幕間の話②
幕間:クリスマス前の話
なんだか、少しだけ街を歩く人が増えてきた気がする。この街は、寂しい街だと思っていたのだが。もしかしたら僕が訪れたときから怪異の帳の中に居たのかもしれない。この寂しい街でも、世間では赤と緑に彩られたクリスマスムードに溢れている。そう言えば、もう十二月だ。
目覚めてから退院までもう一ヶ月が経っていた。一応、タブレット越しに授業を受けたり、加賀さんに課題を持ってきてもらったりしてははいたのだが、なんだか周囲から突き放されたような気もする。ただでさえ、転校生ということで周囲に馴染めずにいたのだ、この差は大きいだろう。
「かといって、これで質問攻めにされるのも、いやだなぁ」
そんなことはありえないとは思うが、そういう淡い期待をしてしまうのは、やはりそういう
僕はクリスマスから逃げるように路地を一つ奥へ回った。帰るためだ、と言い聞かせたが、これは絶対に僕自身があの中に馴染むことはできないというような、水と油のような拒否反応からだと言える。
路地の奥から視る街の景色はなんだか華やかだった。手をつないで通り過ぎる男女を見て羨ましいと思った。僕にも、そういう人ができるのだろうか。クリスマスに、寄り添って、デート、なんて。
「あら、ふーん」
「なんだよ」
「ああいうの、憧れるのかしら」
「わるいか」
「いいえ」
一番親しい女子が彼女だということを、ぼくは喜ぶべきなのだろうか、悲しむべきなのだろうか。そもそも、親しい女子がいるということ自体が喜ばしいことなのだろうが……。
「ねぇ」
「なんだよ」
「この前の定期テストのことなのだけれど」
まだ根に持ってたのか……。結局僕が勝ったからお流れになったじゃあないか。
「あなたは、私に一つ言うことを聞かせる権利があるわ」
「それは……」
そんな約束をした覚えがない、というのは言わないほうがいいのだろうか。彼女が一方的に言ったことじゃないか。でも、これはまたとないチャンスなのかもしれない。
「デートに誘われでもしたら、断れないわね」
こういうときに限って表情が読めない。正直、からかわれているようにしか見えないが……。加賀さんかぁ……確かに美人だし、いや、美人だけれども……。正直、なにを要求されるかわかったものではない。確かに僕は定期的に親戚筋から生活費と言う名の、理由不明の丸め込みを受けていて、同年代ではかなり裕福な方だとは思うけれど、しかしそう考えるのも彼女に失礼な気もする。
「何よ、その顔」
「いえ、なんでもございません」
「あら、そ」
いくじなし
彼女の口が、そう動いたような気がして、でも顔を背けてしまった彼女にそんなことを確かめることもできずにいる。たしかにこれでは、意気地なしか。彼女の気持ちはわからないし、それ以上に僕の気持ちはわからないけれど。
「じゃあ、クリスマス。付き合ってくれるか?」
「あら、それはお願いかしら?」
「言うことを聞いてくれるなんて思ってないからね」
「あら、そ」
こころなしか、彼女が微笑んだような気がした。人形のような顔の陰影の成すものだったのかもしれないが、僕にはそれで十分だと思った。
「いいわ、付き合ってあげる」
そう言うと、彼女は僕の手をポケットから引っ張り出した。
「早く帰りましょう。退院祝いを用意してるのよ」
「あぁ、そうだね、急ごう」
手をつないで帰るなんて、彼女の返事以上に、想像できない出来事だった。
口封じ―七尾秀介のオカルト事件簿― 錨 凪 @Ikaling_2316
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