第16話:狼ライダー事件:解決編②

「ふざけんなよ、野良犬!」

 大聖寺さんは何度もハンドルを切り、なんとか振り払おうとしているが、狼ライダーはどんな強靭な力をしているのか、まるで振り払える様子はない。逆に、此方を力づくで停車させようとしているのか、フロントガラスに釘バットを打ち付ける。一撃でヒビが入り、視界が白く染まるが、続く二撃目で視界は晴れる。完全にフロントガラスが打ち砕かれたのだ。

 時速一三〇キロメートルの速度で走る車体に、冷気が堰を切られた濁流がぶちまけられるようになだれ込んできた。強烈な風圧で目も開けていることができない。誰かの叫び声が聞こえる、続いて、衝撃だ。ガードレールか、あるいは側壁に突っ込んだのだろうか。ガリガリとこする甲高い音と衝撃が暫く続いた後、身体が前に飛び出して、何かにぶつかった。そういえば、シートベルトを外してしまっていた。肺が空気を吐き出し尽くしてしまったのか、息が苦しい。ろくに呼吸もできず、意識が飛んでしまいそうだ。視界がチカチカしている。

「……くん!七尾くん!」

 加賀さんの声がする。咳をするようになんとか息を吸い込むと、その冷たさで一気に意識が覚醒してくるようだった。

「大丈夫みたいね」

 運良く、前の座席の背もたれにぶつかったようだ、下手をすれば割れたフロントガラスから飛び出ていたかもしれない。

「加賀さん、大丈夫?」

「それはこっちの台詞よ、何処かにぶつけたみたいね、くらくらするわ……」

 と、いいつつも何処かから血を流している様子はないが、頭を打っていたとすると寒気がする。それは僕もそうだが、とにかく今はここを脱出しなければ……。

「もう、こういうのは懲り懲りだ……」

 灯台笹さんもなんとか大丈夫なようだ。周囲を見渡してみれば、車体の左側を側壁にこすりつけるようにして停車していた。フロントガラスは完全に粉砕され、未だに冷たい空気が流れ込んできている。

 そうだ、大聖寺さんは大丈夫だろうか、海外からより寄せた車は左ハンドルだ、あの強烈な衝撃を一番受ける場所に居た彼はどうなった?

「大聖寺!」

 灯台笹さんの悲痛な声が聞こえた。見れば、そこには血まみれの大聖寺さんの姿が其処にあった。うめき声が聞こえるので、生きているだろうが、右腕は黒いスーツの色が変わるほどに出血している。狼ライダーにやられたのだろうか、それとも割れたフロントガラスで怪我をしたのか、このままでは、命に関わるのが目に見えている。

「くそっ……」

 どうしていいかわからない僕をよそに、灯台笹さんは自らのネクタイを解いて、大聖寺さんの腕にきつく結びつけた。応急措置を済ませると、シートベルトを外して車から運びだす。かなり走ったとは言え、まだ燃料はたくさん積まれている、離れなければ危険だ。

 大柄な大聖寺さんを引っ張り出すには灯台笹さん一人ではとてもじゃないが荷が重い。僕も体中の痛みを我慢して、それを手伝う。

「君は足を頼む。僕にあわせてくれ」

「わかりました」

「じゃあ3でいくぞ、1、2、3!」

 大きい車体が功を奏して、抱え出すには十分な広さが遭った。車から離れて一安心、というわけにもいかない、ここからが本番と言ってもいい。

「救急キットを持ってきたわよ」

「助かる」

 大聖寺さんの怪我はひどいものだ。傷口は乱雑に引き裂かれたようになっていて、とてもじゃないが、見ていられない。この寒空の中で上着を脱がせるのは逆に体力を奪うのではないか?こういったとき、どうすればいいか至高が回らない。

「……うぅ」

「大聖寺、しゃべるな」

「寒いな……後部……に、毛布、がある……もって、きて」

 言葉が終わる前に、僕は走り出した、大破した車の衝撃で開いた後部座席を漁る。もみくちゃになった毛布をなんとか持ってくると、大聖寺さんは上着を脱がされ、Yシャツの上から止血されていた。もうすでに染み出した血液で包帯は赤く染まっている。

「早くしろ!」

「は、はい!」

 分厚い毛布を上からかけると、多少は暖かさを取り戻せるだろうか、とりあえず、今はこれ以上出来ることはない。携帯を開いてみるが、お約束のように圏外だった。応援を呼ぶことは、できないだろう。それよりも、まずは驚異をどうにかしなければならない。

 狼ライダーは背後から忍び寄り、並走すると車を止めさせ、居りた相手に襲いかかるのだ。そう、今のように。ふと見上げれば、やはりというか、真っ赤な月を背負った狼ライダーがそこにいた。重量級の車と正面衝突したにもかかわらず、やはり無傷と言っていだろう。前回のように、攻撃してダメージを与えられるとは到底思えなかった。


「今夜の月は、何色だ?」


 そしてお決まりの文句だ。しかし、『答え』を言ってしまえばそれでおしまい。狼ライダーは何処かへ行ってしまうだろう。だから、『真の答え』を回答する必要がある。狼ライダーの執着は、月の色だ。見たままに赤と答えると殺されるのは間違いない。逃げるためには「わからない」と答えればいいのはわかった。

 では、なんと答えればこの男は満足するのか。わからないのだ。そして色を答えたところで、どうなるかすらもわからない。ならば、『頼りの綱』が戻ってくるまで、時間稼ぎだ。

「どうします、灯台笹さん」

「まぁ、時間を稼ぐしかないよ。おい、狼ライダー。それはどういうことだ?」

 灯台笹さんはそう答えることで、質問に質問を返し真意を探るという算段だろう。狼ライダーは、それに反応してその狼の頭を灯台笹さんに向けた。バイクのエンジン音のような低い唸り声が聴こえた気がした。正直、恐ろしくてたまらない。もし下手を打てば、あの釘バットの赤黒い色に、自分のそれが混じることになるかもしれないからだ。


「今夜の月は、何色だ?」


 再び、これだった。それ以外はしゃべることができないのだろうか。しかし、明確に色を答えなければ、時間を稼ぐことはできそうだということがわかった。まだか、まだ来ないのかと心の中に焦りが生じる。

 そんなとき、一条の光が走った。

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