やっぱり僕らは変わらない

 決意も新たに旅を再開した僕たちは、偶然通りかかった街で、幸運にも魔王の呪いを解呪する手がかりを聞き出すことが出来て、名実ともに一歩前に進み始めた。アドミラルに来て初めてまともに住民とコミュニケーションもとれて、魔王を倒すという目的も現実味を帯びて来たといってもいい。まさに順風満帆で、大きな一歩を踏み出した……。


 なんてことは当然なくて、僕らはいつも通り変化の乏しい一本道を進んでいた。何だったら一歩後退しているまである。松田が元気になったのを祝して各々羽目を外したせいで、意味もなく何もない野原に三日も滞在したからだ。


 もちろんその間に誰かに会うことなんてなかった。ということは、呪いを解くための手がかりを見つけ出すことなんて出来ず、せっかく使えるようになったアドミラルの言語を披露する機会なんてもちろんない。自分の持つ宝に気づくこともなく、油を売っているようなもんだ。


 今までの旅と何も変わらない。一日一日を無為に過ごしているだけ。夏休みの宿題を最終日まで放っておくのと同じだ。面倒くさいことは後回しにしてしまっている。しかも、ここにはそれに苦言を呈するものはいないんだから、余計にたちが悪い――似た者同士の集団てわけだ。


 人っていうのはなかなか変わることが出来ないと実感するよ。もし、すんなり変われるんだったら、こんな苦労はしていないんだろうね。


 こんなことをいっていると虚しくなってくるけど、これが紛れもない真実だからしょうがない。


だからって、何も変えようとせず、今までのままを貫き通す気なんてさらさらない。今まで以上に周りに興味を持ち、松田のためになることを探すんだ。


 決心したそばから、風景が一気に変わった。ひざ丈くらいに繁っていた草の間をとげとげした何かが動いている。犬や猫ぐらいの大きさで特に害はなさそうだ。外に出て、触ろうとは思わないけど。


 いつの間にか起きていた川合が身を乗り出してそのとげとげを眺めていた。


「栗みたいだな」


 確かに川合の言うとおりだった。栗かもしくはウニみたいな何かがゆっくりと動いている――だいぶ大きすぎるけど。


なかなか刺激的な光景と言ってもいいかもしれない。地球じゃ見られない光景だし、暇を持て余した僕らには気分転換にちょうどいい。


 二人で見慣れない光景に興奮していると、松田も目を覚ましていた。


「なんかすごいことになってんじゃん」


 そういってとげとげを眺める松田の表情は、遊園地に連れてもらった子供みたいだった。


「そうだろ? あんな栗みたいなのが転がってたから『ビックリ』しちゃったんだよ」


 松田の子供じみた表情を見て、僕は楽しくなってそう言った。雰囲気的に許されると思ったのもあって。


 僕の発言は受け入れられなかったけど。


 川合と松田は僕の方を蔑んだような目で見つめて何もいわない。こんなことはいくらでもあったのに。冷たすぎる気がする。


「なんで何もいわないんだよ! なんかいえよ!」


 沈黙に耐えられなくなった僕がそう叫ぶと、眠っていると思っていたアドミが口を開いた。


「一ノ瀬、申し訳ないけど、君のいったことは面白くないよ。だから、みんな黙っているんだよ。申し訳ないけどね」


 わざわざ二回も「申し訳ない」というアドミに抗議せざるを得なかった。だって、二回だよ? そこまで言う必要があるか? いや、ないと思うね。いくらなんでもひどすぎる。せめてもっとオブラートに包むべきだ。


「そんな言い方ってある? せっかく、みんなを楽しませようとしたのに。もっと優しくしてくれてもいいんじゃない?」


 僕の言葉は誰にも響かなかったみたいで、みんな渋柿でも食べたような顔をしている。しかも、ご丁寧にも僕を糾弾する言葉を添えて。


「小学生でも、もっとまともなこと言うぞ」


「五点だな……。百点満点でな」


 松田の言葉が一番深く突き刺さった。百点満点中で五点なんてそんな言い方はないだろ。呪い云々なんてことがなかったら、ぶん殴ってるかもしれない。さすがに言い過ぎだ!


「おいおい、さっきまで運転してる僕のことなんて気にもかけずに居眠りしてたのによくいうよ! みんなのことを気にかけて――」


 僕が捲し立てるの面倒くさそうに川合が遮った。


「ハイハイ、やかましいから怒鳴るな。みんな眠いんだから、静かにしような」


 川合の言葉に遮られた僕が一瞬黙り込むと、三人とも図ったように目をつぶった。そんな不躾な態度に僕が言葉を発すると、川合は何も言わずに指を立て、僕の言葉を制した。まるで、黙ってろとでも言うように。


 そんな態度を取られたら、僕も黙っているしかない。僕ががなり立てれば、三人から集中砲火を浴びるに決まってるから……。




 無理矢理押しつけられた沈黙をしょうがなく咀嚼していると、待望の街並みが見えてきた。街並みと言っても閑散としていて、集落と言ってもいいくらいの規模だけど。僕らの魔法が本物か試すいい機会だった。それに、松田の呪いを解く鍵を手に入れられるかもしれないし。千載一遇のチャンスだといってもいいね。


「待ちに待った街だぞ!」


 だから、僕は何も考えずに叫んだ。惰眠を貪る仲間達の為にね。ちょっとしたスパイスを添えたのは言うまでもない。


「おやじギャグ禁止」「五点……」「よくわからないから、説明してくれるかい?」なんて頼もしい仲間は口に出した。まったく、人のやる気を削ぐ才能に溢れた連中だ。これだけ旅をしてきても、気遣いなんて言葉を知らないらしい。


 一々反応しているわけにもいかないから――反応していたら、僕の心が折れてしまう――心無い言葉は無視して、僕は街を指さした。


「ちっさい街だなぁー」


 自分がどれだけの仕事をこなしてきたのか一切頭にない川合が言い放った。今までの僕の運転をあざ笑うかのようだ。まったく不義理に尽きる。僕じゃなかったら、自分の職務を放り出していたはずだ。


 だけど、僕はそんな無責任なことをしない。僕らの旅を見てきた皆さんなら、少なくとも川合に対して非難の言葉を投げかけるべきだと言うかもしれないけどね。その怒りの矛先は一旦、収めて欲しい。旅の仲間達には、僕がどれだけ苦労しているのかわからないんだから、それをとやかくいうのは間違いなんだ。


「こんなしょぼい所じゃなくて、もっとデカい街を見つけたら声かけてくれる?」


 いち早く情報収集したいはずの松田が不機嫌そうにいった。


 正直、僕はキレそうになった。もしかしたら我慢する必要なんてなかったかもしれないのに。いや、キレても良かったはずだ。僕の苦労を無にして、文句を言うなんて許されない。


 まぁそんなことをいっても、最終的にはキレないことにしたんだけどね。ここでくだらない言い争いをしたところで、何も得るものはないわけだし。




 ぶつくさ文句を言う仲間を無視して、僕は街のはずれに車を停めた。


 思っていた以上に寂れた街だった。みすぼらしあばら家が何軒か建っていて、住人の影もほとんど見えない。廃村とかゴーストタウンなんて言葉がお似合いの場所だった。


 心が折れそうになった。これじゃ、松田に掛かった呪いを解くなんて夢のまた夢にしか思えなかった。自分がどれだけ無力で、物事は思い通りに上手くいかないと痛感した。三人の顔を見るまでは。


車を降りた三人は、ここで全て片が付くかのように晴れ晴れとした表情だった。僕みたいに陰鬱な感情を微塵も抱いていなかった。


「ちゃちゃっと聞き込み終わらせようぜ」そう言って、川合は一人で消えていった。


「たまには本気出しちゃいますか」大げさに準備運動して、松田は歩き出した。


「こんな所に街があったんだね」興味深そうに辺りを眺めながら、アドミはフワフワと動き出した。


車内での出来事も、陰鬱な感情も天気雨みたいに消え去ったのは言うまでもない。




 仲間からしっかり勇気と元気をもらった僕は勇んで道行く人に声を掛けた。魔王の呪いに関することを訊くために――アドミに掛けてもらった魔法が効くのか確認もかねてね。


 少なくとも、アドミの魔法が有用なのは証明できた。相手が何を喋っているのか理解できたし、僕の言葉を理解してもらえたから。


 残念なことに、魔王の呪いについての情報は得られなかったけど。というか、僕が声を掛けたほとんどの種族は、人間が珍しかったらしく「お前は一体なんなんだ」とか「変なのが言葉を話してるぞ」なんて相手にしてくれなかった。


 僕からしたら相手の方が奇妙奇天烈に映るけど、悲しいかな、ここは僕らの世界とは違う。僕らが圧倒的にマイノリティーだ。しかも、閉塞された小さな街ならなおさら。まともに話を聞いてもらえるはずがない。


 松田も同じ目に合って、アドミは単純に情報を得られなかった。


 先に集まった三人でお互いに収穫がなかったことを報告していると、川合がしたり顔で帰ってきた。


「お前らどうしたんだ、浮かない顔で。ま・さ・か、なんの情報も得られなかったてか?」


 神経を逆なでする川合の言葉に三人で顔を見合わせた。油を売ってたわけでもないのに、こんな言い草は言語道断だ。


 僕らは申し合わせたわけでもないのに、川合を冷めた目で見つめていた。親の仇でも見るような視線だったといってもいいかもしれない。それだけ、僕らはいらだっていた。


「なんか見つけたの?」


 唾でも吐き捨てるように松田がいった。自分のための情報のはずなのに。今にも殴ら掛かりそうだ。見ているこっちが冷や冷やする。


 そんな松田の態度にも気づかず、川合は誇らしげに話を続けた。


「こちらにご覧あそばすのは……。そう! 魔王の呪いを解くことが出来る唯一無二の道具なのです!」


 天に突き刺すように掲げたそれは、僕から見たらただの長ネギだった――お鍋には必須のあのネギだ。


 僕と松田は衝撃のあまり何もいえなかった。どこからどう見たって、川合の掲げる代物は長ネギだ。煮ても焼いてもおいしく食べられるあのネギだ。


 それを勇んで掲げられても滑稽でしかない。むしろ、可哀相になって何も言えないまである。


だから、僕と松田は何も言えなかった。アドミは違うけど。


「初めて見るよ。それは一体なんなんだい?」


 初めて見るからなのか、魔法に関することだからなのか、楽しそうなアドミ。


 余計に僕と松田は何もいえなくなった。だってそうだろ? あんなに興味津々だったら「地球ではおいしく食べられる野菜だよ」なんていえない。野菜じゃない可能性もあるわけだしね。


「これは『ポイエーロ』っていうらしいぞ。どんな呪いにも効く万能薬らしい。これを尻の穴にぶっ刺して――」


「そんなこと出来るわけないだろ!」


 さすがの松田も川合の説明を遮って叫んだ。


まぁ、そうだよね。誰だって、尻の穴にものを突き刺したくない――特殊な趣向の持ち主じゃなければ。


「そういうと思って、別の使い方も聞いておきました」


 待ってましたとばかりに、川合は言った。最初からその方法をいえばいいのにと思うけど、こうやってもったいぶるのはわからなくもない。自分の手柄を大きく見せたいからね。


「なんと、首に巻いて寝るだけという簡単お手軽療法なんです! イェーイ!」


川合が言いきる前に僕は察した。誰がどう考えたって騙されてる。


 とは思いもしたけど、ここは魔法の世界。僕のちっぽけな常識なんて通用しない。おばあちゃんの知恵袋的な方法でも、ネギに内包された魔力でどうにかなるのかもしれない。


 嬉しそうに自分の手柄をひけらかす川合を横目に、アドミにそのことを訊こうとしたけど、そんな必要はなかった。冗談なのか見極めがつかずに困惑した表情をしていたからだ。


どうやら馬鹿は川合らしい。


 馬鹿がわかったところで、放っておくわけにもいかないからアドミに耳打ちした。


「どうすんだよ。あんな偽物つかまされて。アドミがそれとなく言う? それとも僕が伝える?」


 アドミは少し考えてから「もしかしたら、効果があるかも……」なんて言い出した。川合のあまりの自信満々さにあてられたのかもしれない。それか、アドミも馬鹿かだ。


 馬鹿な川合とそれにあてられたアドミをなんだか見ていられなくて、僕は少し席を外した。殺風景な街並みを眺めて、平穏を胸に感じた。いつまでも、こんな平穏が続けばと願った。


 だから、僕は川合が持ってきたネギは明らかにおかしいと告げることにした。このままじゃ、松田の呪いは解けないし、僕らの旅はおとぼけ四人組の珍道中だ。松田の呪いを解いて、魔王を倒すという崇高にして重大な目的があるのに。


 僕がみんなのもとに戻ると、なぜだか、場の雰囲気が川合の功績をたたえるかのようになっていた。尻の穴にネギを突っ込まれそうになっていた松田でさえもだ。しきりに「ありがとう」と川合に礼をいっている始末。


 僕はその雰囲気を受け入れられず――自分を馬鹿だと認めたくなかったという方が正しいかもしれない――大人しくしていた。自分が馬鹿な気しかしてこないし、こんな雰囲気に水を差すなんて出来ない。何をどうやったって、誰かが傷つくんだ。まあ、ぐちゃぐちゃ言われるのが面倒くさいって言うのが一番だけど。




 その後、僕らはまた車に乗り込んで、殺風景な世界を突き進んだ。また街が見つかればと思ったけど、そんなものはありもせずに今日もキャンプ。


 なんだか今日はみんな疲れ切っていたから、夕食をさっさとすませて眠りについた。もちろん、松田の首に『ポイエーロ』とか言うネギを巻いて。




 次の日、目を覚ますと不思議なくらい疲れが取れていた。一日ぶっ通しで運転しても平気なぐらいだ。


 二度寝する気なんてもちろん起きないから、三人を残してテントを這い出ると、そこには陽気な陽光がご機嫌に降り注いでいた。誰がどう見たって、素晴らしい一日の始まりだ――息を呑まずにはいられないね。寝ている間に魔王を倒す力を得ていたって、なんの不思議もないくらいだ。


 素晴らしく清々しい理想的な朝を楽しんでいると、僕はふと思い出した。松田の首にネギを巻き付けていたことを。昨日は一ミリも信じていなかったけど、この輝かしい朝の艶めきを見ていると、あのネギに感じた胡散臭さも僕の間違いなんじゃないかと思えてくる。


 というか、間違いだと信じ始めていた。だってそうだろ? この世界には息を呑むほどの自然が溢れていて、その自然の中には不思議なことでいっぱいなんだ。呪いを解くネギの一本や二本あってもおかしくない。


 希望を胸にテントに戻り、みんなを起こそうとすると、松田に想像もつかない奇想天外な事態が起こっていた。


 目の周りだけパンダみたいに黒くなっていたんだ。


「おい、松田大丈夫か!」


 呪いが進行して、見た目にも影響が出始めたんじゃないかと気が気でなかった。すこし心配し過ぎみたいだったけど。


「なに? もう行くの?」


 寝ぼけ眼をこすって、至っていつも通りだ。だからって、百パーセント信用できるわけじゃないけど。松田はなんでもかんでも口に出すわけじゃないから。


「体は大丈夫か? 呪いが進行してないか?」


 僕が心配しているのに、松田は不機嫌そうな顔をしていた。


「一ノ瀬が起こさなければなんの異常もなかったよ」


 吐き捨てるようにいった松田に多少苛立ちはしたけど、見た目以外に変化は起こっていないみたいだった。


 僕らが騒いでいたせいか、川合とアドミも起きてきた。


 第一声はもちろん「松田、パンダみたいになってんぞ」だ。


 それからもちろんひと悶着あった。松田が「俺はもう死んじまうんだ」と体育座りでぶつぶつ呟いてたりだとか、松田のパンダフェイスがツボにはまった川合が過呼吸寸前まで笑い転げるとか。


 僕としては、落ち込んだ松田を慰め、川合を落ち着かせてよくやったと思う。よくやったと思うけど、最終的に事態を収拾したのはアドミだった。


 二人の面倒を見ていた僕を尻目に、アドミは松田の首に巻いていたネギを調べていた。随分、長い間にらめっこしていたと思う。


 二人が落ち着いたのを見計らって、アドミが腑抜けた声でいった。


「これはいたずら道具みたいだね。だから、なんの心配もないよ」


 僕らは開いた口がふさがらなかった。




 なにか起こりそうだったけど、僕らの旅はいつも通り締まりのないまま続くようだ。


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異世界の三人男 たくや @takuya1123

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