法術概論Ⅵ -精霊化-
一通り話終わって講義室中の視線を集め、私はそれほど気分は悪くはなかった。
「いやあ、すごい、すごいよ。
赤館さん。」
先生は拍手をしながら、赤館さんに拍手を。とやや駆け足で教壇の方に向かってくる。
ありがとう、と私に声をかけると隣に立って質疑応答の時間を設けた。
はい、と一人の学生が大きな声で手を挙げる。
さっき、私に声を掛けた男子だ。
「すみません。
その、ソームっていうのがイマイチ見たことがなくて・・・」
気になるかい?と先生は男子に問いかける。
男子は人形みたいに大きくこくっこくっと頷く。
「僕のソームも見せたいところだけど、せっかくなので赤館さん。
見せてもらえるかな?」
私はこれでお役御免だと思っていたのであっけに取られた。
「私がですか!?」
先生はニコっとしながら、僕のソームは火の属性だから電子機器が壊れちゃうかもしれないんだ。と小声で私に耳打ちする。
講義室中がまだか、まだかとざわついている。
元々、講義中に呆けていたのは私だし、これで少しでも成績に貢献できるならと私は仕方ないなと諦めた。
先生に了解の視線を送ると
「今から赤館さんがソームを精霊化させます。
ソーム自体を初めてみる人もいるかもしれませんが、騒がず落ち着いて見るよう
に。
また、国家秘密でもありますので録画なども絶対にしないように。
バレた場合は君たちの今後の信用問題に関わるよ。
申し訳ないけど大人はシビアなんだ。
よろしくね。」
と少し強めの口調で学生たちに注意をする。
じゃ、よろしく。と言った先生は少し距離を取って立ちながら私を見守った。
ソーム自体を人前で精霊化させることは滅多にしてこなかった。
普段は頭の中で会話できるけど、いざとなると少し緊張する。
目を閉じて呼びかける。
「おいで。
フルゥ。」
フロートパネルにノイズが走る。
パネル内のマナとフルゥが干渉しているのか。分からない。
少しどよめく講義室内。
先生が口に人差し指を当て、しぃーっと学生たちに呼びかけている。
突然、私から突風が放たれ室内に学生たちがとったノート、付箋、お菓子の包装紙が舞い上がる!
ひらひらひら。
今日の講義の内容が宙から落ちてくる。
その瞬間に赤館のソームは精霊化していた。
淡いエメラルドグリーンを帯びた鷹にも見える発光体。
彼女の周りをふわふわと漂っている。
初めてソームを見た学生たちは、慌ててノートにスケッチする者、ただひたすらに眼前にある非科学的現象を魅了される者など様々だったが、この時間が彼らの人生に価値を与えたことは言うまでもない。
「ありがとう。
赤館さん。
それと―。」
「フルゥです。」
「うん。
ありがとう。
フルゥ。」
フルゥはくるっと何度か先生の頭上を旋回した。
フルゥが私以外に興味を示すなんて珍しい。
もしかしたらこの先生っていい人なのかも。
「ええっと、これから私が聞くことだけ答えてもらえるかい。
余計なことは言わなくていいから。
君の為にもフルゥの為にもね。」
私は小さく、はいとだけ答えた。
「フルゥの属性は何?」
「風です。」
「なるほど。
フルゥに祝福を受けたのはいつ頃かな?」
「確か10歳だったかと思います。」
「その時の感情って覚えてる?」
「うーん、安心と解放感。
あと、少し悲しかった。」
「うん、そうか。そうか。」
私の表情が少し曇ったのを悟ったのは先生が大丈夫?無理はしないで。と言ってくれたが、私は大丈夫です。と答えた。
「じゃあ、これを最後の質問にしよう。
ソームの祝福を受けた後、体調や生活に変化はあったかい?」
「はい。何というか感覚が鋭くなるというか。
視線や気配に敏感になります。
それと、よく食べるようになります。」
ははは、と先生は笑った後、こう話した。
ソームの祝福を受けた人間はそうではない人間と比べ脳細胞の活動性が向上することが分かっている。
また、祝福を受けている人間はいわばソームに憑依されている状態に近く、その状態を維持するには大量の活動エネルギー、すなわち日常的に莫大なカロリーを消費している状態なのだと。
「これから赤館さんのように皆さんの中にもソームの祝福を受ける人もいるかもし
れません。
その場合は国への報告義務が生じますが、何よりソームは君たちを選んで祝福
をしています。
どうか恐れないで受け入れて彼らと共生してくれることを私は望みます。」
講義室中が先生の話を真剣に聞いている。
私も心にも響いたものがあった。
真っ直ぐな瞳で学生たちを見つめている先生。
先生にも私と同じような境遇があるのだろうか。
フルゥに戻っていいよ、と伝えて私は先生に軽く会釈をした。
先生は私に向けた拍手をみんなに呼びかけたが、私はなんだか照れ臭くて斜め下を見ながら席に戻った。
その後、数分後にチャイムがなり講義の終了を告げる。
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