第1751話「迫る飛翔体」
〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉の一角が崩壊し、そこからメキメキと太い幹が伸びている。遠方からでもよく見える巨大樹は立派な枝を盛大に伸ばし、そこから濃緑の葉を茂らせていた。
こんな原始原生生物は見たことがない。ウェイドが独自に発見し、入手していたものだろうか。
『ほ、ほわーーーーっ!? 腕が千切れ、いぎゃぎゃぎゃぎゃっ!?』
当の本人はその大樹の枝に挟まれて身動きが取れなくなっている。目に見えるほどの勢いで急激に生長する大樹は、頑丈な管理者機体も容赦なく締め付けていた。というか、ウェイドが痛みを感じるレベルというのは異常なことだな。
「ウェイド、防御障壁は機能してないのか?」
『いでででででっ! でででっ! ひぎぎぎゃっ!』
「なんだって? しかし、そんなことが……」
「おじちゃん、今ので分かったの?」
管理者専用機をギリギリまで近づけてウェイドから状況を聞く。どうやら、厄介なことにこの大樹がアーツのエネルギーを吸い取ってしまっているらしい。そのせいでウェイドを守る防御障壁が展開できていない。
『ふぎぎぎぎっ! ぎぎゃ!』
「分かった。とりあえず他の管理者も探そう」
「はええ……?」
ウェイドは凄まじい痛みに襲われているだけで、現状危険はないと言う。それよりも、共に巻き込まれたコノハナサクヤやトヨタマ、チィロックの所在が分からない。そちらを優先しろという彼女の指示に、俺も従うことにした。
『愛ですね。愛ですよ』
「T-3、コノハナサクヤたちの現在地は?」
『三次元座標を送りましょう』
何やらいたく感心している様子のT-3に頼み、管理者たちの現在地を送ってもらう。そして、それを確認して思わず目を丸くする。
コノハナサクヤたちの座標をマップに照らし合わせると、大樹の幹の中が示されているのだ。
ウェイドはまだ幸運だった。外部に頭が露出し、こちらとコミュニケーションを取ることもできたのだから。他の管理者たちは木の中に埋まってしまって、身動きを取ることさえできていない可能性が出てきた。
「っ! 危ない!」
「はえわっ!?」
上空で何かが煌めき、俺は咄嗟に専用機を傾けて緊急回避を行う。次の瞬間、次々と大型のミサイルが大樹に炸裂し、白い薬剤がもうもうと散布された。〈ウェイド〉から放たれたスノーホワイトが着弾したのだ。
〈ミズハノメ〉と〈ナキサワメ〉から撃たれたものより、更に数と大きさを増したミサイル群は、絶え間なく降り注ぐ。〈ウェイド〉には非常時の備えとして2,000トンのスノーホワイトが保管されているはずだが、その在庫を使い切るような勢いだ。
『うぎぎぎぎぎぎっ! ぎぎががぐぐぐっ!』
「なんだって!?」
次々と枯死剤入りミサイルが着弾するなか、ウェイドが悲鳴を上げる。彼女の口から語られたのは、非情な事実だ。
「シフォン」
「な、なに?」
「ミサイルを迎撃してくれ。頼んだ!」
「はえええええええっ!?」
説明する間も惜しく、俺は管理者専用機のスライドドアからシフォンを突き落とした。悲鳴を上げて落ちていく彼女は、直後に飛び込んできたミサイルをパリィしてこちらの高さへ戻ってくる。
「な、何するの突然――はえんっ!」
「ミサイルが木に当たるのを阻止するんだ。ウェイドが教えてくれた」
「はえんっ! 何が――はえんっ! ――説明になってないはえんっ! よ!」
ミサイルを叩き落としながら渡り歩き、器用に滞空時間を稼ぐシフォン。ミサイルは音速に近いはずなのだが、よくパリィを決められるものだ。
「ミサイルが大樹に当たると、そのダメージを回復させるために養分を吸い上げる力が強くなるらしい。ウェイドや幹の中にいるトヨタマたちに苦痛を強いることになる」
「はええっ!? わ、分かったよ。ちゃんと説明してくれたら、協力するのに!」
「すまん、時間がないんだ」
「はえんっ!」
シフォンにとっての慰めは、ミサイルが一方向から来ることだ。全方位にわたって警戒する必要はなく、パリィに集中できる。とはいえ、ウェイドも発射の指示を出してからかなりのタイムラグがある。ありったけを撃ちだせとでも言ったのか、ミサイルの量は途方もない。
「はえええ……。さ、流石にこの量は厳しいような!」
空を埋め尽くす蝗の群れのようなミサイル群が、シフォンの前に立ちはだかる。その絶望的な光景に、さしもの彼女も顔が青ざめる。同時に、それらが全て大樹に当たれば、ウェイドたちは更なる苦痛を受けるだろう。
俺がどうにかしてテントを建てられないかと思考を巡らせた、その時だった。
「聖儀流、二の剣――『神罰』」
霹靂が空を焼く。
まばゆい白光が帯のように広がり、そして青空を引き裂く。一網打尽。波紋のように広がる光の波が、ミサイルに触れた瞬間爆発を起こす。次々と、ネズミ花火のように火花が弾け、都市防衛設備として用意されたミサイルは破壊されていく。
驚く俺たちは、空から降りてくる青年を見た。金髪に青い瞳。爽やかな笑顔をこちらに向けて、マントを風になびかせている。その手には大ぶりな聖剣を携えて。
「アストラ! 来てくれたのか!」
「レッジさんの頼みとあらば、いつでもどこでも駆けつけますよ!」
最大手攻略系バンド〈大鷲の騎士団〉が団長にして、調査開拓団最強の男。彼は剣のひと薙ぎで、数多のミサイルを退けた。
彼の更に上空へ目をやれば、爆発四散する流線型の飛行機が見える。どうやら、〈ダマスカス組合〉の超高速ジェット機を借りてきたらしい。
「れ、れ、レッジさーーーーんっ!」
「おお、アイも来てくれたんだな!」
「きゃあっ!? あ、ありがとうございます……」
アストラが管理者専用機の屋根に飛び乗るのと前後して、ピンクゴールドの髪の少女が落ちてくる。ばたばたと手足を暴れさせているのを抱き止めると、彼女――〈大鷲の騎士団〉副団長のアイはほっとした表情で胸を撫で下ろした。
「こちらの第一戦闘班を連れてきたのですが、ミサイルを迎撃していたところを見るに、直接叩くのは悪手ということでいいですか?」
「ああ。ウェイドたちが木に巻き込まれててな。ダメージを与えると彼女たちに反動が行くらしい」
屋根からひょっこりと顔を見せたアストラの指摘に頷く。相変わらず、勘が鋭くて説明する手間が省ける。
「し、しかしあの木は現在も生長を続けているようです。いったい、どうなってるんでしょうか……」
「〈花猿の大島〉は龍脈が複雑に絡み合ってる土地だ。そこから強力で無尽蔵のエネルギーを吸い上げている可能性もあるな」
大樹は今も、天をも越える勢いで生長を続けている。戦々恐々としているアイに自論を述べつつ、どうしたものかと首を傾げる。
「おじちゃーん、あんまり女の子に引っ付き過ぎない方がいいんじゃないの?」
「うん? ああ、すまん。アイ」
「えっ? あ、いや……その……。べ、別に気にしないです、けど……」
思考に夢中になると周りが見えなくなるのが俺の悪い癖だ。目つきを鋭くするシフォンに窘められてアイから距離を取る。
「とにかく、ウェイドだけでも救出できないか考えましょう。木こりを手配したほうが良いかもしれませんね」
アストラは早速、考えられる手立てを実行する。俺は彼の行動の速さに舌を巻きながら、専用機を再びウェイドの元へと向かわせた。
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◇尻尾
タイプ-ライカンスロープ機体に搭載されている専用パーツ。臀部から伸びる器官で、これによってタイプ-ライカンスロープ機体は高い平衡感覚を得られる。
尻尾の形状や長さはある程度可変であり、アップデートセンターにてカスタマイズすることが可能。一方で尻尾を完全に切断された場合、タイプ-ライカンスロープはバランスを取ることが難しくなる。
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