バタクロ!!

山岡咲美

バタクロ!!

 技術は進歩し続け、努力は人を支える背骨と成る。



2020年夏、オレは泳いでいた。


2019年も2018年も2017年2016年もオレは泳いでいた。


「まあ、夏だけじゃ無く秋も冬も春もガキの頃からずっと泳いでるんだけどな」


オレは四年に一度のスポーツの大会に出られる筈だった、まさか東京だけ五年に一度に成るなんて。


「ナツ、サボんなよ」

コーチは良くこの言葉をオレに言うがサボる奴はここスポーツ科学センターにはいない。


コーチはオレの事をナツと呼ぶ、夏希水夢なつきすいむオレは父が自分の夢を押し付けたこのキラキラネーム(どの面下げて付けた)が嫌いだった為だ、あとみんな知ってる?サボるのサボってサボタージュのサボらしいぞ。


「ハイな…」

オレは気の無い返事をして50メートル×8レーンのプールに入る、トレーニング施設の為観客席は無く天井はそれほど高く無い、一度頭まで水に沈めプールから出る、オレは水泳を生業にしていた。


46.91sec


これよく覚えておいてくれ、競泳男子自由形長水路100メートルの世界記録だ。


誰が出したかって?


「知るか!」


オレを見ろ!


飛び込み台、コーチと目を会わし前を向く。


クラウチングスタート、足は前後に手は軽く飛び込み台へと添える。


〈ピッ〉

飛び込み台のスピーカーからスタートの合図音、タイムアタックだ。


オレは身体からだをバネが弾ける様に全身の筋肉の力を足先へと伝え更に腕でも押し出す、全てが推進力へと変わり頭は真っ直ぐに前を向いた。


「長水路って50メートルプールの事だぜ」


空中で手を伸ばし全身は少しとなり水中へスッと入る、少し潜ったあと浮きつつ伸ばした手を下げると共に肩から下の筋肉たちと連動、ドルフィンキック!


浮力を使い速度を上げつつモーションに入る。


オレを見ろ!!


「プハッ!」

一気に肺から空気を押し出す、空っぽの肺は素直に空気を取り込んでくれる、ポイントは吐く事。


「オレを見ろ!!!」


オレは全力で泳ぎ始める、皆がオレを見ている、スポーツ科学センターに居る奴等ならオレの泳ぎを何度となく見ている筈だが流石にタイムアタックだと迫力が違うらしい。


「注目とは認められてるって事!誰もオレを無視出来なくしてやる、オレを認めさせてやる」

オレの言葉をまるで聞きもしなかった父だって成果こたえを出せば認めるしかない。


「行くぞ…」


先ずオレは左手を軽く曲げ身体の内側をくぐらせ外へと開きひじから水面上に引き上げ抵抗の無いそらの世界で前に出す、そしてそれと連動する様に右手に同じ動きを、入水時は指先から入れ泡を立てない様にする、オレは必ず左手からこの動作を始める。


「水を掻く手が重いのは水を掴んでる証拠」

前に進む喜び!


そして足は片腕が伸びると同時に素早く蹴り落とし引き上げる、背中と腹の筋肉から骨盤を使い太股ふとももから脹脛ふくらはぎへ、ひざを折り深く蹴り込みそこから足を伸ばしたまま引き上げてリズムを刻む、一つの動作で二つの推進力をオレは獲る。



??


どんなフォーム???


タイトルを思い出せ、作者かネタバレする可能性よりキャッチーさを選んだタイトルだ。


そう!バタクロ、バタフライクロールだ、つまり上半身がクロールで下半身がバタフライと言う頭が混乱しそうになる泳ぎ方で正式にはドルフィンクロールと言うものだ、これが現在人類が出来る最速の泳ぎ方なのだ。


「じゃ何故なぜみんなやってないかって?」


ヒントはコーチの言葉「サボんなよ」だ。


「やっぱこれ酸素とエネルギーごっそり獲られる、乳酸たまるー!疲れるーー!!」

オレは50メートルのターンの前に100メートルのラストかってほどスタミナを消費していた。


「この泳ぎ方考えた奴は頭がおかしい、ドSか??」

オレは中学時代、バタフライの選手だった父への当て付けに始めた泳ぎ方だったが失敗した。


「バッタかクロールにすれば良かった」


「普通が一番」


「反抗期、絶滅求む」


「オレは楽がしたい!!」


50メートル、クイックターンだ、壁ギリギリまで近付いて胸に膝がぶつかるのかって程素早く小さく丸まり一気に回転、壁を蹴り身体を伸ばす、壁に近ければ近い程強く長く壁を蹴り楽が出来る、このキックと少し潜った浮力を使い加速する、ここからはクロールだ。


「楽だ、100メートル自由形の後半がこんなに楽に感じるなんて」

ちなみにこれはオレの勘違いだ、実際には後半50メートルのクロールタイムは落ちている。


「ラスト10メートル!」

オレは最後の酸素とエネルギーを使い切るつもりでバタクロに戻す。


「何も考えられない…頭が真っ白に成り身体が前に進む、この苦しさも注目も代表もメダルも父も、もうどうでもいい……オレは…」


バン!!


右手が指先から手の平へバタンとセンサーを叩く!

左手から掻き始めたのはラスト利き腕を全力でセンサーに叩き付ける為だ。


ブハァ!ハアン、ハア、ハア、ハア、スゥーッ!ハア、ハア、スウ!ハァ…ハァ…スゥ…ハァ……


「………?…?…タイムは……?」

我にかえる、気を失いそうだ。


44.91sec


「………………」


「あと…一年か………ハァン…ハァ……」


オレは一度プールに頭を沈めてまた浮き上がる、スポーツ科学センターの丸いライトが幾つも見えた、身体は熱く汗がにじみ出るのが水中でも分かる。


2020年東京、彼は金メダルを取れる筈だった。

2021年東京、彼はそこに居られるのだろうか?



何が起こるか分からない世の中だ…



END

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