第1750話「大樹出現」
オトヒメと議論を深めていると、突然TELがかかってくる。何事かと発信者を見てみればウェイドだった。
「どうした、ウェイド。何かやらかしたのか?」
『あなたに言われる筋合いはないです! ていうか、ちょっと来てください! 〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉が大変なことに!』
「なんだ、本当に何かやらかしたのか」
切羽詰まった様子のウェイドの背後から、騒々しい音が聞こえてくる。何やら戦っているようだが、管理者が助けを呼ぶとはどういう相手なのか。
大半の敵性存在は生太刀でどうにでもなるだろうに。
「すまん、オトヒメ。ちょっと呼ばれたから行かないとならん」
『いいよいいよ。また後でゆっくり語り合おうじゃないか』
ひらひらと手を振るオトヒメに別れを告げ、椅子に蹲って意識を飛ばしているシフォンを抱え、『……なるほど、愛ですね!』と思考を放棄したT-3の手を引いて部屋を飛び出す。
地上街から塔の外に向かって移動しながら、通信の繋がったままのウェイドから詳しい話を聞き出す。
「それで、具体的には何が合ったんだ?」
『懲罰を兼ねた協力業務の一環で〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉に荷物を運んでいたのですが、それが暴走したんです!』
「荷物? 管理者がわざわざ運ぶってことは、ただの宅配便ってわけじゃないんだろ」
ウェイドがぐっと言葉に詰まる。いったい、何をしようとしていたのか。
『……げ、原子原生生物の種を少々』
「発芽した株ならともかく、種なら保管手順を守れば安全だろ?」
原子原生生物は弱毒化の処置を行っている。種の状態なら特別な保管箱を使えば安全に管理できるし、発芽しても手に負えないほどの脅威にはならないはずだ。しかしどうにもウェイドの歯切れが悪い。まだ何か隠しているような気がして更に問い詰めると、彼女は観念して答えた。
『えっと、その……弱毒化していないオリジナルを、その……』
「…………」
原子原生生物とは、第零期先行調査開拓団が持ち込んだ生命の種から生まれた強力な生物だ。今のところ、動物としての種は発見されていないが、植物は古い化石から採取できたり、原生生物の先祖返りを促して復活させられたりする。
これらは生命が存在できない過酷な環境だった太古の惑星イザナミを大幅に開拓し、環境レベルで整える、まさしく天変地異を引き起こすほどの力を持っているのだ。
「ウェイド」
『な、なんですか』
「……これまでの借りはチャラだからな」
『〜〜〜っ! 分かってますよ。だから早く助け――ほぎゃーーーっ!?』
断末魔のような悲鳴と共に通信が途絶する。どうやら現地は本当にとんでもないことが起きているらしい。
「シフォン、そろそろ起きろ。出番だぞ」
「はえ? ほわぁ、よく寝てたような……」
シフォンを叩き起こしながら塔から出ると、すぐ目の前に管理者専用機が降りてくる。二つの回転翼を搭載したティルトローター機だ。無人操縦だが、わざわざウェイドが手配してくれたらしい。
突然目の前に現れた物々しい機体に、シフォンが驚きの声を上げる。
「T-3、〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉の様子は分からないか?」
『ツクヨミを使って調べました。しかし、これは……』
指揮官の権限を使って現地の様子を見たT-3が唸る。彼女は開いていたウィンドウを可視化してこちらに見せてきた。そこに映し出されていたのは、監獄闘技場を押し除けるようにしてメキメキと伸びる大樹だった。
「なんだ、これは……?」
俺も見覚えのない木だ。遠目から見ればブロッコリーのようだが、その大きさが非常識にもほどがある。足元で潰れかけている監獄闘技場のサイズから概算するに、幹の太さは直径500mを下らないだろう。当然、それに見合った高さで急成長を続けている。
あっという間に雲にまで届きそうな大木が、幹を太らせ、根を張り、大地に甚大な被害をもたらしている。
「T-3、スノーホワイトを打ち込めないか?」
『既にシード02-スサノオから射出されています。ただここのミサイルポッドは植物型原子原生生物研究所に対する使用を見据えたもので、ミサイルの速度も出ません。着弾するまでは一時間以上掛かるでしょう』
「近場だと……〈ミズハノメ〉と〈ナキサワメ〉から撃てないか?」
『両都市の管理者に連絡を取っています。現物さえ用意できれば撃ち出すことはできるとのことです』
「よし、じゃあちょっと手配しよう」
管理者専用機に乗り込むと、フルスロットルのエンジンが轟音を響かせて浮き上がる。猛烈な速さで現場へ向かうが、これでは間に合わないかもしれない。俺はフレンドリストを開き、知り合いに連絡を取った。
「アストラか? ああ、俺だ。いや、ちょっと頼みがあってな。監獄闘技場が大変なことに――ああ、騎士団ももう把握してるのか。なら話が早い。ちょっと手伝ってくれ」
〈大鷲の騎士団〉は各地に常駐する団員がいる。俺が連絡するまでもなくアストラは状況を把握しており、既に調査部隊を送り込んでいた。更に協力を要請すると、二つ返事で第一戦闘班の招集をかけてくれた。
「クロウリ、緊急事態だ。スノーホワイトを〈ミズハノメ〉と〈ナキサワメ〉に届けてくれ。ああ、金はあとでこっちに請求してくれ。……メル、ちょっと協力して欲しいことがある。他のみんなもいるか? メルたちにしか頼めないんだが――」
更には〈ダマスカス組合〉〈
彼らのほとんどは最前線で活躍するトッププレイヤーだ。その力が集結すれば、巨木の伐採くらいなんてことはないだろう。
「あとは……」
次は誰に連絡を取ろうかと考えていた矢先、再びTELが入る。
「レティ?」
『あっ、レッジさん! やっと繋がりましたね。なんだか監獄闘技場で原子原生生物らしきものが暴れてるみたいで。またレッジさんが何かやったんじゃないかとみんな心配してるんですよ!』
飛び込んできたのはレティだった。彼女は言いがかりも甚だしいが、とにかく心配してくれているらしい。
「やらかしたのは俺じゃなくてウェイドだよ」
『ウェイドさんが!? そんな、まさか……』
「さっき俺に救援要請が飛んできた。それ以降、ウェイドとは連絡が取れない。あれは俺も知らない原始原生生物の原種だ。かなり危険なはずだ」
『でもレッジさんはそちらに向かっているんですよね。レティたちもすぐに行きます!』
一瞬の迷いすらなく即断するレティ。こんな時、彼女はとても頼もしい。
惚れ惚れする彼女の声に思わず口元が緩むのを自覚しながら、俺は管理者専用機の窓から外を見る。海を飛び越え、やってきた〈花猿の大島〉。樹林が大地を覆うなか、遠方からでも強い存在感を発揮する大樹があった。
『ミズハノメとナキサワメから連絡がありました。〈ダマスカス組合〉から納品されたスノーホワイトがミサイルに搭載され、いつでも撃てるようです』
「よし、やってくれ」
T-3を通じて、近隣二都市からミサイルが撃ち出される。火を吹きながら空を飛翔するミサイルはあっという間に俺たちの頭上を飛び越え、大樹に直撃した。
爆炎と共に白い粉末が広がり、大樹を枯死させようとその活力を吸い取っていく。
「……あんまり効果はなさそうだな」
「全然元気に生長してるよ」
だが、大樹は依然として生長し、その太さと高さを増大させつづけていた。
『――ジ! ――レッジ!』
「うん? あっ、ウェイド!」
専用機のローター音に紛れて、聞き覚えのある声がする。専用機の操作系統を奪って大樹の周囲を旋回すると、大樹の枝葉のなかに銀の煌めきが見えた。
我らが管理者ウェイドは、幹から飛び出した太い枝に挟まり、身動きが取れなくなっていた。
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◇汎用中距離ミサイル"アイアンブラック"
都市防衛設備として標準採用されている汎用中距離ミサイル。弾頭を換装することにより、通常の爆撃に限らず様々な用途に転換することが可能。射程距離は5,200km。
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