第14話:狼ライダー事件:調査編⑥

 狼ライダーを止める方法を思いついた、そういう川北さんを頼りに打倒狼ライダーのために早速打って出る……というわけには行かなかった。相手が怪異とは言え交通事故に遭った僕らは、当たり前といえば当たり前だが検査を受けなければならなかった。レントゲンから何から詳しく調べられ、挙句の果てには短期入院。費用は川北さんが出してくれたそうだ。本当にあの人社長だったのか……。

 その間、龍也はおとなしい様子で毎日見舞いに来てくれていた。きちんと反省しているのだろう、もうひとりで無茶をすることはないはずだ。こころなしか最初にあったときよりも怪我が減っているように思えた。あれ以来喧嘩も控えているのだろうか。

 事故に関しては大聖寺さんが手を回してくれたらしい。どうやったかは不明だが、僕はともかく、灯台笹さんも特に取り調べを受けるようなこともなかったそうだ。本当に何なんだあの人。

 そして今日、加賀さんの検査異常なしのお墨付きをもらって、僕たちは行動を開始することになった。御経塚さんも待ったほうがいいのではないかと提案したのだが、灯台笹さんの一存で御経塚さんは『留守番』ということになった。彼女は追突の際、肋骨を痛めていた。狼ライダーの行動範囲が拡大しつつある現状で、これ以上待っていられないという時間的余裕がないというのも理由の一つだ。灯台笹さんは他にも理由があると言っていたがどういうことだろうか。

「遅いな……」

 そんな時間敵余裕のない中、僕たちは大聖寺さんに待たされていた。灯台笹さんは組んだ二の腕を指先で叩いて露骨に期限が悪そうな態度を取っている。

 しかし、灯台笹さんがそうする気持ちもわかる。もし家が火事で消防士がこの遅さだときっと骨組みまで焼け落ちているどころか、隣家すら半焼しているだろうから。というか大聖寺さんは警察じゃないか、僕らが強盗ならとっくにトンズラしているだろう。

 そんなおり、重苦しい重低音を響かせて、大きな車が此方へやってくるのに気がついた。あんな車見たこともない。そもそも幅が異常だ、一般的な車と並ぶと明らかにはみ出すほどの幅、横に三人余裕で座れるだろう。タイヤもそうだ、まるでトラックにはめるために誂えたような大きさだ。その運転席に座るのは妙にいい笑顔の大聖寺さんだった。

 龍也の方を見ると目を輝かせているのが分かる。やはりこういうのが好きなのだろうか。僕も興味がないと言い切れない程度には、いや、正直言って興味津々だが。

「ハンヴィーってお前、何処から取り寄せたんだよ」

「ないしょ」

 彼は全く悪びれる様子もなく僕らを車へ促す。ハンヴィー、今調べてみたら、軍用車両じゃないか。灯台笹さんの言うように、本当にこんな物どうやったら取り寄せられるのだろうか。

「ま、灯台笹の車はスクラップだし、代車を壊すわけにも行かないでしょう?だからぼくが一肌脱いだってわけ。美由紀ちゃん、根回しは出来てる?」

「その言い方はやめてほしいわね。この椅子硬いわ……」

 加賀さんはいつものように携帯から掲示板にアクセスしているらしい。

「言われたとおり、『高速道路に出没する』っていう噂を流しておいたわ」

 なるほど、高速道路ならカーチェイスにもってこいというわけだ。市街地ではどうしても出せないような速度でも十分に出せるだろう。それに軍用車ならば頑丈であるということが保証されているようなものだ。乗っている僕らはともかく、二度の接触で車がどうこうなることはないだろう。

「まぁ出るかどうかは五分だけれど」

「それについては問題ない」

「どうしてそう言い切れるんです?」

「俺がいるからだよ」

 巨大なハンヴィーの影に隠れるようにして止まっていたバイクに跨っていたのは、何を隠そう川北さんだった。あのときと同じ、狼ライダーと同じライダースジャケットを羽織っている。

「俺とヤツには縁がある。だから、俺が走っているなら絶対に現れる」

「そんなわけ……」

 ない、とは言い切れない。怪異は、人間の思念により変貌する。で、あるならば、この確証にも近い川北さんの強い思念に影響されないわけがない。事実、前回竜涎峠に到着する前に現れたではないか。それに、彼の言う通り、狼ライダーの正体が中島だとすれば、川北さんは彼の縁者だ。僕が猫女に目をつけられたように、川北さんが狼ライダーに目をつけられている可能性を否定できない。

「ある、かもしれないですね」

「あぁ、お前は、どうするんだ?」

 川北さんが声をかけたのは龍也だった。一瞬萎縮したように見えたが、しっかりと目を見据えて、拳を握りしめて答えた。

「俺、待ってるよ」

 てっきり、一緒に行くと言い出すのかと思っていたが、どんな心境の変化があったのだろうか。

「店、留守番しなきゃだし。それに……それに、俺、怖いんだ……」

 僕だって怖い、なんて言えなかった。龍也の性格からすれば、怖いということは口が裂けても言えないのだろうに、それでも怖いから行かないと言ったのだ。

「でも……俺、待ってるから、絶対帰ってこいよな!」

 そういう龍也は、僕を見据えていた。僕は、龍也は龍也の戦える場所で戦っているのだと思った。彼は、僕が殆ど天涯孤独であることを知っている。灯台笹さんや加賀さんとの付き合いも長いとは言えないし、間借りしているような状態だ。灯台笹さんには帰る場所があるし、待っている人もいる。加賀さんも、そうだろう。では僕はどうだ。帰りを待ってくれている人なんているのだろうか。

 ここに一人、いるではないか。帰りを待ってくれている人がいる。それは、絶対的な強さだ。だから、僕は笑顔でそれを言うことが出来る。


「じゃあ、行ってくるよ」


 待ちが血で染まったような夕暮れの中、二台は走り出した。狼ライダーとの決戦に向けて。

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