狼ライダー事件:エピローグ
第19話:狼ライダー事件:エピローグ
目を覚ますと、消毒液の匂いと白い天井が僕を迎えた。起き上がろうとしたが、身体が痛むのでやめた。
「あら、おはよう」
「あぁ、おはよう」
加賀さんがそこにいた。こともなしと言った様子で小さな文庫本のページにしおりを挟んで鞄に仕舞った。僕の声はひどくかすれている。どれくらい眠っていたのだろうか。
「肋骨が折れてたんですって、むちゃするわ」
あのとき助けに来てくれればそこまで無茶はしなかったなんて言わなかったし、口が裂けても言えなかった。
「1週間たったわ」
そんなに経ったのか。それ以上に、僕はそんな眠らなければならないほどの負傷をしていたのか。あのときは必死で痛みを堪えて居たと思っていたのだが、実際は脳内麻薬が痛みをかき消していただけなのかもしれない。
「あれで、正解だったのかな」
「今のところは、被害は出てないみたいね」
「じゃあ、正解だったんだろう」
あのとき、狼ライダー、いや、中島慶はきっと開放されたのだろう。負った傷も多いが、きっとこれが最良の結末だったに違いない。偶然の積み重ね、物事がうまく進んだおかげ、運が良かったと言えばそれまでだが、僕たちは彼を救うことができたんだと思う。
「それで、灯台笹さんたちは?」
「彼なら特に異常はないからもう喫茶店に戻ってるわ。御経塚さんも回復したって」
なら良かった。でも、彼はどうなった?一番重傷を受けていたのは、他でもない大聖寺さんだ。彼なら何故か一晩寝ると無傷で現れそうな気もしなくはないが……。
「大聖寺さんは」
「彼は……」
言いよどむ彼女。まさか、まさか、最悪の事態が怒ったのではあるまいか。あの重症の後にあの冷たい雨だ。何があってもおかしくはない。でも、彼が死んだなんて、思いたくもなかった。きっと生きている生きているはずだ。
「ぼくならここだよ?」
その声に、加賀さんの座る反対側に目を向けてみれば、ヘラヘラとした様子で大聖寺さんがそこに座っていた。なんだ、僕の考えは杞憂だった。悲観的になりすぎていたのかもしれない。無事だったんですか、と言おうと思ったけれど、僕はその右腕から目を離せなかった。何処も無事じゃあなかった。彼の右腕は、二の腕の半ばからなくなっていた。あのときの傷が原因に違いない。
「あの……」
「気にしない」
大聖寺さんは、ない腕を振った。やはり彼には僕の思っていることが筒抜けらしい。
「まだ、この
彼は残った左腕の親指で、胸の中央を叩いた。生きてるならばそれでいいのだろうか、その言葉に同意には僕には四肢が多すぎるように思えて仕方がなかった。
「川北さんはどうなったんですか?」
「今も目を覚まさないけれど、命に別条はないってさ」
彼は、これからどうなるのだろうか。でも、彼は彼で狼ライダー、中島慶と折り合いをつけることができたのだと思う。それは、しっかりと思う。
「僕も、やり残したことをやらないと」
「あら。まだなにかあったかしら」
「決まってるだろ」
僕には喫茶店で待つ、あのひねくれた、それでいて真っ直ぐな少年の背中が見えるようだった。
「帰って、ただいまって言わないと」
僕が帰ってこれたのは、きっと待ってくれてる人がいるからなのだろう。敵をとったとはとても言えないが、事件はきっと、丸く収まるように解決したのだ。そうに違いない。
まずは、早く治して、日常に帰還することから始めよう。
窓の外には、紅葉を落とし尽くして丸裸になった枝が揺れていた。もう秋は過ぎ去り、早すぎる冬が来る。僕にはそれが、なぜか不安で不安で仕方がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます