新しい目的
松田に掛かったおぞましい呪いを何とかすると言ったはいいものの、僕はどうすればいいか見当もつかなかった。川合も――もちろん被害者の松田も――そうだろう。
頼れるのは僕らの頼もしいガイドであるアドミしかいない。でも、アドミは松田が眠っている間に教えてくれた。アドミの力ではどうしようもないことを。
松田も僕らの反応を見て気づいていたはずだ。自分が助かるのかどうかわからないことを。
松田が真実を知っていて、アドミがどうすることも出来ないからって、何もしないわけにはいかない。諦めなければどうにかなるはず。
「で、これからどうすればいいの?」
どんな答えが返ってこようとも、僕は訊かずにはいられなかった。
「まずは、松田に掛かった呪いを緩和させるしかないね。取り急ぎで掛けたものよりももっと強力なもので。そしたら、意識を失ったりなんかしなくなるよ」
それを聞いて僕は安心した。松田の苦しみが少しでも軽減されるなら、それに越したことはない。
呪いが掛かっている松田はそう思わなかったらしい。
「緩和するっていうのはどれくらい? それと、強力な魔法をかけるってことは、副作用とかはないの?」
松田は今でも顔を顰め、呪いに耐えているようだ。
そんな状況なら、アドミに問った内容は至極もっともだろう。苦しむのは松田なんだから。
「だんだんと効果は薄まるだろうけど、もう寝れないなんてことはないと思うよ。ただ、意識が混濁している時間が出来たり、気づいたら寝ているなんてことがあるかもしれないね」
「それじゃあ、いつもと同じだな」
松田が何か言う前に、川合がいつもの明るくおチャラけた調子で言った。
「そうだな。なんだったら、寝てても文句言われないから、好都合だな」
松田はたいして気にかけていなかったとでも言うように笑った。
たぶん強がってるわけじゃないと思う。切り替えが早いと言うか、鈍感と言うか、言ってしまえばいつも通りだ。
そのおかげか、深刻な雰囲気も気づけばいつものお気楽な調子に戻りつつあった。
「魔王を倒すなりしないと、松田の呪いは解けないの?」
和やかな雰囲気に水を差すつもりはないけど、僕は訊くしかなかった。松田自身が一番気になっていて、聞きたくない答えが返ってくるかもしれないけど。僕らが出来ることは、少しでもやっていきたいんだ。
松田を苦しみから解放してやりたい――川合もアドミも同じはず。
「そうだね。残念ながら魔王の呪いを解呪した話は聞いたことがない。だから、呪いを掛けた本人を倒すのが一番の近道だと思う。もちろん、道のりは長いから、それまでに解呪するヒントが見つかるかもしれないしね。だから、今まで通り旅を続けよう」
アドミの言葉はガイドの頼もしい言葉と言うより、友達――親友と言った方がいいかもしれない――のことを思う優しい言葉だった。今さらな気はするけどね。こういう困難があると、余計に実感するのかもしれない。
「それは構わないんだけど、ヒントを探すのって難しくない? 俺と松田は多少ここの言葉を話せるけど、そんな突っ込んだことまでは伝えられる気がしないよ。一ノ瀬は言わずもがなだし」
悲しいかな、ご存じの通り、川合が言ったことは紛れもない真実だ。そんな僕らがどうやってヒントを探せばいいんだ。誰に訊くことも出来ない。アドミが一人で訊いて回るだけじゃ非効率すぎる。
「それは大丈夫だよ。魔法を使えば話せるようになるよ」
もはや何も言う気になれなかった。決して、アドミの所業に慣れたとかじゃないんだ。一々指摘するのが疲れたと言った方がいいかもしれない。
川合はそうは思わなかったみたいだけど。
「今までの努力は何だったんだよ!」
顔を真っ赤にさせて抗議する姿を見ていると、川合と松田が不憫で仕方ない。二人の努力は素晴らしいものだったからね。町に着くたび、健気にもコミュニケーションを取ろうと奮闘していたんだ。ちなみに僕はアドミにくっついているか、話しかけられないようにコソコソしていた。外国に行ってもガイドと一緒じゃなきゃ、出歩かないタイプなんだ。
「二人があまりにも熱心だったから、言い出せなくてね。ごめんよ」
申し訳なさそうにするアドミに川合と松田は非難轟々だった。
これに懲りて、アドミの悪い癖が治ればと願わずにはいられないけど、それはそれでいい気もしてくるから困りものだ。川合と松田もそう思っているに違いない。だって、言葉の端々に隠れた愛情を感じたから……。
しばらくたっても、「何でもっと早く言わないんだよ!」だとか「ガイド失格だ!」何て言って二人の非難は止まなかった。二人の鳴りやまない批判に初めは申し訳なさそうにしていたアドミも「君たちのことを思ってそうしたんだ!」とか「私以上のガイドはいない!」と反論を始めている始末だ。
言葉の端々に愛情を感じたのは思い違いだったのかもしれない。聞いているこっちが疲れてくる。
「そんなことで熱くなるなよ。ホットな飲み物でも飲んで、ホットしようぜ」
場の雰囲気を和ませようと、軽い気持ちで僕は言った。
ほんの数舜前までいがみ合っていたとは思えないチームワークで、僕のナイスな気遣いに対する三人の批難が始まった。
「よくそんなくだらないことが言えるな!」
「こっちは真面目に話してるんだぞ! 空気読め!」
「一ノ瀬、それは私でも面白くないってわかるよ」
三人の息の合いようを見ると、愛情とは言えないまでも何かしらの絆があることはよくわかった。僕を責め立てる時に、それを見せつけられるのは複雑な気分だけど。
と言うか、僕だけその絆の中に入ってない気がするけど、気のせいだよね?
一旦、絆云々は棚上げして――三人からの批難も無理矢理終わらせて――アドミに魔法を掛けてもらうことになった。もちろん、この世界の言葉を話せるようになる魔法だ。
「それじゃあ、私を囲んで手をつないで」
アドミの言う通りに、僕らは手をつないで輪を作った。
正直、あまりいい気分じゃない。女性のか細く柔らかい手を握っているならまだしも、無駄にでかくて武骨な手なんて最悪。知りたくもない感触だ!
それに、大の大人が手をつないで輪を作るなんて絵面も碌なもんじゃない。滑稽そのものだ。見る人によっちゃ、吐き気を覚えるかもしれない。
それだけ、男同士が手をつないで輪を作るなんてのは荒唐無稽で虫唾が走る行為なんだ。文句を言ってられる立場じゃないから、やるしかないけどね。
誰も得していないのは確かだ。それだけは断言できる――断言できなかったら問題だ。
僕らが渋々、手をつなぐと、アドミはゆっくりと僕らを見て頷いた。僕らも頷き返した。どんな意味があるのかわからないけど。途中で止めて、この状況を長引かせたくなかったんだ。誰も話さないけど、それだけはひしひしと伝わった。
「トゥンゲ・オグーレ・ヴード」
説明も何もなしにそれだけアドミが唱えると、少し身体がひんやりした。神々しい光に包まれるだとか、体中に不思議な力が流れるだとかは一切なし。アドミのやりきったような表情と雰囲気から察するに、これでアドミラルの言葉を習得したことになるんだろう。
随分、あっさりしたものだったけど、アドミラルではこういうもんだと割り切るしかない。下手に期待するだけ無駄だ。景色と同じくらい、魔法関係は地味なんだ。
誰からともなく手を離し、むさ苦しい輪が解けた。ただ手を離しただけなのに、僕は少し誇らしかった。アドミラルから醜いものを一つ消せたから。もともと自分たちのせいだろと非難する人がいるかもしれないけど、そんな無粋なことは胸の奥にしまっておいて欲しい。僕らも好きでやってるわけじゃないからね。何でも赦せる広い心で、僕らを見守って欲しいもんだ。
しばらく、僕らは黙ったままだった。アドミが何か失敗してるんじゃないかとか不安になってたわけじゃない。ただ言葉が見つからなかっただけ。
松田がこの沈黙に耐えられなかったのか、好奇心に負けたのか、ゆっくりと口を開いた。
「何か変化ある?」
いつもの松田の声だった。感情の起伏の少ないいつもの声音。それと、いつもの聞き慣れた日本語。
僕はそれを聞いて「いつもと変わらないよ」と答え、自分の声が何も変わっていないことに少しばかり安堵した。もちろん、僕もしっかり日本語を話している。
川合も何の変化もなかった。
アドミを見ると、満足そうな表情で僕らを見ていた。アドミの魔法はしっかりと掛かったみたいだ。
それから、アドミが松田に呪いを緩和させる魔法を掛け、僕らの準備は整った。
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