第18話:狼ライダー事件:解決編④

「……ぐっ」

 川北さんは、うめき声こそ上げるが、痛みや、叫び声を我慢しているようだった。唖然としてしまったか、あるいは混乱していたのか、僕はどうすることもできなかった。暫くして膝から崩れ落ちるようにして蹲ったことでやっと正気を取り戻した僕は川北さんに駆け寄る。怪異に当てられてしまったのだろうか、しかし、そういった雰囲気は伺えない。

「何やってるんですか!」

「はぁ……はぁ……これくらい、中島にくらべりゃあ、なんともねぇ」

 それはそうかも知れないが、いきなり何をしているんだこの人は。そう思って覗き込むと、血まみれの彼の手には、今しがた抉り出した自身の目玉が握られていた。

「なんで、そんなこと……」

「いいから」

 倒れたままジタバタしている狼ライダーのもとに歩み寄ると、またがるようにして押さえつけ、彼は自らの目を、うつろな骸骨の眼窩へと押し込んだ。

「そもそも、存在自体がでたらめなんだ、これで見えるようになるだろ。中島!」

「…………ア………キ………タ…………?」

「そうだ、川北だ、お前のダチの、川北麟太郎だ!」

 狼ライダーは、中島は、川北さんのことがわかっているのだろうか。狼の被り物が外されたことで、正気を取り戻したのか。いや、そもそも正気というものがあるのかどうかもわからないが、とにかく、彼はじたばた暴れまわるのをやめて、鏡写しのように目を失った元相方と、目を与えられた彼とで見つめ合っているようだった。

「コ………ツキ………イロ…………」

「坊主!」

「あ、はい!」

 僕はとっさにミラーを持って駆け寄る。鏡越しに、月が見えるようにして中島の顔の横に掲げた。とぎれとぎれではあるが、それはきっと、狼ライダーの言うあの決り文句出会ったに違いない。

「見えるか、中島、今日の月が」

 川北さんの声は、先程までとは打って変わって、どこまでも穏やかだった。その表情は、何処までも晴れやかで、憑き物が落ちたと言うべきものだった。

「あぁ、よく見えるぜ」

 誰の声だろうか、いや、彼の声に違いない。見下ろしてみると、鏡を覗き込むその顔は、骸骨ではなくしっかりと肉のついた人間の顔があった。片目は未だ無いものの、もう片方の相方の目を通して、そして鏡を通して、しっかりと天上の月を見据えていた。もう暴れることはないと判断したのだろうか、川北さんは彼の上を退き、彼は、僕の手から優しく鏡を受け取った。

「あぁ、今日は良くツイてる。黄金の満月じゃねぇか」

 そう言うと狼ライダー、いや、中島慶は、突如吹き出した猛烈な突風にかき消されるようにして、灰となって消えていった。満足げな表情を相方に向けながら。

「これで、良かったんでしょうか」

「あぁ、これで良かった。俺が保証する」

 中島を見送った川北さんは、そこまで言うとふらりと崩れ落ちた。今の今まで殴り合いを続けていた上、自ら片目をえぐり取ったのだ。消耗は僕たちの比ではないはずだ。とりあえず、怪異の影響が消え、日常が戻ってくる前に、車が戻ってくる前に彼を安全な場所まで避難させなければ。身長こそ大聖寺さんには劣るが、筋肉質な彼を運ぶには僕一人では流石に荷が重い。灯台笹さんは大聖寺さんで手一杯だ。

「加賀さん手伝って!」

 情けないが、加賀さんをたよるしかない。しかし、加賀さんは空を見上げているようだった。僕も釣られて空を見てみれば、そこには未だに赤い満月が輝いていた。


「GIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 途端響いたのは、今まで聞いたことのない声、声なのだろうか、声なき叫び声、名状しがたい何かが聞こえてきた。とにかく、本能でそれは邪悪なものだというのが理解できた。赤い月はその本性を隠そうともせず、ブクブクと膨らんだり収縮したりを目まぐるしく繰り返す。最後に大きく膨らみ、そしてしぼんだかと思えば、破裂した。それを皮切りにして、雨が振りはじめた。血の雨かと思ったが。普通の雨だった。寒空の中でひどく冷たい思いをしたが、なんとか川北さんを路肩まで引っ張っていくことができた。

「これで、終わったのかな……」

「えぇ、おそらく」

 分厚い雲に隔たれて、月は見えなくなった。きれいな満月だったのに、もったいないなと思いながら。僕は疲労と怪我とで、意識を手放した。

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