第1752話「老いたる生命」

 管理者専用機を大樹ぎりぎりまで近づけ、枝に挟まっているウェイドの様子を窺う。彼女もなんとか抜け出そうと色々策を弄しているようだが、今も強烈に締め付ける枝から逃れることはできていない。それどころか、枝は複雑に絡み合い、ウェイドを内部に取り込もうとしているように見えた。


「はえやーーーーっ!」


 再び専用機から飛び降りたシフォンが、溌剌とした声を上げて枝に切り掛かる。しかし、彼女が繰り出した機術製の斧は脆くも砕け散り、枝には傷ひとつついていなかった。


「この木、めちゃくちゃ硬いよ! というか、アーツが分解されるような感じもする!」


 ぴょんと枝を蹴って再び専用機に戻ってきたシフォンが、奇妙な手応えを報告する。アーツが分解される感覚というものがよく分からないが、彼女の言葉を信じるならば、アーツに対する完全耐性すら持っている可能性が出てきた。


『ぬぎぎぎぎっ!』

「そうは言っても、見捨てるわけにはいかないだろ」

「レッジさん、ウェイドさんの言葉が分かるんですか……?」


 私のことはいいから先に行け、とのたまうウェイドに反論していると、アイがギョッとした顔をする。


「まあ、ウェイドとも付き合いが長いからな」


 そう答えると、アイは奇妙なものを見るような目で首を傾げていた。


「とにかくウェイドの救出も最優先事項だ。この枝を切れれば早いんだが……」

「レッジさん、こういう時は俺の出番ですよ!」


 各所に指示を送っていたアストラが張り切って飛び出す。彼は相棒の神子、白い鷹のアーサーと共に空へ飛び出し、背中の剣に手を伸ばした。


「『飛刃』『剥落』『乖離』――『一閃』ッ!」


 研ぎ澄まされた刃が鞘走る。夏の青空の如く清い音だ。

 細い白線が走る。

 そして、火花が散った。


「くっ、流石に硬いですね」


 調査開拓団最強の男、アストラによる抜刀術。それさえも大樹の厚い樹皮は阻んだ。硬質な音が響き渡り、まるで金属を叩いたかのようだ。

 だが、意味はあった。

 ウェイドのすぐ側の枝が中ほどまで欠けている。アストラの剣は断ち切るには至らずとも、深く食い込んだ。


「惜しい! もう一回――はわぁっ!?」


 もどかしい声を出すシフォン。その直後、彼女は驚愕する。

 アストラが切りつけた傷跡は、むくむくと膨れあがる樹皮に埋まり、瞬く間に癒えてしまったのだ。


「これはやはり、一筋縄ではいかないようですね」


 じっとその様子を見つめていたアイが悩ましげに眉を寄せる。百戦錬磨の攻略組である彼女にそう言わしめるほど、厄介な相手であった。


「というか、普通にこの機体を捨てて別の機体で復活すればいいんじゃないの?」

『ふぎぎっ! ぎぎがが! げげごご!』

「はええ?」


 鋭い指摘をするシフォンだが、ウェイドが反論する。ウェイドの言葉が聞き取れなかったのか、シフォンは首を傾げていた。


「木が管理者機体の八尺瓊勾玉に接続したらどうなるか分からない。だから、機体だけ捨てるわけにはいかないらしい」


 ウェイドが途中でTELを途絶させたのも、その判断からだった。機体を自閉モードにすることで、外部からの干渉をできる限り抑えようとしている。逆に言えばそうしなければならないと彼女は判断したのだ。

 結局、この大樹の正体が分からないことには……。


『クックック。未だ闇は地表を覆い、古き民の鳴動に子羊の群れは惑うばかり……。我が天命は囁いている。この叡智こそが昏き道を歩く旅人たちの標となるだろう』


 突然、頭上から声が響き渡る。はっとして顔を上げれば、輝く太陽を背にして、新たな管理者専用機が飛び込んでくる。


『こういう時くらい真面目に話しなさいよ! ――レッジ、ブラックダークこいつが何か知ってるらしいわ!』

「ブラックダーク、クナド! 来てくれたのか!」


 空中分解寸前の後先考えない飛翔。やって来たのは零期団の一員であり、確か――


「運命に選ばれし……?」

『ぎゃああああああああああっ!? 言うな、覚えるな、思い出すなぁあああっ!』

『ぬおおおっ!? 〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉よ、荒ぶるでない! 古き詩を思い出し、安寧を取り戻すのだ!』

『い、今すぐお前もろとも死んでやる!!!』


 シフォンが口走った途端、管理者専用機の動きが不安定になる。そのまま一直線に地面へ落ちていこうとするそれを、慌てて操作系統を奪って安定させると、コクピットで目を血走らせているクナドが見えた。

 やはり、やって来たのはブラックダークとクナドのようだ。随分と急いで来たらしいが、何か知っている様子でもある。


「落ち着いてくれ、クナド。何を知ってるんだ?」

『はぁーーーっ! はぁーーーっ!』


 過呼吸に陥っているクナドだったが、なんとか平静を取り戻す。横並びになった管理者専用機のドアが勢いよく開き、そこから黒衣の少女が姿を現す。眼帯で片目を隠し、腕に包帯を巻き、更にシルバーの指輪とネックレスを身に付け、随分と様になっているブラックダークである。


『悠久の時の巡りの果て、再び邂逅の時を迎えたことを喜び、その美酒に酔いしれようではないか、我が盟友よ』

『久しぶりの五文字で十分なことを長ったらしく言うな!』


 手のひらで顔の半分を隠し、奇妙に背中を反らせながら、ブラックダークが語る。隣でクナドの副音声もあり、彼女の言葉も理解しやすい。


『時は飢えたる猟犬の如き執拗さで、烈火の如き勢いで、我らの背後へ迫り来る。幾星霜の語らいも全ては刹那の光に封じ、今こそは波濤を塞ぐ秘儀の継承を執り行おう』

『時間が惜しいから本題に入るって言えぇええっ!』


 しゅばっ、しゅばばっ、とキレのいいポーズを取るブラックダーク。クナドの合いの手がタイミングよく差し込まれ、なんとも賑やかな雰囲気だ。

 しかし、次の瞬間にブラックダークはその動きを止め、真っ直ぐにこちらを見つめて口を開く。


『我が盟友よ。これは我ら古の者が残した憎むべき残骸だ。これは動き続け、食い続け、育ち続ける。我らはこれを封じなければならない。我らはこれを倒す術を知らない。――だからこそ、教えよう』




『この大樹、老いたる生命。"星の枝"のことを』


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◇"星の枝"

 かつてこの星に存在していた生命。星に根差し、星を貫き、星を支え、星を拡張するもの。全ての骨格であり、全ての構造であるもの。枝の伸びる先に葉は茂る。葉の先に光が注ぐ。新たなる世界を耕し、そこに芽吹くものである。


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