第17話:狼ライダー事件:解決編③

 唸り声を上げるエンジン音とともにそれは訪れた。一条の光が通り過ぎたかと思えば、狼ライダーはそれに呼応するかのように姿を消した。

 いや、違う。衝撃により大きく吹き飛ばされたのだ。車に突っ込んでも、ハンヴィーと正面衝突しても、ろくにダメージを受けた様子のない狼ライダーが、だ。路面に三度もバウンドして、やっととまったそれを、Uターンしてきたそれが思いっきり轢き飛ばした。突如狼ライダーを襲撃したそれは、路面に真っ黒なブレーキ痕を残して停車する。

「よぉ。中島……けじめつけに来たぜ」

 ヘルメットを撮った彼は、何を隠そう川北さんだ。放り捨てるようにヘルメットを投げ捨て、先程狼ライダーを吹き飛ばした鉄パイプを担いでいる。その様子に、喫茶店で見たような、見た目に反した穏やかさはない。むしろ、むき出しの闘争心を顕にした獣のようだった。

 しかし、それは猫女と猫屋敷の婦人のような、化け物同士のぶつかり合いという様相はない。川北さんは、たしかに人間だ。それがはっきりと分かる。彼は、この世に生きる存在で間違いない。

「グルルルル…………」

「良い格好じゃねぇか、中島ァ」

 唸り声を上げる狼ライダーは、確実にダメージを受けていた。左腕が曲がってはいけない場所で、曲がってはいけない方向にねじ曲がっている。立ち上がり方もフラフラだ。そこにどんなカラクリがあるかはわからないが、答えを探すのに時間を稼ぐには十分だった。

「昔から、勝負事では互角だったよなぁ、ツキが見えねぇてめぇに、負けるなんざありえねぇ!」

 川北さんはそう言うと鉄パイプを引きずって走り出した。路面に擦れて火花が散るそれを、まだふらついている狼ライダーめがけて遠慮なく叩きつけた。メキリ、という骨が砕けるような嫌な音がここまで聴こえてきた。狼ライダーは揺らめく身体を支えるように強く踏みしめると、報復するように釘バットを叩きつける。川北さんは臆することなくそれに立ち向かい、鉄パイプでそれを受け止めると、前蹴りを鳩尾に食い込ませた。

「なるほど……お互いに相手を互角と思っているからこれが成り立つのか……」

「ほら、よそ見しないで、大聖寺さん、青くなってきてるわよ」

「本当か!?」

 なるほど、互角という概念がそうさせるのか。狼ライダーが中島という男であるならば、互角であると認識している川北さんがダメージを与えられない理由はなくなる。一方的に獲物を狩る狼であっても、同胞相手だとそうはいかない。しかも先制で強烈なダメージを与えられた狼ライダーは、ひどく弱っている。川北さんが有利なのは変わらないだろう。

 金属と木材、あるいは金属と金属がぶつかり合う音を聞きながら、僕は狼ライダーを封じ込める手段を探さなければならなかった。狼ライダーは何がしたい?何を求めている?狼ライダーの言う質問がそれのヒントだとするならば、ツキの色を答えればいいのだろうか。だとしたらその正解の色は何色だ?

 それを知っているのは狼ライダーだけだ。しかし、月を見上げようにも、偽りの赤い月が正しい月を覆い隠してしまっている。これでは月を見せることなどできようはずもない。偽りの月をどうにかするには……。

「加賀さん、あの月を消す方法とかわからないかな」

「わからないわ」

「そうか……どうにかして狼ライダーに月を見せることができないかな」

「そうね……見せるだけなら、出来るかもしれないわ」

「できるのか?」

「えぇ」

 そういって加賀さんは衝撃で外れたと思われる、ハンヴィーの大きなサイドミラーを拾い上げた。

「やっぱりね。見て」

 言われるがまま覗き込むと、そこには満月が写り込んでいた。雲ひとつない空に浮かんだ、まさしく正しい満月が写り込んでいたのだ。

「どういうこと?」

「鏡は、この世のものではないものを映さないっていう伝承があるの。あるべきものを写す鏡だって強く思えば、ただの鏡でもこうなるわ」

「これを狼ライダーに見せれば……」

「行けるかもしれないわね」

「川北さん!打開策が見つかりました!」

 しかし、その瞬間だった。二人の戦いは、素手での殴り合いになっていた。お互いに殴打の応酬を繰り返し、ジャケットはボロボロ、整えられていた髪はざんばらになって夜風に揺れていた。僕が目にしたのは、川北さんの蹴り上げが、狼ライダーの顎にクリーンヒットした瞬間だった。

 ブチブチと鈍い音がして、狼頭が引きちぎれて飛んだのだ。

 大きく体をそらして倒れ込む狼ライダー。転がる狼の頭。頭はころころと転がった後、潰れるようにぺしゃんこになった。一方、身体は起き上がりつつあった。頭が吹き飛ばされてもなお平気なのか?しかし、そうではないことがすぐに分かった。頭はたしかにそこにあった。しかし、それはむき出しの骸骨の姿だ。その顔を隠すために狼の覆面をかぶっていたのだろうか。それはわからないが、それよりも重大なことが見て取れた。

「見えて……ないのか?」

 狼ライダー(もはや骸骨ライダーだが)は周囲を適当に殴り、空振って勢い余って倒れる。立ち上がるが、吹き飛ばされた自らの狼の頭を踏んで転んでしまっている。虚ろな眼窩はやはり虚ろでしかなく、月どころか何も見えていない。これでは、意味がない。どうする。どうすればいい。答えて仕切り直しにするか?でもこれ以上先延ばしにすると、拡散し手に負えなくなってしまうかもしれない。

 そもそも、月を見せることが正解なのだろうか、それすらもわからない。しかし、やるしかない。彼が求めているものがわからない以上、彼本人にそれを見せるしか無いのだ。

「どうしよう。これじゃあ、月を見せることができない……」

「何だって?」

「鏡越しなら、正しい月が見えることがわかったんです。それを、彼に見せれば」

「中島は今目が見えてねえから、月が見えない……」

 川北さんは少し押し黙ったあと、息を大きく吸って、肺の中に溜め込んでいるようだった。そして、一度拳を強く握りしめると、

 

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