させようとしてきた黒神獣の連中もな」


 取り残したくないのはウェイドだけではない。ここには多くの仲間がいる。中には軽々しく機体を捨てろとは言えない者も。

 特に黒神獣は、もともと第零期選考調査開拓団員だった存在だ。彼らは、クナドたちも知らぬものではないだろう。当然、クナドもそれは承知で言っている。


『しかし、いくら貴方でも"星の枝"をどうにかするなんて……』


 なおも食い下がるクナド。

 その時だった。


「とぉおおおおおおりゃーーーーーーーーーっ!」


 猛々しく突き抜ける声と共に、"星の枝"に強い衝撃が叩き込まれた。驚くクナドたちは、間下へ視線を向ける。大地へと深く根差す大樹の足元へ。

 そこに、巨大なハンマーを振り下ろす赤髪の少女がいた。


━━━━━

◇漂流者の手記

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