第1749話「管理者配達」

『はー、まったく。どうして私がこんな雑用を……』


 日差しは強く、鬱蒼と茂る木々の枝葉をすり抜けて木漏れ日が降り注ぐ。風が通らず、しかしてむっとするような熱気は籠り、排熱機能は高い稼働率を維持している。

 管理者ウェイドは木の根を跨ぎながら、自分の置かれた状況を嘆いた。彼女の後ろには八本足の蜘蛛型警備NPCが列をなし、シャコシャコと軽快な駆動音をさせている。その背中には厳重に封印がなされた荷物が載せられていた。

 管理者を先頭にした警備NPCの列は順調に深緑の中を進み、やがてその中央に切り開かれた施設へとたどり着く。巨大な円形の遺跡をそのまま流用した施設であり、調査開拓団にとっても重要な意味を持つ場所である。


『コノハナサクヤ、持ってきましたよ!』


 ウェイドは呼び鈴を鳴らす代わりに声を張り上げる。同時に、管理者専用の通信回線も使って呼び掛ければ、すぐにその建物の中からエメラルドグリーンの少女が現れた。


『来ましたね。随分早かったじゃないですか』

『あなたが急かしたからでしょう。まったく、私も管理者なんですよ? 小間使いか何かだと思ってませんか?』


 ウェイドを出迎えたのは、この施設――〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉の管理者コノハナサクヤであった。ウェイドは彼女からの依頼を受け、遠路はるばる海を超えた先ににある〈花猿の大島〉までやって来たのだ。


『依頼したモノがモノですからね。それにウェイド、あなたは今ペナルティ期間中じゃないですか』

『まるで配送料が無料だとでも言いたげですね』


 海で隔てられた長距離を、わざわざ管理者を使って運ばせた。たとえウェイドが先日の一件で責任を問われ、罰として管理者への協力を強いられているとしても、かなり厳重な取扱であった。

 コノハナサクヤは警備NPCの背中に積まれている荷物を検分することもなく、ウェイドを監獄闘技場へと招き入れた。


『相変わらず、ここは騒がしいですね』


 管理者専用の通用口から中に入ったウェイドは、施設全体の揺れるような声援を聞いて口をへの字に曲げた。

 コノハナサクヤは先導しながら、目を細める。


『調査開拓員の協力のおかげで、簡易輪廻転生システムの稼働率も高水準を維持しています。イキハギなど一部の黒神獣は、かなり汚染の除去ができてきました』

『それは朗報ですねぇ』


 この〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉には、各地で捕獲された黒神獣が収容されている。調査開拓員はそれらと自由に戦うことができ、その戦績を競ったり、勝敗を賭けたりして楽しんでいた。

 だがこの施設の本来の目的は、剣闘じみた血生臭い娯楽の提供ではない。収容した黒神獣に、コノハナサクヤが開発した簡易輪廻転生システムを適用し、その身を黒く染め上げる汚染術式を除去しようと試みているのだ。

 しかし、この簡易輪廻転生システムによって除去できる汚染術式はごくわずか。しかも施行には対象者に強い負荷を与える。この弊害に他ならぬコノハナサクヤ自身が苦慮していた。


『それで、新しい試みの方はどうなんですか』


 監獄闘技場のバックヤードを歩きながら、ウェイドが進捗を尋ねる。ここでは現在、簡易輪廻転生システムに依らない新たな汚染術式除去法の研究も進められていた。

 それが最近大きな躍進を見せたのだ。きっかけは〈特殊開拓指令;月海の月渡り〉の最中のことである。海の底から現れた黒神獣レゥコ=チィロックが調査開拓団に襲いかかった。しかしそこへ現れた白龍イザナミの化身であるトヨタマが、チィロックの汚染術式を"喰った"のだ。

 トヨタマによってチィロックの汚染術式は除去され、理性を取り戻した彼女は安定的にコミュニケーションを取れるまでに回復した。簡易輪廻転生システムとは比べるまでもなく、圧倒的な浄化力であった。

 コノハナサクヤは当然そこに目をつけ、特殊開拓指令が終了した後も研究を続けていた。


『こちらへ。実際に見てもらう方がよいでしょう』


 彼女が案内したのは、管理者のみが立ち入ることの許された制限区域。厳重な装甲扉がゆっくりと開き、内部の様子があらわになる。


『ほーら、トヨタマさん。美味しいステーキですよ。ワサビと醤油で頂くのがツウってやつですよ〜』

『いらない!』

『あーっ!? トヨタマさん、あーあーっ!? 困ります、トヨタマさん! そんな、羽で、あーーーっ!』


 盛大に食器が割れる音と、NPCたちの悲鳴。大きな足音と共にウェイドの元へやってきたのは、不満そうな顔をした大柄な天使――トヨタマであった。


『あっ! 砂糖のお姉ちゃん! 遊びに来たの?』

『誰が砂糖のお姉ちゃんですか。こっちはもう三日も砂糖断ちしてるんですよ。それと、遊びに来たわけではありません』


 トヨタマは久々に顔見知りと出会い、ぱっと表情を明るくする。ウェイドとしては彼女の誕生に際して少なくない被害を被ったことから、知らず口元を苦々しく歪めていた。

 すげない対応に、トヨタマはぷっくりと頬を膨らませる。


『えー、つまんないなぁ』

『あなたが汚染術式を食べてくれれば、話は早いんですよ』


 わさわさと翼を揺らすトヨタマは、外見の割に幼い印象を受ける。実際のところ、年齢はまだ1ヶ月にすら満たないのだから、チグハグな感じは否めない。

 どうやら再現実験からして難航しているようだ、とウェイドはすぐに察する。

 室内にはしっかりとした大きめのテーブルが置かれ、そこに焼きたてのステーキ肉がある。付け合わせやスープなど、至れりつくせりの豪勢な食事だが、ウェイドの管理者としての感覚は見逃さなかった。


『コノハナサクヤ、あの料理は……』

『汚染術式のダミー術式を付与しています。ひとまず、あれで実験を行っているのですが、どうにも本人が食べたくないと言っていて……』


 あの一見美味しそうに見える料理も、言ってしまえば呪いつきであった。トヨタマでなくとも、好き好んで食べたいようなものではない。いくら汚染術式の構造だけを模倣して無毒化したダミーとはいえ。

 ここで汚染術式を除去したトヨタマの能力を再現する実験を続けているコノハナサクヤであったが、その進捗は芳しくない。理由として大きなひとつが、他ならぬトヨタマの非協力的な態度によるものだった。


『あの時はパパを助けるために必死だったんだもん。こんな不味そうなの、食べたくないよ!』

『誰が不味そうですの!?』


 ぶーぶーと唇を尖らせるトヨタマに、また別の声が返す。ウェイドが部屋の奥へ目を向ければ、金髪縦ロールに黒いゴシックロリータのドレスという、高飛車なお嬢様といった風貌の少女が立っていた。

 ウェイドが視線だけでコノハナサクヤに問うと、管理者は頷いて答える。


『レゥコ=チィロックに機体を与えました。外見のデザインは調査開拓員から募集したものから選んでもらったのですが、あのような個性的なものに』

『まあ、イメージは合ってるんじゃないですか』


 黒いダンゴムシよりは円滑にコミュニケーションも取れるだろう、とウェイドは頷く。第零期先行調査開拓団員は有機外装という特殊な身体を持っているものの、これは汚染術式に弱い。またものによっては発話さえできないこともあり、現代においては使いにくいのだ。

 そのため、レゥコ=チィロックたち新たに発見された零期組も、〈白き深淵の神殿〉にて神核実体を取り出し、機体へコンバートする作業が進められていた。


『ああっ! あなたがあのクソ甘い団子の開発者ですわね!』

『クソ甘い団子!? いや、あれは私が開発したわけでは……。ていうか、思ったより口が悪いですね!』


 ウェイドに気が付いたチィロックが、ずびしと勢いよく人差し指を突き出す。突然に罵倒されたウェイドは驚きつつ、彼女に対する印象を変えた。

 その時、ウェイドの背後に控えていた警備NPCがくいくいと彼女の袖を引く。


『ちょあっ、なんなんですか。ちょっとおとなしく――』


 煩わしそうに振り払うも、警備NPCはしつこく食い下がる。しかたなく振り返ったウェイドが見たのは、警備NPCの背中に乗せられた高耐久保管箱が膨張し、煙が漏れ出している光景であった。


『ほわーーーーーーーーーっ!?』


━━━━━

◇レゥコ=チィロック

 第零期先行調査開拓員。現在は第一期調査開拓団に参加し、特別相談役として管理者コノハナサクヤと共に行動している。

 機体を得たことで服飾に興味を示し、業務報酬のほぼ全てを装飾品に費やしている。

"ド派手でド優美な衣装がもっと欲しいですわ!"――チィロック


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