狼ライダー事件:解決編

第15話:狼ライダー事件:解決編①

 高速道路というものは、国家を人体に例えるならばインフラはどれもそうだが血管に相当するものだろう。つねに車両という血液を流し、物資や人間という酸素を体中へ行き渡らせるためのシステムだ。つまり、昼夜関係なく車が行き交っているということだ。トラックや乗用車、何処かへ向かう車、何処かから帰る車、仕事だろうか、私用だろうか、そんなことは知るすべもない。そういう混沌が整然と流れる川のようなものだ。普段は。

 しかし今日はどうだ、日が落ちてからはまさに人っ子一人いない。夜景きらめく町並みに墨を流したように横たわる高速道路はなるほど、すでに怪異の根城になっている。血が流れない血管の持ち主はすなわち死人であることを示すようで、ひどく不気味な光景だった。もしかしたら大聖寺さんが根回ししているのかもしれないが、関係なく、あるべきものがないという光景というものはひどく不気味なのだ。

「貸切状態だね」

 当の大聖寺さんはそう言って楽しそうにハンドルを切る。なにも遮るものがない高速道路を、文字通り我が物顔でフラフラと蛇行運転をしている始末だ。この人は警察だろう、そういうことをしていいのか?

「加賀さん、大丈夫?」

「えぇ、乗り物には強いのよ。ジェットコースターに比べればなんでもないわ」

「そうかい?」

 正直なところ僕はそこまで強くない。ジェットコースターには乗ったことはないが、おそらくだめだという自信がある。流石に急加速、急減速こそしないが、急ハンドルだったり壁面すれすれに運転したりはするため、心臓が持たないかもしれない。

「きちんと運転しろ、同乗者を酔わせる気か?」

「んー?そんなことはないよ、ただ、楽しくってさ」

「なら、俺にハンドルを変われ、大聖寺」

 灯台笹さんがそう言うと、何故か打って変わってあの大聖寺さんが言うことを聞いたように車線に沿って真っ直ぐに車を運転し始めた。なにがそうさせたのかはわからないが、僕としては助かった。このまま揺れていては今月に入って何度目かもわからない嘔吐をするはめになるところだった。

『急に静かになったが、どうした?』

「いや、なんでもない、先行してくれ」

 川北さんとは常に通話状態になっている、先行するバイクが、僕ら以外で唯一の通行車両だ。ヘッドライト届く距離の、更に向こうの暗闇に輝くテールライトの赤い光が暗闇に一筋の道を示すように輝いている。

「そろそろね……」

 加賀さんの腕時計の針が示すのは夜9時、まだ眠るには早い時間だが、暗闇に閉ざされるには十分な時間だった。空を見上げれば、中秋の名月とまではいかないが、美しい満月が輝いていた。


 しかし、それは突然訪れる。


 突風が吹き、どす黒い雲が満月をその光ごと覆い隠した。そしてあの、脈動する赤い臓物が、それになり変わらんとするように月があった場所に現れたのだ。脈動するごとにその体積は徐々に大きくなり、丸く、満月のように膨れ上がる。一分もしないうちに、巨大な偽りの赤い月が形成された。今にも血の雨を降らせそうなそれの出現を、川北さんも見ていたのだろう。少しだけ、テールライトが揺れるのがわかった。

「これが、赤い月か、いや、グロテスクだね」

「きたわ」

 加賀さんが反転した目でそれの到来を告げる。シートベルトを外して、身を乗り出すように後ろを見ると、そこには薄暗いが、たしかに明かりがあった、それは物理法則を無視するような加速で急激に距離を詰めてくるのがわかる。ヘッドライトの明かりは眩しいくらいで、それは現れてから数秒で車に並び立った。

 やはり、それは狼ライダーだ。あのとき見たのと寸分たがわない、異形のバイクに獣の頭、そして血がこびりついた釘バット。間違えようもない、あの怪異だ。

「対応は任せる」

「了解だ、ふせっ!」

 まるで犬にしつけでもするかのような口ぶりで、大聖寺さんは急ハンドルを切った。灯台笹さんがやったような体当たりだが、車体重量も強度も桁違いの軍用車だ。衝撃は比較にならないだろう。狼ライダーは大きく弾き飛ばされるが、すぐに体勢を整えて追いかけてくる。その形相は、おそらく怒りを示すものだろう。

「おかわりっ!」

 再びハンドルが切られ、強烈な衝撃が走る。しかし、狼ライダーもただで済ませる様子はない。釘バットの先端が此方を向いているのがわかった。

「危ない!」

 僕は加賀さんをかばうようにして覆いかぶさった。背中に砕けたガラスが当たる感触がした。釘バットが背中に触れた感触はない。

「大丈夫か!」

「えぇ、なんとか……加賀さんは大丈夫?」

「えぇ、お陰様でね。あなたこそ大丈夫?ギリギリだったわよ」

「前回ので慣れたよ」

 小さなブロック状に割れたガラスを払いながら、気恥ずかしさをごまかすように加賀さんから離れた。厚着しておいてよかった。一応確認してみると、上着の背中の部分には釘バットがかすったのだろうか、切り傷のようになっていた。

 そんな中、不意に顔に触れられる感触があった。見れば加賀さんが僕の顔に手を触れていて、目を合わせるように顔を向けさせた。

「ほら、ここも切れてるわよ」

「あ、ほんとだ」

 ガラス片のいち部が頬をかすったのか、触れると指に血が伝わった。状況のせいか、痛みはない。

「ほら、診せなさい」

「でも……」

「いいから」

 加賀さんが僕の頬に触れる。絆創膏を貼る感触がした。しかし、こころなしか顔が近い気がする。表情が見えない彼女に一方的に表情が見透かされるのがなぜか気に食わなくて、顔をそらした。

「青春だねぇ」

「言ってる場合かよ。来るぞ!」

 唸り声を上げる狼のように狼ライダーは車の前に躍り出た。そして急速に方向転換をして、車体の大きさの差など関係ないというふうに、前輪を大きく持ち上げ、そしてタイミングを合わせ、フロントカバーに噛み付くようにその車体を振り下ろした。

 凄まじい衝撃にハンヴィーの巨体が揺れる。普通なら一方的にはね飛ばせるはずだろう体格差のはずだが、見ればフロントガラスに食らいつくように、狼ライダーが其処に居た。

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